5-2 倉橋亜梨沙の巫女屋敷

 ふたりは、サクラの案内で屋敷の中へ案内された。通されたのは当然和室である。ちゃぶ台や掛け軸がある畳の部屋。日本出身のギンナからしても、実際には馴染みのない空間であった。


「……イングランドにこんなお屋敷が。っていうか、神社じゃないんだ……」

「ふふ。ええ。その通りでございます。わたくしのご主人さまは日本文化に大変ご興味がおありなのですが、神社が宗教施設と知っては少しお悩みになりまして。結局このような、時代錯誤の武家屋敷を建てられたのです」

「……ご主人さま?」

「ええ。今、お茶をお淹れいたしますね。しばらくお待ちくださいませ。お話をお伺いいたします」


 座布団に案内されて、サクラは一旦部屋を出た。ぽふんと、フランが座り込んだ。


「変な喋り方ね。変な家だし。日本は神秘の国ってユインがよく言ってたけど、こういうことね」

「うーん……。ちょっとずれてるかなあ」


 ギンナも隣に座る。だがその座り方が、フランは気になった。


「なにそれ?」

「えっ。ああ……。正座。つい無意識でやっちゃった。まあそもそも、魔女の家じゃ椅子しかないもんね」

「セーザ。日本の座り方ね。テーブルがこんなに低いんじゃ、地べたに座るしかないのね。高くすれば良いのに」

「まあ……そうかな。私もそんなに詳しくないけど」

「自分の国の文化なのに?」

「……そう言われれば。そうだね。神社神道について、学校ではあんまり習わないなあ。実家ウチには神棚と仏壇両方あったし。親の結婚式は教会でやったらしいし」

「私は知ってるわよ。勉強はしてたから。日本は戦争に負けてからGHQアメリカが政治に介入してきて、教育も全部変えられたのよ。『テンノー天皇バンザイ』の洗脳でやった『トッコー特攻』なんかを嫌ったのね。コッカシントー国家神道は廃止されたから、それの影響ね」

「……そうなんだ。フラン頭良い」

「…………あんたに褒められても嬉しくないわよ。いくら勉強できてもあんたの方が賢いわ」

「そんなことないよ」

「……問題はなんでそんな『巫女』が、イングランドに居るか、ってことよね」

「……確かに。『魔女』とか『死神』と同じ括りカテゴリっぽいよね。日本固有の神職シャーマンなのに」

「神秘の国。ねえ……」






✡✡✡






「失礼いたします。お待たせいたしました」


 しばらく後、サクラがお盆を持って戻ってきた。


「お口に合いますと良いのですが」

「なに?」

「いえ。一般的な緑茶でございます」


 ことりと、湯気の立つ湯呑みが置かれた。フランは不思議そうにそれを見る。


「変なカップね」

「で、ございましょう? ふふ。お熱いのでお気を付けくださいましね」


 にっこりと、柔らかく笑っている。目が合うと心地よい気になった。フランはいつも通りだが、ギンナは緊張していた。

 サクラはふたりの正面に正座した。


「さて。改めまして、巫女のサクラでございます。まずはわたくしがお話をお伺いいたします」

「……『銀の魔女』弟子のフランよ。こっちはギンナ」


 サクラに合わせてギンナもお辞儀をする。弟子だとフランがきっぱり言ったことに驚いたが、普段の依頼でもそのように言っているのだろうと推察した。そう言うと話がスムーズなのだ。本人は気に食わないかもしれないが。


「フラン様と、ギンナ様。本日はどういったご用件でございましょうか」

「魔法の調子が悪いのよ」

「どのような症状がありますでしょうか」


 フランは自分で症状を話した。いつもは意地っ張りで自分の弱い所を隠したがる彼女だが、意外にもすらすらと説明していた。






✡✡✡






「……で。仕事仲間に迷惑掛けたくないのよ」

「…………かしこまりました。大丈夫、ご安心くださいませ。魔法を使い始めの『無垢の魂』様にはよくある症状でございます」

「そうなの? 良かった……」


 フランの説明を穏やかに頷きながら傾注していたサクラ。話し終わってからも、微笑みを絶やさない。


「それで、どんな種類の魔法でございましょうか」

「………………」


 その、ごく自然な、そして当然の質問に。

 フランは一瞬答えを躊躇って。


「…………」


 ギンナを見て。

 嘘を吐いても仕方ないなとアイコンタクトをして。


「見たやつを殺す魔法よ」

「まあ……」


 答えて。

 サクラは目と口を丸く開けた。






✡✡✡






「実はもうおひとり、同じ症状の患者様がいらっしゃいます。その患者様は快復に時間が掛かる見込みでしたので、しばらく滞在していただくことにしたのです」

「じゃあ私は?」

「フラン様は、診察してみないとなんとも申し上げられません。しかし重篤な患者様は身体操作にも影響が現れるので、ご自身で歩かれているフラン様ならば比較的早く快復するかと思います」

「そう。なら良いわ」

「しかし、箒にも乗れないほどならばやはり詳しく診ないことには」

「…………箒は、そもそも乗れないわよ。まだ練習中なの」

「それは、失礼いたしました」


 部屋を出て、廊下を歩く。サクラに付いていく。サクラが摺り足で歩く音がする。歩き方ひとつ取っても、古風で上品だとギンナは思った。現代日本でこんな内股の歩き方をする人は居ない。


「診察室です。ではフラン様はこちらへ。ギンナ様は、こちらの部屋でしばらくお待ちいただけますでしょうか」

「あっ。……はい」


 見た目は同い年くらいだが。敬語で話されれば自分も敬語になってしまうギンナ。診察室の隣の部屋を案内される。


「…………」


 その部屋も、先程と同じような和室だった。向こう側から中庭が見え、竹垣や鹿威しがあった。


「(ちょっと発見。この魂の状態だといくら正座しても足、痺れない。地味に楽)」


 ここの病院(?)は、彼女ひとりが切り盛りしているのだろうか。ご主人さまとはどんな人物だろうか。あれは、『桜色の魂』ということなのだろうか。診察はどのようなもので、どのように治すのだろうか。ギンナの頭にはいくつかの疑問があった。






✡✡✡






「!」


 戸が開けられた。

 荒々しく、音を立てて。


「…………っ!!」


 静かな空間でまったりしていたギンナは、口から心臓が出そうになった。心臓は、無いのだが。


「……居ねえか。ん? お前」

「………………こ、こんにちは」

「サクラの患者か。ここに俺とのガキが来なかったか?」

「えっ」


 背の高い男性が入口に立っていた。赤みが掛かったブロンドヘアーをオールバックにセットしており、肌は白いが、黒のタンクトップシャツと筋肉質な体格も相まってギンナは圧倒された。目付きも鋭く、何故か開いた口から見える歯はギザギザしていた。


「……来て、ない、です」

「そうか。済まねえな。ちっ。あのクソガキ。ブタん所まで投げて送り返してやろうか」


 どうにか答えると、男性は謝罪の言葉を口にしてから毒を吐いて、荒々しくもきちんと戸を閉めて行った。


「…………誰? 同じのって、なんだろう」


 彼が誰を探しているのかは分からなかったが、取り敢えずこの部屋には誰も来ていない。ほっと胸を撫で下ろした。


「……貴女、助かったの?」

「!」


 瞬間に。また声を掛けられた。今度は中庭の方から。少女の声だった。


「……あ。あなた」


 見ると、プラチナブロンドを腰まで伸ばした真っ白な肌の欧風の少女だった。ギンナは、彼女に見覚えがあった。


「……オークションで、売られてた。確か吸血鬼……って」

「貴女も売られてた。今は? 自由?」

「……えっと」


 無地のワンピースを着た彼女は、中庭から部屋へ上がってくる。彼女は裸足だった。そのままぺたぺたと、立ち上がらずに這い這いでギンナの所までやってきて。


「違う。まだ繋がってる」

「……!」


 ギンナの首輪に触れた。


「私も、まだ繋がってる」


 そして自分にもある首輪を見せ付けて、言った。


「……そっか。あなたは確か、ライゼン卿に買われて」

「…………ミッシェル。名前」

「あ。私はギンナ。……えっと、よろしく……?」

「ギンナ」


 ギンナは、自身のトラウマでもあるあのオークションでの出来事を、なんとか思い出す。この少女ミッシェルは、ライゼン卿に落札された。

 ユインの策略によって。


「(……私達が、巻き込んだ、ってことだよね。もし、ライゼン卿から酷い目に遭わされてたら……)」

「ギンナも治療? 魔法不全?」

「えっと……その付き添いかな。ミッシェルは?」

「魔法不全と、食生活改善」

「……食生活?」


 ミッシェルは、ギンナの隣にぽすんと座った。正座から脚を外側へ広げて、脚をWの形にして座る、いわゆる『女の子座り』だった。ナチュラルにそれが出来るほど身体が柔らかいのだなとギンナは思った。因みに銀の魔女の弟子4人の中ではフランしかできない。


「私の今の飼い主、高血圧。血の質が悪いのに、沢山飲ませてきて。私体調不良。魔法も出なくなった」

「……そうなんだ。そんなことが」


 ライゼン卿だ。あの体型を見ても分かる。確かに如何に吸血鬼と言え、血ならなんでも良い訳ではないのだろう。


「飼い主って、ライゼン卿だよね。……その、大丈夫?」

「何が?」

「…………色々……?」


 ロリコンのライゼン卿。ギンナが実際に会ったのは今日が初めてだが、ヴィヴィやユインからはそう聞いていた。ミッシェルのことを心配になるのは、ギンナとしては当然であった。


「……私が『奴隷』なら、随分楽で優しい飼い主。拷問とか実験とか、身体的苦痛が無いのは楽。質が悪いとは言え血をくれるのは優しい。そこは大丈夫」

「……うん。そっか」


 その説明で。取り敢えずは、そこまで酷いことはされていないのだろうと安堵して。


「私が『ヴァンパイア』なら。最悪。どこにも行けない。毎日性行為を強要されて、不味い血を吸わされ続けてる。魔法も制限される。ギンナみたいに可愛い服も着れない。飼い主を喜ばせないといけない。最悪」

「…………そう、だよね……」


 次の説明で、その安堵は消えた。


「ギンナは?」

「っ!」


 話にならない。

 自分は、殆ど自由と変わらない。特に制限などない。プラータの機嫌を損ねると死ぬだけだ。食事も服も魔法も自由。1年以内に金貨を稼がなければ死ぬとは言え。送っている生活自体は、今ミッシェルが話したものとは比べ物にならない。

 そもそも自分は、プラータの奴隷ではない。買われた訳ではない。弟子なのだ。


「……私は」


 どう答えたら良いだろう。自分ひとりだけ助かってしまったような、後味の悪い自責の念に駆られた。


「…………」


 だが、答えない訳にはいかない。


「……実は、代金を返納する約束をして解放して貰ったの。この首輪は、私の……師匠が付けたもの。……本当に自由って訳じゃないけど、奴隷じゃなくなったの」

「………………そう」


 ミッシェルは、出会ってから今まで一切表情を変えていない。その猫のような大きな瞳からは、感情を何も窺えない。


 その時。


「!」

「!」


 戸が、荒々しく開かれた。

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