Chapter-5 MIKO

5-1 Japanese shrine maiden “MIKO”

「フラン! 敵がそっちへ行きました!」

「分かってるわよ!」


 もう何度目かの、戦場。ふたりの連携も上手く取れるようになってきている。見るだけで命を奪うフランの魔法は強力だが、その分消耗も激しい。


「フラン!」

「……! っるさいわね……!」


 その日、朝早くから駆り出されていたフランは、長時間の魔法の酷使により、立ち眩みをしてしまった。


「大丈夫よっ!!」


 なんとかその場は、シルクの魔法でしのいだが。


「…………フラン」


 午前は問題なかった。

 だが午後に入って、フランはまだひとりも殺せていない。


「……休みましょう」

「まだいけるわよ!」


 ふらつくフランの小さな身体を、長身のシルクが支える。


「いいえ。……仕事ももう終わりです。貴女は、今自身に起きている『異常』を。ギンナ達に伝えるべきです」

「…………!」


 前を見た。

 どことも知れぬ荒野の、照りつける太陽。

 敵味方が入り交じった大勢の死体と、その臭い。


「……ひと月前のあの『夜会』から。様子がおかしかったと思っていました」

「!」

「地下で。魔法が使えなかったのでしょう。だからあの時、ギンナを救えなかった」

「…………ぅ」


 その言葉で、フランは完全に停止した。






✡✡✡






「魔法が使えなくなった!?」


 魔女の家に帰ってきて。夕食後にシルクから皆に告げた。

 驚いた声を出したのはギンナだ。


「……休めば治るわよ」


 当のフランは口を尖らせている。


「いえ。最近のフランは回復に時間が掛かっています。それに、魔法を使える回数も減っている。正確には、魔法を『使えなくなっていっている』。徐々に弱くなっているようなのです」

「なに、それ。ユインは分かる?」


 隣に座るユインに訊ねる。彼女は顎に手をやって考える。


「魔力の問題なら、マナプールから分けるわよ」


 4人とも。あの事件の後、再度マナプールを購入していた。勿論、ジョナサンの所ではなく。市販の安いものではあるが。


「魔力は、あるわよ」

「そうなんだ?」

「そうですね。私が見る限り、『タンク』の方ではなく『蛇口』の方に異常があるかと。いくら魔力があっても、出口が無いので魔法が出ません」

「……そんなことあるんだ」


 魔法は、使う度に練度が上がっていくと思っていた。現に、シルクは熱のコントロールが上手くなっており、料理にも発揮されている。


「大丈夫よ。完全に使えなくなった訳じゃないし。仕事に支障は」

「ありまくりでしょ。シルクの負担が増えてるんじゃないの」

「ぐっ……」


 ユインの鋭い指摘が刺さる。


「ちょっと待って」


 それでも、フランは抵抗する。


「今は、それどころじゃないでしょ? 1000枚じゃなくて、集めなきゃいけない金貨は6万枚になったんだから。早く稼がないと」

「だからこそ。稼ぎ頭のフランが不調なら、すぐに解決しないといけないよ」

「!」


 だがギンナのひと言で、押し黙ってしまう。


「ユインの魔法は戦闘向きじゃないし、私はまだ魔法を使えない。今ある依頼じゃ一番稼げるのが戦争だから、それをこなせるふたりは常に万全じゃないと。ただでさえ危険で、大怪我なんかにも繋がりかねないのに」

「……じゃあ、どうするのよ。私はもう役立たずじゃない」

「分けるしかないわね」

「?」


 ユインがそれを提案した。


「取り敢えず、シルクにはひとりで行ってもらう。無茶はしないこと」

「分かりました」

「そんな、危険だって」

「ひとりでも良さそうな依頼を選ぶわよ。報酬は減るけど、やらないよりマシ」

「私もそれで問題ありません」

「シルクっ!」


 続いて、フランとギンナを見る。


「あんた達は、明日『ここ』に行ってきなさい。ギンナは付き添いと箒ね。フラン口下手だし意地っ張りだから」

「? 分かったけど。お医者さん?」


 ユインが取り出したのは一通の手紙。依頼書に混じって来ていた、営業のチラシだった。


「『巫女』のところよ。分かりやすく言うと、『魂の医者』ね」

「!」

「巫女!」


 話にはよく出てくるが。実際に会ったことは無かった。

 魔女でもなく死神でもない、『無垢の魂』のもうひとつの道。


「あとフランは少しでも魔法使えるんなら、ギンナの護衛もね」

「勿論よ!」

「いや、もう油断しないよ……。でもありがとう」

「(それに)」


 ユインがこのふたりで分けた理由はもうひとつあった。


「(未だにギンナだけ魔法を使えていないのも、何か異常があるかもしれないし)」


 本人もあまり気にしていないが。本来『銀の魔女』とは強力な魔法をいくつも使う大魔法使いだ。だが現状は、ギンナ以外の3人も、ひとりひとつの魔法しか使えない。箒に乗れるようになって魔女に成ったと思ったが、あのオークションでギンナは変わらず『無垢の魂』と紹介されていた。まだ4人は、魔女では無いのだ。

 魔法に練度があるのなら、早い内に使い始めた方が良い。






✡✡✡






 次の日。


「うわあっ!」


 昨日はしかめっ面だったフランは、目をキラキラさせて喜んでいた。


「ちょっ。フラン。あんまり暴れないで。落ちちゃうから」


 ギンナの箒に乗せて貰って。空からの景色を初めて見る彼女は、気分が高揚している。


「凄い! 高い! 速い!」

「……ふふ」


 一番若いのだ。フランは。ギンナとユインは16歳で死亡したが、彼女は15歳だった。


「私ね! 飛行機にだって乗ったこと無かったのよ!」

「そうなんだ。箒は飛行機より遅いけど。でも景色は抜群だよ。壁も窓も無いんだから」

「ええ! 最高ね!」


 楽しそうにはしゃぐフランを見ると。ギンナまで嬉しくなってくる。可愛い妹のようだと思った。


「(……だけど、人を殺す魔法で。いつも戦場に居るんだよね)」


 もし神が居るのならば。どうしてこんなに小さな子に、最も残酷な魔法を与えたのだろうか。ギンナはそうも思った。






✡✡✡






 目的地近くになって見えてきたのは、大きな湖だった。表の世界では観光地になっているであろうと察する。そのほとりに、ぽつんと建物があった。


「あれじゃない? 変な家!」

「……ほんとだ。久しぶりに見た」


 ギンナは。『巫女』と聞いた時から考えていた。その職業は、イングランドには無い筈だと。


「あれは、瓦。日本家屋だ……」

「カワラ! かっこ良いじゃない! あんたの故郷の建物ね」


 ぽつんとあるが。近付いてみると大きいと分かる。邸宅、お屋敷という呼び方が適切だ。時代劇で見たことがあると、ギンナは思った。


「……まあ、あんな大きなのはお金持ちか観光名所だけど」


 屋敷の上をくるりとひと回りしてから、玄関の方へ着地する。すると丁度、門が開いた。






✡✡✡






「それでは卿、また後ほどご連絡いたしますので」

「し、しかし……」


 出てきたのは、ふたりの人物。ひとりは男性だ。体格が熊のように大きく、特注と思われるスーツを着ていた。屋敷から出ることに不満を抱いているような表情だ。


「わたくしどもにお任せくださいませ。彼女の種族については専門でもありますので」


 もうひとりは、桜色の髪を真っ直ぐ肩まで伸ばしたアジア人の少女であった。背格好はギンナ達と変わらない。ここをイングランドとすれば、奇抜な服装をしている。ギンナは覚えがある。紅と白の巫女装束だ。


「ぐ、ぐむ……」

「ご不安なのは心中お察しいたします。ですがここは、わたくしどもを一度信頼なさってくださいませ」


 巫女装束の少女に背中を押されて、男性が出る形であった。不満そうではあるが、強くは逆らえないらしい。


「あら、お客様でしょうか?」

「!」


 それを一通り眺めていたギンナ達であるが、少女の視界に入ったようで声を掛けられた。


「あんたが巫女ね」


 フランが、ギンナの前へ出た。一応、彼女はギンナの護衛を自覚している。初対面の相手に強く出るのは彼女の性格だが。


「はい。わたくしが、この辺りでは唯一の巫女でございますね。名はサクラと申します。以後、お見知りおきくださいますよう、よろしくお願いいたします」

「…………!?」


 ぺこりと、頭を下げた。

 その喋り方と佇まい、纏う柔らかい雰囲気に気圧されてしまった。


「……君はもしや、この前のオークションの……」

「!」


 そして。

 熊のような男性が、ギンナを見て顎を撫でた。


「…………っ」


 ギンナは、フランの影に隠れるように下がった。この男性の外見と、言葉で。


「(……あのオークションに居た人……っ)」


 自分の裸姿を見られた内のひとりだと分かった。それも察したフランは、続いて男性を睨む。


「あんた、ライゼンね。ギンナを買おうとした」

「!」


 フランは、覚えていた。ユインの隣に座っていた人物だ。その下卑た少女性愛の魂を覚えていたのだ。


「ふむ。おふたりとも銀の眼ですなあ。いやお美しい。変身魔法ですかな? いやそれとも、本当にまだ『無垢』なのですかな?」

「…………」


 ライゼンの瞳には、ふたりの少女が映っている。美しい銀の髪と銀の瞳。彼は興奮した様子で話す。


「……今日は、あんたに構ってる暇は無いわ。私達はそっちの巫女に用があるの。下がりなさい」

「ほう。ではやはり貴女はフローレス嬢ですな。変身した姿の性格を演じてらっしゃると。いやあ、私としても気の強い女性は大好きです。サービス精神旺盛ですなあ」

「……はあ?」

「(フラン。多分、勘違いさせたままの方が都合良さそう。フローレスって、ユインの使った偽名だよ)」

「……はぁ」


 この男は馬鹿である。フランは断定した。ギンナの耳打ちを受けて、ため息を吐く。


「……ま、そんな所ね。今日はこの子のことで来たのよ。あんたに裸を見られたのが恥ずかしいから、あんまり見るんじゃないわよ」

「なるほどですなあ。ではあの後、どうにかして手に入れたのですな。いやはや、流石名高い銀の魔女ですなあ」


 フランの出鱈目も、全く疑う様子の無いライゼン卿。ギンナすら呆れてしまっている。


「実は私も、あのオークションで買った商品を診せに来ましてな」

「へえ。奇遇ね」

「いやそれが。躾が悪いのか元々の性質なのか、フローレス嬢に聞いた話と少し乖離が」

「ライゼン様。その辺りで」

「?」


 ライゼン卿が話を膨らませる寸前で、サクラが口を挟んだ。


「彼女、見たところ急患です。すぐに診察をしなければなりません。それではここで、お引取りを」

「む。……いや、そうですな。それは大変だ……それでは。うむ。私はこれにて」

「ええ。こちらからのご連絡をお待ちくださいませね」


 にこりと柔らかく。だが反論を許さない力強い笑顔で。ライゼンはそれで、去っていった。


「……卿はご自身の『少女』のこととなると、お話が大変長いのです。――それではこちらへどうぞ。『銀の眼』のおふたり様。ようこそ当院へいらっしゃいました」

「えっ。急患なの?」


 フランの状態はそこまで悪いのだろうか。慌てて訊ねるが、サクラは。


「ご安心なさってくださいませ。卿にお帰りいただく為の空言うそですわ」


 そう言って柔らかく微笑んだ。

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