4-6 嘘と騙しと悪意と

「頭を上げてくれ。そんなことをされても困る」

「…………」


 木製のベンチに座る畔川。目の前にはガス灯に照らされた『銀の眼』4人が、自分に対して土下座をしている。

 畔川は当然困った。


「分かったよ。ギンナの身柄はお前達に返す。一先ずな」

「……!」


 顔を上げた彼女らが、お互いに見合って表情を綻ばせた。


「(そもそも僕が偉そうにする立場でもない)」


 夜が更けていく。そろそろ、東の空が白んできてもおかしくない。


「条件がある」

「! ……うん」


 畔川の言葉に、ギンナが覚悟をして答える。当然だろう。このまま無条件で解放する方がおかしい。何はともあれ、畔川は大金を払っているのだから。


「まず――返して貰う金額だけど。1万枚負けようと思ってる」

「えっ!」


 覚悟の表情が一転。驚きに変わった。


「だから9万枚だ」

「な。なんで……? いや、ありがたい、けど」

「…………」






✡✡✡






「ギンナちゃん達には、内緒にしてください」

「何故だ?」

「……気を遣わせちゃうから」






✡✡✡






「今の、『土下座』分だよ。お前達の決意と結束、行動力。『銀色の魂不屈の精神』を見た。……これで良いかい」

「…………」


 何も知らない彼女は納得できない。だがギンナは察して頷いた。

 何か理由があるが、『そういうことにしておけ』という、畔川からのメッセージだと。


「そして。残りの内、今3万枚を返して貰おう」

「えっ」

「ちょ、無いってそんなのっ」

「畔川さん。今私達は無一文ですよ?」


 続いての言葉に。4人は抗議をする。そんな金があれば、もっと上手く救える手立てを考えていたと。


「……それだ」

「?」


 だが畔川は。

 指差した。ユインの胸元を。


「えっ」


 フランの胸元を。シルクの胸元を。


「……『マナプール』だ。お前達3人の分。3つ貰おう」


 花の形をした、ブローチ。


「あっ」


 ジョナサンの所で、プラータに買って貰った。確か小型魔力貯蔵庫と言っていたもの。


「これ? これが何よ。別に欲しいならやるわよ。あの変態オヤジが作ったんだから」


 フランがそれを自らの胸元から引きちぎる。リリーを象った、マナプールを。


「それが何か、知らないのか」

「!」


 ユインとシルクも続く。そして、3人とも揃って畔川へ手渡した。


「個人の魔力を、少しずつ蓄える装置だ」

「えっ」


 因みに、ギンナのものはもう無い。全ての身ぐるみを剥がされたのだ。恐らくはジョナサンが回収したのだろう。


「魔法を使う際。魂を使って何かをする際に。どうしても未消化の無駄な魔力が発生する。普通はそのまま空気中に溶けて消えていくそれを、捕まえて溜め込んでおくんだ」

「……溜め込む」

「そうすると、緊急時に使ってより強力な魔法を使ったり。仲間に分け与えたり。用途は多岐に渡る」

「!」


 そう言えば。ギンナは思い出した。そもそも、そのマナプールについて詳しく聞く為に、ジョナサンの店に入ったのだ。招かれるまま。


「つまり、魔力の溜まったマナプールは『金になる』。分かるかい」

「……いくらくらいにですか?」

「『銀の魔力』は純度が高い。さらに、お前達くらい若いと質も良い。……そうだな。丁度『ひとつで金貨1万枚』くらいだ」

「!!」


 一同は固まった。

 強い衝撃を受けた。

 全員が。信じられないといった驚愕の表情に変わった。


「……そんな…………」

「なによ、それ……」


 それを、知っていれば。分かっていれば。貰った時に、調べていれば。

 そもそも。


「……じゃあこれ売れば、課題の1000枚なんて余裕でお釣りが来るじゃない」


 フランが言った。

 とどめのひと言を。プラータは。全て分かって。


「……待って」

「?」


 だが、そこでギンナが。


「私達『銀の眼』自体の価値が1万枚でしょう? マナプールがそれと一緒なんて思えない。私達は、これからも『銀の魔力の入ったプール』を量産できるのに」

「!」


 最初に、プラータが言ったことだ。一般人の平均年収が金貨100枚で、その100倍の価値が、『銀の眼』にあると。


「違うな。君の価値は『金貨10万枚』だ。それは今日決まっただろう」

「……! プラータが、嘘を」

「だから魔女なんだよ。そして、そんな魔女の巣食う街だ。怪人も悪人も棲んでいておかしくない」

「…………そんな」

「ならどうして、あんなに必死に2万枚かき集めてたのよ。自分の魔力を売れば良いのに」

「確かに」


 疑問が。矛盾点が。

 あふれでてくる。


「……今の『銀の魔女』は、もう高齢だろう」

「!」


 だが。

 物事には全て、理由があるものだ。知識の足りない少女達への答えを、畔川はいくつか知っている。


「衰えた魔力は使い物にならないんだ。使えるのは本人だけ。とてもじゃないけど、売り物にはならないな。例え銀でも」


 衰え。高齢。あのプラータを再度想像して。

 そんな似合わない言葉があるだろうかと。


「あのプラータが? あんた見たことあるの?」


 フランが突っ掛かる。そうだ。プラータではなく、この男が嘘を吐いている可能性だってある。


「見た目は若くしてるんだろ。僕だってギンナの『狭間』の時に一度会ってる。あれはもう、『死にかけ』だぜ」

「!?」


 視線を合わせてくる。黒い瞳は、鈍く光っているように見えた。


「僕は死神だ。見間違うかよ」

「!」

「200年……」


 ギンナとユインは。ベネチアでプラータとヴィヴィが話している内容を、カンナから聞いている。死んですぐに売られたとしたら。ヴィヴィが死んで100年。プラータは200年が経っている。

 魔女だから。

 あるいは死者だから。

 どこかで、『不滅』なものだと、無意識に思っていた。


「……魔女って、死ぬの? もう死んでいるのに?」

「言ったろ。2周目だ。魂だって劣化する。肉体が無い分生前よりは長いけど。3周目は無い」

「……!!」

「魂そのものが消える。本当の消滅だ。僕らが成仏と呼んでいるものだ」


 当然だが、死者がこの世にとどまり続けるならば。地上はすぐに溢れ返ってしまう。魂になった死者にも、いずれ終わりは来る。


「……じゃあ、『後継』って、そういう」

「…………プラータ」


 畔川の言う通り『死にかけ』ならば。もう時間はあまり無い。

 継ぐのならば。こんなところで躓いてはいられない。






✡✡✡






「これで残りは6万枚だな。急がないし利子も付けない。ゆっくり返してくれたら良いぜ」

「ありがとう……ございます」

「敬語は要らないぜギンナ。それと、僕は裏世界では『クロウ』で通してる。クロウ・サリバンだ」

「……クロウ」


 話は着いた。

 ギンナの身柄は解放された。

 金貨6万枚という、それでも重い負債を作って。


「契約書だ」

「!」


 クロウが1枚の紙を懐から取り出した。


「金貨6万枚をお前達『銀の魔女の弟子』に貸した証明。代表で君が押せ、ギンナ」

「え。……印鑑なんて無いよ」


 書類の右下部分を指でつついて指示をする。


「ここに親指を当てて魔力を込めろ。箒と同じ要領だ。それくらいのコントロールはできるだろ」

「……分かった」


 言われた通りにやる。すると指紋の形が、血ではなく銀色の線となって刻まれた。


「一応言っておくけど。逃げるなよ。死神との契約は『重い』ぞ」

「分かってる。……必ず返すよ。すぐに」

「……別に急がなくても良いけどな」


 それを終えると。契約書は複写紙になっていたようで、1枚を控えとしてギンナに渡す。それからクロウは踵を返した。


「じゃあな」

「クロウ」

「?」


 もう、夜が明ける。振り返ったクロウの顔は、もうギンナの目にはひと欠片の嫌悪感も無くなっていた。


「本当にありがとう。金貨の返済だけじゃなくて。いつかお礼をさせて」

「……もう捕まるなよ」


 この男は。

 強い。

 裏世界を生き抜く術と知恵を豊富に持っている。ギンナは。

 彼との繋がりが、あの『狭間』だけであるのなら。相手が彼で幸運だったと心底思った。






✡✡✡






 クロウを見送って。


「……ギンナ」

「!」


 ギンナは後ろを振り向く。

 ユインと、フランと、シルクと。


「みんな」

「うああああ! よかったああ!」

「わっ」


 初めに、フランが飛び付いた。勢いあまり、ふたりとも倒れてしまう。


「……ごめん。ドジって、捕まっちゃった」

「うわああ!」

「大変でしたね、ギンナ」


 続いてシルクが、手を差し伸べる。


「うん……」


 立ち上がると、正面にユインが居た。


「ギンナ」

「ユイン……」


 ユインはまだ、暗い表情だ。


「ありがとう」

「!」


 ギンナから、口を開いた。


「心配かけてごめんね」

「…………」

「それと、借金もしちゃって。またユインに、沢山考えて貰わなくちゃならなくなっちゃった」

「いいわよ」

「えっ?」


 小さく。ユインはそう言った。


「いくらでも。やるわよ」

「…………うん」


 風が吹き。林からは鳥の鳴き声がした。


「帰りましょう。みんな、疲れているでしょう」


 シルクのひと言で、4人は動き出した。

 長い夜が終わった。






✡✡✡






 陽が昇り。


「『銀の魔力』ね」

「はい」


 クロウはその足で、ヴィヴィを訪ねていた。3人から貰ったマナプールを、借金の返済に充てる為だ。


「3つ。……どれも高純度高品質。量も同じくらいか。あの子達は律儀に着け続けてたってことね」

「でしょうね。4人とも、根は真面目だと思います」

「ただ、この量ならひとつ『金貨100枚』ってところね。全然足りないわよ」

「分かってます」


 彼女達が、ジョナサンからマナプールを貰って。まだひと月と経っていない。そんな期間では、魔力は溜まらない。


「相場は、1年で金貨1000枚くらいでしょうね。ですが、『銀の魔力』自体がもう随分と市場に出回ってませんから」

「……どうにかひとつ1万枚超で売れって? あんたねえ」

「それに、その入れ物自体が高値でしょう。ジョナサン製ですから」

「…………まあ、贔屓しても全部で1万枚ね。残り3万。いつ返せる?」

「来月には」

「あっそ。今の死神って儲かるのね。なら利子は……」


 クロウは嘘を吐いていた。彼女らのマナプールにはそこまで価値は無い。


「突然訪ねてもポンと5万枚出せる所長の方が儲けてますよね」

「まあそりゃ」

「…………」


 嘘と騙しと悪意と。はったりと詐術と――


「じゃあ、僕はこれで。明日からまた仕事なので」

「大変よね。あんたも死神辞めたら?」


 ヴィヴィの問い掛けに、クロウは改まって。






『あんたがそんなに、ギンナに執着する理由だけ、答えなさい』

『僕は魔女が嫌いだ。だけどそれ以上に――』






「……人を救うのが、死神の仕事ですから」


 ――裏世界は、少しの優しさでできているかもしれない。

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