4-5 漆黒の決意~Crow=Sullivan

 僕は魔女が大嫌いだ。

 だけどそれ以上に。






✡✡✡






「君が、代わる? ギンナの代わりに、俺に飼われるのかい」

「ええそうよ」

「ちょ、ちょっとユイン?」


 決心した瞳で。ユインが立ち上がる。ギンナは驚いてしまった。


「この件は、そもそもギンナの帰りが遅かったことを私が『気にしなかった』のが原因だし」

「あんた……っ!?」


 フランが声を上げた。まさか、あの時のあの言葉で。

 ユインが重く、責任を感じてしまっていたのだろうかと。


「私なら、『奴隷』は慣れてる。家事もギンナよりできるし、だって経験してる。奴隷の『質』としては、私の方が上よ死神さん」

「…………」


 畔川は答えない。客観的に見ても、おかしいからだ。


「だっ! 駄目だよユイン! そんなの!」

「そうですよ。4人全員居なければいけません。ギンナが戻ってきてもユインが居なくなったら意味がありません」


 ギンナも、シルクも否定する。当然である。だが。


「……ギンナが居れば。私は必要無いわよ」

「っ!?」


 ユインは分かっていた。それについては。


「私が受け持ってる『銀の魔女』の仕事は、ギンナもできる。それに、ギンナの方が『上手くやれる』。私は居なくても問題ないのよ。……フランとは喧嘩しちゃうし」

「!」

「……ユイン」


 自嘲気味に、ふっと笑った。それから、きっ、と気を入れて、畔川へ向く。


「だが、商品が違うじゃないか。主催はその辺りチェックしているぞ」

「いいえ? リスト通りよ」

「え?」


 ユインはパーカーのポケットから、今日の夜会の招待状を取り出した。


「『無垢の魂』『銀の眼』」


 そして、ギンナの所に書かれている項目を読み上げる。


「……そりゃ、君ら全員……」

「『16歳女』『黄色人種』『浄化済み』」

「!」


 それは。

 元中国人のユインにも当てはまる項目だった。


「会場で司会の人が紹介した通りの『処女』じゃあないけど。それだけよ。リストじゃ、私かギンナか分からない」

「……なるほど」


 畔川は頷いた。確かに、商品として同じならばどちらでも構わない。オークション側としても気付かない上に問題も無い。

 だが。


「駄目っ! それは駄目!」


 これを今、最も否定するのはギンナである。


「貴方も、奴隷を買うなら温室育ちの素人よりも『色々分かってる』方が良いでしょ」

「駄目だってば! ユイン!」


 目の前まで来て。肩をがしりと掴んだ。


「ギンナ。あんたを助ける為よ」

「要らないよそんなの! ユインを犠牲にして助かって、私はそんなの許さない!」

「なんでよ。あんたは必要なのよ。見てよ。私を。フランを。シルクを」

「!?」

「あんたが居ないから、こんなところまで来て失敗してるのよ。あんたが居ないと『銀の魔女』にも成れない。どころか、今度の『金貨1000枚』すら達成できっこない。何もしてないのに、もう『マイナス10万枚』なのよ? あんたが居れば、このオークションを使っていくらか儲けられてたかもしれないじゃない」

「…………!」

「その失敗の原因を取り除けて。あんたが戻ってきて。それで万々歳じゃないの」

「馬鹿っ!」


 ぱちん、と。

 夜の林に乾いた音が響いた。


「!」


 ギンナがユインの頬を張ったのだ。


「……痛いわよ……」


 『銀の眼』の魂の身体に傷は付かない。だが痛みはある。ユインは目を丸くして驚いた。ギンナが人を殴ることは予想外だったからだ。


「ユインが居ないと、私は何もできないんだから!」

「……?」


 なおも吼えるギンナ。その目には涙を溜めている。


「…………シルクと、街で」

「?」


 だが、ギンナにとっても『仲間を殴る』ことは相当、自分の魂を傷めたことだった。ユインにしがみつきながら、がくんと膝を折る。


「話してたの。私とユインが『頭脳労働』担当で、フランとシルクが『肉体労働』だって」

「それは、その通りね。頭脳の方はあんたひとりでできるじゃない」

「……それから、考えたんだ。どうして、ふたりなんだろうって」

「は? たまたまでしょ? プラータの言う通り奇跡よ。それに、あの女が適当に分担させてるだけ」

「違う」

「!」


 ユインは。ギンナのことを『魔女に最も相応しい』と思っている。いつもプラータの近くで仕事をしていたからだ。

 ギンナは。ユインのことを。


「お互いに、『支え合う』為なんだって、気付いたんだ」

「!」


 一番頼りになると思っている。知識も、勤勉さも。真面目さも。要領の良さも。


「前にフランが危なかった時も、ずっと隣にシルクが居たから彼女は壊れずに済んだ。私達は……協力して、『箒』を乗り越えた。あれは私ひとりじゃ絶対にできなかった」

「…………」

「私がしくじって捕まった。でも、ユインは助けに来てくれた」

「……それは」

「私達は、『4人で魔女』なんだよ。プラータのやることを4人でやってるんだから。半人前どころじゃない、四半人前だ。だから、誰も欠けちゃいけない」

「…………ギンナ」


 日本人の仲間意識は。

 世界でも固有で特別で奇妙で。

 強固だと言われる。


「ユイン」

「……シルク」


 シルクが、近付いてきて。ギンナの肩を持って立ち上がらせた。

 ふたりで、ユインを見る。


「ユインが居なくなっても良し。……なんて思ってる人は。この場には居ません」

「……っ」

「ねえフラン」

「ぅ……」


 フランは、ここへ来て妙に大人しかった。彼女も悔やんでいたのだ。ユインひとりに、責任を擦り付けてしまっていたと気付いたから。


「……そりゃそうよ。あんたが居ないとロクに『喧嘩もできない』んだから」

「……!」


 口を尖らせて。そう言った。






✡✡✡






「で。結局振り出しじゃないか」

「!」


 畔川は、待っていてくれた。彼は本当に、何を考えているのだろうか。それは誰にも分からない。


「待ってなさい死神。今に解決策を見付けてやるんだから。ギンナが!」

「えっ」

「ふふっ」


 フランの啖呵に、目を泳がせたギンナと噴き出してしまったシルク。


「…………畔川」

「なんだい」


 ギンナが、ふらりと彼の前までやってくる。


「……ギンナ?」


 そして。

 膝を突いて。

 両手を着いて。

 頭を地面に付けた。


「えっ」

「金貨10万枚。返しますから。待って貰えないでしょうか」

「!」


 策など無い。この状況から畔川を納得させて引き下がらせ、ギンナを解放する都合の良い策など。

 基本的に詰みだ。ここまでギンナが自由に動け、しかも仲間と会話ができているのは。

 畔川の『恩情』によるものでしかない。

 素直に。頭を下げるしかない。

 その、当たり前で当然のことが。ようやくギンナの頭に過ったのだ。


「今、君を解放して。その後僕に10万枚を支払うと?」

「……はい」

「ふむ。なるほど」


 普通はありえない。順序がおかしい。ギンナを解放して欲しいならば、『まず』10万枚を用意するべきだ。それが正当な順序だ。

 だから、頭を下げるのだ。どうにか、それをねじ曲げてくれないかと。


「お願いします」

「!」


 万策尽きている。初めからだ。察したユインは素早くギンナの隣に走り、同じように地に頭を着けた。


「お願いします!」


 シルクもそれに倣った。


「…………!」


 それを見て、フランも。


「…………」


 畔川は、それを見て。

 4人、地に頭を擦り付けるのを見て。


「(…………そっか)」


 思い出していた。






✡✡✡






「金貨貸せ? あんたいきなり来て何言ってんの?」


 オークション会場へ向かう途中で。つまりイギリスまでの間に、彼はイタリアに寄っていた。


「クロウ。取り敢えずは――久し振り」

「はい。……お久し振りです。所長」

「いつの肩書きよ、それ」


 ハンター:ヴィヴィの探偵事務所だ。彼はヴィヴィを見るなり、背筋を伸ばしてお辞儀をした。


「珍しいわね。あんたが私に頼みごとなんて。しかも有給使ってわざわざベネチアまで来て。で、金? 意味分かんないわよ流石に」


 部屋へ通して、ソファへ座らせる。カンナに茶を出すように指示をして。


「今度、イングランドでオークションがあります」

「……そう」


 オークション、と聞いて。ヴィヴィは目付きを変えた。それは昔、彼女自身を売買していたものだからだ。


「『銀の眼』がリストにあります」

「!」


 それだけで。

 元死神ヴィヴィは全てを理解した。


「――あの子か」

「ご存知ですか」


 クロウは日本の担当だ。彼が『銀の眼』を追っているのならば。

 プラータルーナが連れてきたあの子だろうと。


「なるほど。大体読めてきた。ルーナがジョナサンあいつの所へ弟子を連れて寄った理由は、マナプールか」

「はい?」


 全て。

 その片側だけの金色の瞳で見通した。


「あの男……なんでルーナは自分の町にのさばらせておいてるんだか」

「……所長」

「ええ。それであの子を買おうって訳ね。あんたの手持ちは?」

「……すぐ使える現金が5万枚です」

「ちょっと足りないわね。もっと溜め込んでそうだったけど」

「はい……。ですから」

「あの」

「!」


 ふたりの会話の間に。

 お茶を淹れてきたカンナが割って入った。


「……君は」


 興味深そうにクロウが見る。カンナは緊張した様子で立っている。

 浄化済みの、金色の髪が揺れる。


「……部長の見付けた『金の芽』か。まさか所長の所に渡っていたとは」

「かっ。カンナです。あの、お話、聞いてました」

「?」


 カンナは。

 ひとつの巾着袋を、テーブルの上に置いた。


「ギンナちゃんが、私と同じように、売られるって。……お金が必要だって」

「ああ。そうだけど……これは?」

「私のお金です。使ってください」

「は?」


 いきなり、なんだと言うのだ。ヴィヴィの所に居候している少女が。いくら『金の芽』だとして、所持金額は知れている。

 目を丸くして、ヴィヴィを見る。


「5000枚あるわよ、それ」

「はあ!?」


 しれっと、そう答えた。


「良いの? カンナ。あんたまだ、お金の価値とかこれの金額の大きさとか分かってないでしょ」

「良いです。確かに私はお金に詳しくないです。使い方も分からず、これまで何にも手を付けてません。でも、これでギンナちゃんを救えるなら。『いくらだって』出します」


 それは、怪物騒動の時のカンナの『付加価値』である。ライゼン卿から、ヴィヴィがもぎ取った依頼代金5000枚だ。彼女の全財産。


「……あんたが良いなら止めないけど。じゃあこれで5万と5千枚ね」

「…………まだ、足りません」

「……ま、そうね。確かカンナの時は」

「『浄化済みかどうか』が違います。浄化済みの『銀の眼』なら未浄化の『金の芽』より値が張る筈」

「…………なるほど」


 ヴィヴィは、クロウの目を見た。黒い目を。決意の色を。


「じゃあ私から4万5千枚。これで10万枚ね。流石に足りるでしょ」

「ありがとうございます!」


 加えて。

 ヴィヴィとしても、ギンナが捕まっているなら助けたいと思う気持ちがあった。一度会っただけだが、あのプラータの弟子である。


「(ま、どうして当の保護者ルーナ本人が静観決めてるかは置いておいて)」


 ヴィヴィはカンナに、金銭貸借の契約書を持って来させた。


「カンナを尊重して、返すのは4万枚で良いわ」

「ありがとうございます」

「サインする前に」

「?」


 ヴィヴィは。彼女も。


「あんたがそんなに『ギンナに執着する』理由だけ、教えなさい」


 クロウの真意を読み取れずにいる。

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