5-3 悩む銀、抗う鬼と祝福の殺戮ショー

「………………」


 男性はイライラした様子で、睨み付けていた。

 ギンナを。――ではなく。


「………………」


 彼女の背後に隠れるミッシェルを。


「……おいガキ」

「…………」


 返事をしない。目を合わせない。


「治療だっつってんだろ」

「やだ……」


 ぷいと、そっぽを向いた。男性は拳を震わせた。


「おい『銀の眼』」

「えっ。はい」


 ミッシェルと男性に挟まれて、ギンナは居心地が悪かった。放っておいてくれと思ったが、話し掛けられてしまった。


「そいつを寄越してくれ」

「…………嫌がってます」


 ミッシェルはギンナの服をぎゅっと掴んでいた。どういうことかは分からないが、とにかく彼女は嫌がっている。無理矢理引き離したりはしたくない。


「…………あのよぉ」


 男性はどさりと、腰を下ろした。ギンナの正面に、胡座をかいて座った。


「俺ぁ医者だ」

「……えっ」

「ここは俺の病院なんだよ。『怪物フリークス』専門の病院。俺はテス。吸血鬼だ」

「えっ」


 男性はテスと名乗った。ギンナは驚いてしまった。ならばサクラの言っていたご主人さまとは彼のことではないかと。


「で、そのクソガキは魔法不全で身体に異常を来たしてる。早く治療しねえと死ぬわけだ」

「……!」


 ミッシェルを見た。彼女は、震えていた。


「歩けねえ筈だが、逃げ出しやがって」

「!」


 立っていなかった。そう言えば。縁側に上がってから、這い這いでこちらまで来た。


「……まさか、ミッシェル」

「…………死にたいから。治療は受けない」


 言った。ギンナに身体を預けながら。小さく。

 少女は死を願っていた。


「助けられる命を目の前で放っとける訳ねえだろ。ましてここは俺の城だ。分かったらこっち来いボケ」

「……やだ。奴隷として買われたままなら死んだ方がまし。私は奴隷じゃなくて、『ヴァンパイア』。私を助けたいなら死なせて」

「ガキのくせに何を言ってんだ。何もかも生きてこそだろうが」

「自分のことをわざわざ『吸血鬼人間の呼び方』で言う、所詮『怪物ケダモノ』の偽物に、純血の誇り高さは分からない」

「同じだボケ差別してんじゃねえ」

「私は誇り高き純血の『ヴァンパイア』一族クルエラ家長女。貴方はただの人間の死者が真似て象っただけの怪物。血に差があるのだから別けるのは当然」

「差があるとすりゃ、地位だ。俺は医者。お前は奴隷。血がどうのとか、関係あるかクソガキ」


 口論は平行線だった。埒が明かない。挟まれたギンナは困り果てた。


「(ミッシェルがライゼン卿に買われたのは私の責任。だけど、どうしたら良いか分からない。ミッシェルが死ぬのは私も嫌。そんなの、悲しすぎる)」


 ギンナの心配を余所に、口論は尚も続く。


「そもそも私がどうなろうと貴方には関係ない」

「医者だっつってんだろボケ。もう金はブタから取ってんだよ」

「結局お金。利権。自分のこと。ヴァンパイアの風上にも置けないクズ」

「…………もういいや面倒くせえ。俺にゃまだ子供の教育は無理だ」

「……!」


 テスが立ち上がり、こちらへ向かってくる。大きな手が伸びて、ミッシェルの首根っこを掴んで持ち上げた。


「…………!」

「ちょ……!」


 ギンナも反応できなかった。ミッシェルは暴れるが、テスの手は弛まない。


「離して……!」

「自分の意思を貫きたい、望む結果を通したいなら『弱く』あるんじゃねえよ。俺の方が強えから俺に逆らえねえんだお前は」

「…………!」

「だから捕まって奴隷に落ちるんだ。裏のオークションで吸血鬼の出品なんざ、100年振りくらいじゃねえのか。普通人間なんぞに捕まらねえんだよザコ」

「………………っ」


 ザコ、の最後のひと言で。ミッシェルはぴたりと動きを止めて、抵抗しなくなった。


「お前の魔法不全にはブタは関係無えだろ。きちんと使えてりゃ、そもそも捕まらなかった。違うか?」

「………………」


 先程からテスが言っているブタとは、恐らくはライゼン卿のことだなと、ギンナは思った。失礼だがそうなのだろうなと。


「……ギン」

「『死者』冒涜しといて『死者の魂』に助けを求めてんじゃねえ。お前は誇りってもんがねえのか『ヴァンパイア』」

「っ」


 目が合った。

 言葉は遮られたが、ミッシェルはギンナを呼ぼうとしていた。

 ギンナは逸らさなかった。だがミッシェルの方が、諦めた。


「…………」

「……済まねえな。騒がせた」

「………………いえ」


 ミッシェルはそのまま、テスに担がれて退室した。


「(…………私にできることは)」


 なんとも後味の悪い余韻を残して。






✡✡✡






「良いの?」

「ええ。構いません」


 庭園には、松が数本植えられている。その内の一本の前に、3人が居た。

 フランが前へ出て、松の幹に触れた。


「!」


 バサバサと。枝や葉から、何か小さな物が落ち始めた。フランはくるりとこちらを振り向いて、悠々と歩いて戻ってくる。

 大量に落ちてくるそれらは、


 虫。


 松の木に生息する蜘蛛や毛虫、ゴキブリなどであった。


「…………!」


 ギンナは息を飲んだ。

 地面に落ちた虫は全て、例外なく死んでいた。ぴくりとも動かない。

 死骸の雨の中心に、その原因の少女。銀髪銀眼のフランが立っている。


「……ふう。完璧ね。ていうか前よりコントロールできてる気がするわ。勿論、木は枯らしてないわよ」


 松の木の陰から出てきたフランが誇らしげにサクラへ報告した。彼女の髪や身体には虫は付いていなかった。そういう調整も、魔法でできるようになったのだ。


「…………凄い」


 死を齎す魔法。ギンナが目にするのは久し振りだ。改めて、反則級に強力だと思った。


「でも全部殺して良かったの? サクラ。害虫は良いとして、益虫も居るんじゃないの?」


 木は、ひとつの生態系だ。それを今、フランは滅ぼした。彼女が治ったかどうか確認するには魔法を使わねばならない。そこでサクラが提案したものだった。


「ええ。問題ありません」

「?」


 今度は。にこりと頷いたサクラが、松の木の下へ入った。


「フラン様の魔法は、直接即死させるものではありません。『魂を抜く』という、殺すことの前段階の処理を行うものでございました」

「……へっ」


 しゃん、と。

 真っ直ぐ背筋を伸ばして、サクラは目を閉じた。手を組んで、祈りのポーズを取る。


「ですから、すぐに魂を戻してあげれば」

「…………!!」


 さわ、と。風が吹いた。

 すると。

 地面に並べられた大量の死骸の内、蜘蛛類やカメムシの幼虫など、益虫だけがカサカサと動き始めたのだ。


「わっ」

「えっ!」


 それらは周囲の害虫の死骸を見ると、一斉に食し始めた。終わればまた、松の木に登っていくだろう。


「……生き返る、魔法?」

「いえ。そんな魔法はありません。フラン様の魔法で漂っていた魂を身体に戻してあげただけです。……巫女の扱う術は、魔法ではなく奇跡と呼ばれています。古い呼び方ですが、それで定着してしまったのです」

「…………!」


 色々と説明しているが。

 見たままの光景は、まるで奇跡だ。死んだ動物が生き返っている。


 正に。魔女の魔法と正反対、巫女の奇跡。


「ともあれ。フラン様の魔法不全は改善されたようですね。害虫駆除もしていただいて。誠にありがとうございます」

「…………」


 ぺこりと。サクラがお辞儀をした。ギンナとフランは、驚いて目を合わせたままだった。






✡✡✡






「わたくしは、巫女ではありますが元々死者ではありません。『巫女』から生まれた、『第二世代セカンド』と呼ばれる存在です」


 フランの治療が終わったので帰ろうとも思ったが、サクラに昼食を誘われた。そもそもまだ治療費も請求されていない。

 ちゃぶ台に並べられたのは焼き魚と味噌汁。日本食である。箸を使えないフランの為に、ナイフとフォーク、スプーンが用意された。


「第二世代?」

「勿論、死者が命を宿すことはありません。何をしようと新たな生命を授かることはありません。ですが、己の魂を、別の身体に移し換えることは可能なのです」

「…………」


 サクラが語り始めたのは、自身の生い立ちに絡めた、この世界のことであった。『もう母にはなれない』と突き付けられると、ギンナは少しショックを受けた。


「……新鮮な死者の身体に憑依することをと言います。わたくしは、その神降ろしの子でございます。身体は人間でありながら、魂は『巫女』。そう言った出自の者を、『第二世代』と呼ぶのです」

「…………神降ろし」

「ふん。東洋の概念ね。西洋こっちだとそれ、よ。エクソシストが飛んでくるわ」

「で、ございますね。存じ上げてございます」


 誰かの身体を乗っ取るということだ。なるほどそうすれば、擬似的に甦りと言えなくもない。永遠の命とも、取れなくもない。


「私だって生前に魔法が使えたら。……もっと幸せに生きてたわよ」

「……どうだろう。魔法みたいな不思議な現象は、表の世界じゃどう見られるか分からないから……。危険だよ」

「…………それでも、毎晩快楽殺人鬼の実父頭のイカれたクソ野郎に殴られ続けながら犯されるよりマシ」

「……ごめん」

「……気にしなくて良いわよ。どうせ、たらればの無い物ねだりなんだから」


 この世界は。

 暗い、悲しいことが多すぎる。裏世界だけではない。ギンナは今まで、自分が温室育ちだったことを理解した。見えない、知らない所で今日も、今も泣いている人達が居る。


「わたくしの色、『桜色の魂』は。周囲の魂を和ませるという性質を持っているそうです」

「!」


 生前の記憶を思い出して、俯いたフランを。

 いつの間にか背後に回っていたサクラが、後ろから抱き締めた。


「……っ」

「大丈夫ですよ。フラン様。今の貴女様は清く美しい。心優しい。大切なご友人様もいらっしゃって。何かあれば全て聞いて、受け止める。わたくしも居ます」

「…………っ!」


 優しく。柔らかく。包み込むように、暖かく。

 フランの目から、涙が溢れた。


「…………ぐす。もう、良いってのよ。立ち直ってるし。今が、楽しいのは分かってるわよ……っ」

「ええ。フラン様はお強いですからね。ですが、ご無理をなさらず。いつでもわたくしや、ギンナ様を頼ってくださいましね」

「わかっ。……てるから……っ」


 ギンナもつられて泣いてしまった。彼女は、生前悲惨な目には遭っていない。だからこそ。

 どう寄り添って良いか、時々分からなくなるのだ。フランだけでなく、ユインやシルクとも。先程の、ミッシェルとも。

 そして、このサクラの行動を。言動を。

 尊敬した。


「(……私に、できることは……)」

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