5-4 銀の澱み

「さて。では次は、ギンナ様でございますね」

「へっ?」


 昼食を終えて。久々に日本食を食べて満足したギンナに。サクラがそう言った。


「私は、フランの付き添いで」

「私がサクラに言ったのよ。ギンナだけ、まだ私達の中で魔法が使えてないじゃない。病気とは思わないけど、医者なら何か分かるかなって」

「フラン」


 魔法が使えないことは、確かに気になっていた。だが、そこまで急を要することではないとも思っていた。使えないなら使えないで良い、と。


「はい。一度、診察させていただこうかと思います」

「……でも、それにもお金が掛かるし。フランの魔法は大事だけど、私のことは別に」

「何言ってんのよ。魔法使えない魔女なんてダサいじゃない。診てもらいなさいよ」

「……ダサいとかいう問題じゃ……」

「ほらほら」

「ちょ……」


 フランに、無理矢理診察室へ押し込まれた。サクラはもう待ち構えていた。診察室と言うが、やはりただの和室であったが。


「さてギンナ様」

「……はい」


 観念した。お金など無いが、ここまで来れば仕方ない。治療費がどれくらいになるかも分からないが、なんとかするしかない。


「魔法不全がどういう症状か、ご存知でございましょうか」

「知りません。……フランのことですか」

「ええ。ギンナ様はフラン様の付き添い、というお話でしたので。まずは、そのご報告をさせていただきます」


 確かミッシェルもその症状だ。ギンナはサクラへ傾注する。死に至る病と聞いたからだ。


「巫女の医学で『無垢の魂』とは、物理的影響を及ぼす精神力……『魔力』の操作に慣れていない状態のことを指します。無垢の魂はいきなり魔女や死神、巫女などに成るのではなく。徐々に、段階的に魂が変質していくのです。『無垢』の状態で魔法が使えるお方は、魔力操作の適性が高いということが言えます。ですがまだ、魂自体は何者でもない『無垢』。ちょっとしたきっかけで、簡単に崩れます。魔法が使えなくなったり、制御できなくなったりするのでございます」


 サクラが説明を始める。

 思えば。

 きちんとした『説明』を受けるのは、これが初めてであった。プラータは自身の経験に基づいたもので適当とも言える。ユインは彼女なりに調べたものであるが、予想の域を出ない。

 専門家による、『魂』の説明はこれが。


「『無垢の魂』となった死者には、身体がありません。身体のように見える『それ』は、魂が形を取ったものです。幽体と呼びます。魂の操作で、貴女様がたは動いています。それも広義では、一種の魔法なのです。ですから、制御できなくなれば動けなくなったりもいたします」

「(ミッシェルはこれね……)」

「それらを、総じて『魔法不全』と呼びます。まあ、魔法の調子が悪くなったら大体魔法不全と言いますね。一般にも広まっている名称です。これは魂の流れを正常に戻して差し上げれば治ります」

「魂の、流れ?」

「死者の魂が形を取った幽体にも、血のように魂が循環しております。正確には、魂の構成物質が。本来ならば一定の、安定した流れがありますが、魔法不全であればそれが乱れております。それを巫女の眼で探し出し、治してさしあげるのです」

「どうやって?」

「では、一度ご体験していただきましょう。そこへ、横になってくださいませ」


 診察室には、布団が敷かれてあった。どうやらマッサージが始まるらしい。ギンナはサクラに従ってそこへうつ伏せに寝そべった。


「では触診も兼ねまして。失礼いたします。楽になさってくださいましね」

「はい……」

「流れが良くないと少し痛いかもしれませんが、ご辛抱くださいませ」


 その横に、サクラが正座した。巫女服の袖を捲り、ギンナの背を撫でた。


「……ぁっ。……ぁあああああああっ!!」






✡✡✡






「ギンナっ!?」


 この世のもとは思えない……否。

 少女から出たとは思えない叫び声がこだました。明らかに異常事態。フランは勢いよく戸を開けて診察室に飛び込んだ。

 あの、魔法不全を治すマッサージだろうか。確かに痛かった。だが、あんな大声を張るほどではない。一体ギンナは、どんなことをされたのか。


「………………ぁぁぁ……っ」

「!!」


 ギンナは。


「…………そんな……っ」


 布団の上で、海老反りになって気絶していた。取り敢えず外傷は無さそうだが。


「サクラ! これはどういうこと!?」

「………………これは……」


 サクラを見る。両手で口を押さえ、驚愕のポーズを取っていた。


「…………フラン様。申し訳ございません。驚かせてしまいましたね」

「そんなことは良いから! ギンナに何したのよ!」


 そのサクラに、掴み掛かる。


「……フラン様に施したものと同じ触診でございます。魔法不全の患部を探しながら、それを治すマッサージを」

「それが、どうしてこんなことになるのよ!」


 がくがくと肩を揺らす。サクラは抵抗しない。まだ驚いた表情で、ギンナを見ている。


「……ぅ………………」

「ギンナ!」


 すぐに、ギンナは意識を取り戻した。だが横たわったまま動けない。フランが心配して彼女に触れようとして、サクラはそこでフランを止めた。


「お待ちくださいませ。今、ギンナ様に『魂』の刺激は与えてはいけません」

「っ!」


 ぴたりと、止まった。ギンナは何が起きたか理解していない様子だった。


「フラン……?」

「ギンナ! しっかりして! サクラ! あんたこれ……っ」

「ええ。説明いたします。フラン様は落ち着いてくださいませ。ギンナ様。先程は大変申し訳ございませんでした。身体が動かない以外に何か不調がございましたらすぐに仰ってくださいましね」

「…………!」






✡✡✡






「まず、ギンナ様は『銀の眼』です。それの意味する所は『被魔法耐性』『使用魔法適性』です。例外なく、銀色の魂には高度な魔法の才能が約束されてございます」

「…………知ってるわ。聞いたもの」


 これまで何度か、そう言われてきた。プラータからも、他の人からも。『銀の眼』という魂は、魔法が得意なのだと。


「一般であれば、先程わたくしが説明したように『無垢の魂』の状態で魔法を扱えれば、個人の才能として魔法適性に優れていると言えます。ですが本来『銀の眼』ならば。寧ろ魔法は最初から『使えなければならない』。……フラン様は、死後すぐに使えたと仰いましたね」

「……ええ。それで死神を殺したもの」


 この説明は。頷ける。ギンナは思い出した。


「……シルクもユインも。最初から魔法を使えてた。『銀の眼』だから……?」

「はい。そういうことです。ですが」


 魔法が使えない。それは才能とか、資質とか、個人の問題ではなく。

 使えないのが『銀の眼』として異常事態であると。


「ギンナ様は、何らかの異常があり。本来使えている筈の魔法が全く使えていないのだと思われます。その証拠に、魂の流れが、わたくしも見たことが無いほどに乱れています」

「そんな……っ」


 少しツボに触れただけであれだ。

 気絶する程痛かったのだ。通常、そんなことはありえない。


「でも、箒は乗れるわよ。ギンナは」

「……確かに。それだって、魂の操作。一種の魔法じゃ、無いんですか?」


 ギンナも考える。身体はまだ痺れているが、頭は動く。


「……その通りでございます。箒飛行……無生物への魂の干渉と操作。『魔女』の基本とも言える魔法でございます」

「ギンナはそれ得意なのよ。ね?」

「……えっと。どうなんだろ」

「だって、触ってなくても操れるんでしょ? やってみなさいよ」

「うん。まあ毎日触ってるし……」


 箒で空を飛ぶ感覚は、ギンナはもう身体が覚えている。触った物に、自分の一部を流し込む感覚だ。今も目を閉じれば、自分の箒の場所が分かる。この屋敷の玄関に立て掛けてある。置いた場所を覚えているのではなく、感覚で分かる。

 そこへ、意識を飛ばす。箒を浮かせて、移動させる。玄関からこの診察室まではいくつか曲がり角があるが、それは覚えている。


「フラン。開けてくれる?」

「ええ」

「!」


 コンコンと、外からつつく音が聞こえた。フランが戸を開けると、ギンナ達の乗ってきた箒が宙に浮いていた。


「凄い! 凄いわよギンナ! これもう、普通に凄い魔法じゃない!」

「……でもこれしかできないんだよ」

「私だって殺すだけよ?」

「うーん……」

「…………」


 それを、サクラはじっと観察していた。


「……魂の欠片を物体に残留させていらっしゃいますね。確かにそれ自体が既に高度な魔法と言えます」

「ふうん。そうね。箒からもギンナの魂を感じるわ」

「…………あ。ちょっと起きれるかも」


 宙に漂う箒を手摺にして、上体を起こしたギンナ。少し楽になってきたようだ。


「ギンナ様」

「はい?」

「ではこの湯呑みはどうでしょうか」

「…………」


 サクラは、湯呑みをギンナに渡した。受け取ったギンナは、それを両手で撫で回す。


「……箒を動かす時のように」

「わっ」


 フランが、感嘆の声を挙げた。

 湯呑みはギンナの両手から、ふわふわと離れて浮かび上がった。フランの目の前を通り過ぎ、サクラの横を越えて。ちゃぶ台にことりと着地した。


「……できた」

「凄ーいギンナ! 今、急にできるようになったのかしら!」

「いや……。多分、できると思ってなかったんだ。今まで試しもしなかった。……そんな気がする」


 また、湯呑みはちゃぶ台から離陸した。一直線に横移動をして、ギンナの手元へ。


「……でもこれができるなら、私は魔法不全じゃないのかな」

「そのようでございます」

「!」


 サクラは。

 ギンナに起きていたことと、今起こっていることが分かった。ギンナから漂ってきた湯呑みを手に取って、確かめる。


「魔力測定を、行ってみましょう。恐らくは、それが原因でございます」

「なにそれ?」

「幽体に内包された魂が持つ、魔力の総量を測るのです。……ではフラン様もご一緒に」

「良いわね。気になるし」

「ギンナ様、お身体どうでしょうか。立てますか?」

「えっと……はい。大丈夫です」


 ギンナは立ち上がった。どこかを痛めている様子は無い。フランが心配したが、問題ないようだった。


「こちらが、魔力測定器でございます」


 サクラが、部屋の押入れから取り出したのは、ふたりもよく見たことのある機械だった。見た目は。


「……体重計じゃない」

「確かに」


 足を置く台座と、メーターの付いた柱。正に、学校で見たことのある、万国共通の、ちょっと古い体重計だった。


「勿論体重も測れます」

「ま、乗るわよ? 私から」

「どうぞ」


 まず、フランが乗った。メーターの針がぎゅんと移動して、ウインウインと揺れながら定まっていく。


「因みに『無垢の魂』の平均は約21でございます」

「やった! 73よ!」

「素晴らしいですね。流石でございます」

「ほらギンナも!」


 メーターの数字を見ると、最大300まで測れるらしい。平均を大きく上回ったフランが嬉しさのあまりぴょんと跳ねて、ギンナとバトンタッチする。


「……じゃあ」

「はい。お願いいたします」

「楽しみね! ギンナもきっと高いわ! 私と同じ『銀の眼』なんだもの!」


 そして、ギンナも。ゆっくりと乗った。


「…………!」


 針は。


「……は?」

「え、故障?」

「…………やはり」


 300を越えて。メーターの枠の端の端にカツンとぶつかった。

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