5-5 八百五十六の魔力

「……こちらに。かなり強力なベテラン『魔女』用の測定器でございます。最大値は1000。歴史的にも、800を越える方は数えるほどしか記録されておりませんが」


 サクラはその後、一度診察室を出てどこかからもう1台の測定器を持ってきた。再び、ギンナはそれに乗る。メモリはグンと動いて。


「……ご、537、だって」

「私の何倍よ……」

「…………高名な魔女と、変わらない数値でございます。やはり、これが原因でございましたね」

「どういうことですか?」

「説明いたしましょう。こちらへ」






✡✡✡






 測定器を片付けて。再度、ちゃぶ台を挟んで向き直る。フランの隣に、ギンナも座った。


「魔力滞留症。膨大な魔力があるのにも関わらず、それが発散されずに幽体内で滞っている症状のことです。ギンナ様は魔法を『使わなかった』ことで、魔力がどんどん溜まっていき、魔力の乱れに繋がったと思われます」

「……そんなこと、あるんですか」

「魔力には、『質』というものがございます。発生して時間が経つほど、悪くなっていきます。それを幽体内に留めておくことは、体調不良の原因にもなるのです」

「…………それ、クロウが言ってた」

「……あっ。プラータの魔力は売れないってやつ」


 魔力とひと口に言っても、全く同じではない。魔法は随時使わなければならない。サクラはそう説明した。


「そもそもの『銀の眼』という性質に加えて、ギンナ様ご本人の素質として、魔力が多いのでしょう。であるのにも関わらず、魔力の捌け口、魔法を扱えない。質が落ちた魔力が溜まっていく、ということでございますね」

「……タンクが溜まっていって蛇口が無いって、シルクの言った通りじゃない」

「確かに……。いやあれはフランのことだけど」


 だからこそ、537という値まで膨れ上がったのだ。ギンナに魔力の才能があったとしても、この数値は異常である。まだ彼女は魔女ではなく『無垢の魂』なのだから。


「で、どうすれば良いのよ」

「はい。ではギンナ様は、しばらく入院していただくことになります」

「えっ」

「えっ!」


 入院。

 フランではなく、ギンナが。

 これは予想していなかったことだ。


「幽体内の魔力が安定するまで。いつまた気絶するか分かりませんので、わたくしが直接経過観察する必要がございます」

「…………そっか。入院……」

「ギンナ様にはその間、魔法を使い続けていただきます。537もの魔力を無生物操作のみで消費するのは時間が掛かります。少しずつでも、悪い魔力を吐き出していただかないといけません。そして、今後同じ症状にならないような魔力操作の訓練もいたしましょう」

「……はい」


 入院と聞いて。ギンナは落ち込んだ。


「それではお部屋の準備をいたしますので、しばらくお待ちくださいませ。フラン様はどうされますか? もしよろしければ寝室をご用意いたしますが」

「……そうね。ちょっと相談するわ」

「かしこまりました。では、わたくしは出て左の突き当りの部屋におりますので」






✡✡✡






 サクラが退室して。

 ふぅ、と息を吐いた。


「入院かあ。生まれて初めてだ」

「ま、サクラの口調だとそこまで危険は無さそうね。今は苦しくないの?」

「うん大丈夫。でも、物を動かしてるとちょっと楽になるのは、そういうことなんだね。悪い魔力を吐き出してるんだ」

「私、箒で帰れないわよ」

「そうだよね。どうしよっか」

「待って。……やってみる」

「?」


 そう言って、フランは目を瞑った。


『ユイン! 聞こえたら返事しなさい!』

「わっ」


 出たのはフランの、肉声ではなかった。魂に響く声。一度経験した、魔法の声だった。


『……びっくりした。まさかあんたから来るなんて。何よ』

『ユイン!』


 そして、ユインの声も聞こえた。今は魔女の家に居る筈だ。離れた場所からの声が届く。これはユインの魔法だった。


『やればできるものね!』

『凄いフラン!』

『……で、何の用よ。フランから掛かってきたってことはあんたは治ったのね。帰ってくれば良いけど、それができない状況? ならギンナの方が重症だったのかしら。あんた箒にも乗れないし電車の乗り方も分からないもんね』

『ぜ……全部当てるんじゃないわよ! これだから頭脳派は困るわ!』

『え、えっとね、ユイン……』


 フランとユインだけでは話が進まない。ギンナが、顛末を説明した。






✡✡✡






『――なるほど。魔法不全に魔力滞留。……私達、いっつもギリギリね』

『うん……。それで、私は入院することになったんだけど』

『お金は足りるの?』

『まだ、分かんない。後で訊かなくちゃ』

『……まあ、お金よりあんたの方が大事だからね。分かった。私がフランを迎えに行くわ。待ってなさい』

『ありがとう』


 それで魔法の会話は終わった。


「凄いねフラン。ユインの魔法も使えるようになったんだ」

「前使われた時の感覚を思い出して、同じように魂を操作してみたのよ。『銀の魔女』って、そもそも色んな魔法を使う万能型でしょ? 今は『無垢の魂』だからみんな得意なひとつふたつの魔法だけだけど、いずれはきっと、全員が全部使えるようになると思うわ」

「……私も使えるかなあ」

「何言ってんのよ。あんた魔力は一番のくせに。あと私もまだ箒は無理だし。魔法適性って言ってもやっぱり得意不得意はあるのね」


 魂と魔法の練度は、4人の中ではフランが一番だ。そういう意味ではフランが、最も魔女に近い。


「……これさ、ユインもシルクも一度ここでサクラさんに診てもらった方が良いんじゃないかな。普通に見えて、何か知らない病気になってる可能性もあるし。私みたいに」

「まあ、そうね。魔力測定はさせたいわね。ギンナには負けたけど、あのふたりには負けてる気はしないわ!」

「いや、そういうことじゃないけど……まあ」






✡✡✡






 しばらくして、病室に案内された。布団が敷かれただけの部屋だった。本当に、同じような和室がいくつもあるなとギンナは思った。

 それからまた、数時間後。陽が暮れ始めた頃にユインがやってきた。彼女が戸を開けると。


「………………!?」


 湯呑みに始まり。

 茶碗。箸。だけでなく。

 箒や掛け軸、小さなちゃぶ台。果ては布団までもが。


 宙に浮いて、ギンナの周りを漂っていた。


「あ。ユイン。ごめんね」

「何よこれ……」

「えっと、治療……かな?」


 それら浮遊物に囲まれたギンナは、申し訳無さそうにユインを見た。どうやらこれは、ギンナが操っているらしいのだ。

 フランは、ギンナにもたれ掛かる体勢で寝てしまっていた。


「できるだけ多くの物に魂を流し、魔力を発散させています。ひとつの物に流し込み過ぎると割れてしまいますので」


 ユインの後ろから、サクラが説明しながら入ってくる。


「……『桜の巫女』ね。意外と日本人はその辺にいるのね」

「はい。わたくしは日本へ行ったことはありませんが」

「フランの治療費とギンナの入院費はいくらかしら」

「既にいただいております。『銀の魔女プラータ』様から」

「!」


 ユインは真っ先に費用の話をしたが、サクラはくすりと笑った。


「ひと月ほど前でしょうか。こちらにいらっしゃいまして、『もし弟子達が世話になることがあればこれを支払いに充ててくれ』と、金貨100枚ほど置いていかれました」

「な……!」


 ユインとギンナは顔を見合わせた。あのプラータが。そんなことを、と。


「……そっか。プラータは分かってたんだ。私が、魔力滞留だって。だって私だけ魔法使えなかったもん」

「そういうことらしいわね。ムカつくけど」


 この辺りには、医者である巫女はサクラしか居ない。ならばこれからもここへはお世話になる筈だ。ギンナの体調とユインの思考を完全に読まれていた。


「……まあ良いわ。じゃあ帰るから。フラン。起きなさい」

「ふにゃ……」


 やれやれと肩をすくめたユインが、フランの身体を揺さぶる。彼女のさらさらの銀髪が揺れる。


「ん……。あ。ユイン! あんた測っていきなさい! 魔力!」

「……はあ?」


 目を覚ましたフランはユインの顔を見て、飛び掛かった。そして魔力測定器のある診察室まで押し込んでいった。


「じゃあねギンナ! お見舞いに来るから!」

「ちょっ……。もう。何かあったら連絡しなさい。多分あんたももう繋がるでしょ」

「えっ……。うん。ありがとう」


 それからしばらくすると、診察室の方から、嘘よー! とか、ぎゃああー! とか、何かの間違いよ! もう一度! とかいう悲鳴が聴こえた。






✡✡✡






『――っていう依頼なんだけど』

『うーん。難しいね。多分割に合わないかな。そのひとつ前の依頼にしよう。フランの性格的にもそっちかなあ』

『分かった。断っておくわ』


 数日後。

 すっかり魔法の会話を覚えたギンナは、よくユインと通信していた。大半は『銀の魔女』宛に舞い込んでくる依頼の相談だった。


『そう言えば、本来私がやる外回りって』

『取り敢えず私が行ってるわ。シルクに付いてきてもらって。……あんたほどスムーズに交渉できてないと思うけど』

『うん。……ありがとう。ごめんね』

『別に良いわよ。私だって籠もり切りじゃ良くないし。あんたがフランに言ったでしょ? 稼ぎの速度は落ちるけど、あんたが快復するのが優先事項よ。ギンナ』


 ユインからは、ギンナへの気遣いが感じられた。それが嬉しかった。あのオークションの一件以来、彼女から歩み寄ってくれている気がする。


『あ。この前の魔力測定って、どうだったの?』

『113だったわ。大体200から魔女らしいから、まあ、まだまだね』

『えっ。……フランて確か』

『70ちょいくらいだったわね。別にどうでも良いのに、叫んでたわ』

『…………そうなんだ』


 ギンナは考察した。4人の中で、ユインだけは『通信』と『箒操作』のふたつの魔法を使えていた。フランとはその差なのだろう、と。実はユインが一番魔女に近いのではないだろうかと。


『で、今日の帰りにあのふたりが寄るらしいわ』

『分かった。ありがたいなあ』

『まあ、あんただから皆心配してるのよ』

『またそんなこと言って。ユインが入院したら私、毎日お見舞いに行くよ』

『……はいはい』






✡✡✡






「ギンナ! 大丈夫ですかっ?」

「シルク! なんだか久し振り」


 病室にシルクとフランがやってきた。シルクはギンナと、辺りに浮かぶ湯呑みなどを見て、元気そうだと胸を撫で下ろした。


「……なるほど。大変ですね。魔女になっても、『魔法を使い続けないといけない』というのは」

「うん……」

「殆ど呪いよね。魔女っぽいけど」


 シルクにも事情を話す。フランやユインから聞いてはいるだろうが、改めてギンナの口から。

 説明を受けて、シルクは部屋に浮かんでいる物を見回す。


「しかし凄いですね。ポルターガイスト現象のようです」

「確かに。なんだか、私達の魔法って超能力っぽいよね」

「超能力? サイキックですか」

「うん。私のは念動力テレキネシスで。シルクが発火能力パイロキネシスでしょ? ユインは念話テレパシーと」

「私は?」

「…………ザ○キ?」

「なにそれ」

「あっ。……えっと」


 魔法というものは、まだまだ分からないことが多い。色々試して、学んでいくのだろう。因みに今ギンナがポロッと言ってしまったのはとあるゲームに登場する、敵を即死させる呪文である。


「さあっ! シルク、こっちよ! あんたには負けないんだから!」

「へっ。な、なんですか?」


 そして。

 フランがシルクを診察室へ押し込んで。


「……あっ。出ました。133? ですね」

「嘘よぉぉおっ!!」


 叫び声が轟いた。

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