4-4 優しい人

 その後のことは、ぼやけている。オークションが終わり、ライゼン卿も去り。おぼつかない足取りで、会場を出た。


「ユイン!」

「…………あんた達」


 出口には、フランとシルクが居た。そういえば、このふたりは今まで何をしていたのか。こっちはこんなに頑張って、失敗したと言うのに。


「何してんの。こっちよ」

「はぁ?」


 フランに腕を掴まれた。このふたりは、理解しているのだろうか。ギンナが、誰とも分からない奴に買われてしまったことを。


「良いから。こっち」

「ちょ……何よ。まあ出てきた全員殺せば誰がギンナを買ったか分かるけど……」

「そんなことしないわよ!」


 引っ張られるがまま、付いていく。なんだというのだ。疑問はあったが、拒否する理由も気力もない。


「ユイン。これは奇跡です」

「だからなによ。プラータでも現れたの?」

「いいえ」


 シルクも、フランと同じような顔をしている。まるで、ギンナを救えたかのような、落ち着いた表情を。


「見付けたのはシルクよ」

「何をよ」


 辿り着いたのは。屋敷周辺にある林である。人の姿は無い。明かりはガス灯のみ。


「…………ユイン」

「えっ」


 ユインを呼ぶ声が前方から。


「…………ギンナ」


 目を丸くした。ぽかんと。一瞬、思考が止まった。

 ギンナが立っていたのだ。黒のロングコートを着ている。彼女も、ユインの登場に驚きを見せている。


「どうして……」

「ユイン。ありがとうね」

「え」


 そしてすぐに、彼女は笑顔を作った。やはり見えていたのだ。

 ユインが、ギンナを救おうとしていた所が。


「もう駄目だと思ってさ。誰に買われたんだって、見たらさ。ユインの顔が見えて」

「…………!」


 信じられないといった表情で、恐る恐る近付く。


「ね」

「……うん……」


 手を出して。

 ギンナも応える。

 両手で触れて。


「…………」


 ユインは涙を堪えられなかった。


「ありがとう」

「……ぅん」






✡✡✡






 しばらく、そうして。


「でもどうして。落としたのは私とライゼンじゃなかった――」

「うん……」

「!」


 顔を上げて。ギンナの笑顔は、少しひきつったものに変わっていた。苦笑いのような表情に。

 彼女の背後に。

 影があった。


「よう。『そのコート』、似合ってるぜ銀条」

「!!」


 ユインだけではない。

 フランとシルクも、悪寒を覚えた。その声に。男の存在に。はっきりと、嫌悪感を。


――まさか」

「…………」


 ユインは聡明である。この、同い年にみえる少年が。黒髪の少年が。黄色人種の少年が。


『――超希少『銀の眼』を落としたのは! 遠くからお越しの『』様!』


 坑道で、ギンナが話していた、死神の話を思い出す。


畔川くろかわ凌平りょうへい!」

「へえ、僕の名前を」


 ユインはその場から2歩距離を取った。だがギンナは、動かない。

 少年がギンナの隣に立った。ガス灯に照らされる。日本の制服姿だった。


「僕が買ったんだ。この子をね」

「…………!」


 そして得意気に語った。


「そんな……死神に買われるなんて!」


 ユインは深く絶望した。他の誰より。一番嫌な相手であると感じた。死神は。魂を操るのだ。そして成仏させることを仕事にしている。

 ギンナもユインも、フランもシルクも『魂』である。


「シルク。何が奇跡よ。最悪じゃない」

「…………いえ。最悪ではありません」

「はあ?」


 小声で話す。これからどう立ち回ればギンナを救えるのか。死神に魔法は通用しない筈だ。


「最後に仲間に挨拶できたんだ。よっぽどマシだろ、銀条杏菜?」

「……うん」


 ギンナは畔川に逆らえない。当然である。彼女は今や、彼の『所有物』なのだから。


「……帰りたいか?」

「…………」


 問うてきた。

 なんと答えれば良いのか。ギンナは考えて。


「うん」

「そっか」


 正直に言った。

 このまま畔川の所有物になるのは嫌だと。彼が、何故ここまでギンナに執着するのかは分からないが。


「おいお前達。『プラータ銀の魔女』はどこだ?」

「!」


 問うてきた。今度は、ユインら3人に。


「……何故、知りたいのですか」


 シルクが訊き返す。慎重に言葉を選びながら。


「売り付けるんだよ」

「!?」


 シルクは、畔川と『会っていた』のだ。館内で、別行動をしている際に。

 ユインが、ライゼン卿を利用しようとしたように。


「僕は銀条を買う為に金貨10万枚支払った。それを今度は、『銀の魔女』に倍額で売り付けるつもりだ」

「何故?」

「……まあ、意趣返しさ。僕が最初に見付けた銀条を取られたんだ。10万枚くらい貰わないと割に合わないな」


 ユインは。

 奇跡だと思った。


「……!」


 この死神は。ギンナを『返してくれる』と言っているのだ。

 一度拐われれば一生奴隷になるのが普通だというのに。

 それを聞いたから、シルクは彼を頼ったのだ。プラータさえ探せば、ギンナは戻ってこれると。

 だが。


「ちょっと待って」

「?」


 そこでフランが、待ったを掛けた。


「フラン?」

「あんた達、どっかおかしいわよ……」

「?」


 これまでの話を聞いて。フランはぶるぶると震えていた。


「まず、プラータは居ない。見付からない。それに、この場に居た所で20万枚も持ってない。さらに、私達は4人居るんだから、わざわざ拐われたギンナを買い戻す可能性も低いじゃない」

「…………!」


 はっとした。全員が。

 その通りである。ユインは。


「…………ぅっ」

「ユイン」


 その場にうずくまってしまった。シルクが駆け寄る。

 気付いたのだ。自分が『おかしかった』ことに。ある筈も無い金貨を勘定したり。人に仲間を買わせようとしたり。全て、希望通りにことが進むことを前提にして。

 『人を売るオークション』を前に、『普通の思考』ができなくなっていた。否、何が普通かなど、判断できる者はこの場に居ない。

 ユインは。

 生前の自分がどれほど。自分がどれほど『ずれていた』のか、今やっと分かった。

 そもそもどうやって、ギンナをあそこから救うつもりだったのだろうか。


「それは、困ったな。『そういう』約束だった」


 畔川が口を開く。やけにゆっくりとした口調で言う。


「ギンナ」

「えっ」


 フランは、直感的に分かっていた。『判断』は、ギンナの分野だと。それが抜けた、この3人は。『だから』失敗したのだと。


「もう無理よ。私達じゃ。あんたが、考えないと」

「…………」


 拐われた、当の本人に、『助けを求める』異常事態。

 お手上げだった。いくら死者。無垢の魂。魔女見習い。『銀の眼』だとして。

 彼女らは十代半ばの子供である。


「……分かった」


 虐待もなく。貧困もなく。この中で不足無く『社会』で生きてこられたのは。ギンナしか居ない。

 ギンナは頷いた。もう、『救いを求める弱者』の表情ではなくなっていた。


「……畔川」

「なんだ銀条」

「……真名は、やめて。今はギンナだから」

「そっか。なんだギンナ」

「…………」


 彼と会うのは二度目だ。死んだ時以来。『狭間の世界』以来だ。あの時は、何もかも訳も分からず。口論で対立した。


「『あれ』は、仕事の顔だったんだ」

「…………はあ?」


 落ち着いて、よく見ると。

 別にムカつく要素は見当たらない。普通の、男子だ。


「最初から。私を成仏させる気は無くて。『銀の眼』だと分かってたんだ」

「…………どうだかな。お前の推察はよく外れる」

「……そっか」

「深く考えすぎなんだ。考察しすぎ。格下には無双できるだろうが格上には何も通用しないぜ、それ」

「…………」


 彼の真意は図れない。それが分かった。畔川は、ギンナより『格上』なのだ。実力的にも。そうでなければ金貨10万枚などぽんと払える訳がない。

 まずそれを、認める必要がある。


「感情を出させる前から『色』が分かる。金貨を払える資産。今日の夜会に招待される地位。精密で見破られない『狭間』。……もしかしてヴィヴィさんの後継者、とか?」

「……それは流石に買い被り過ぎだ。役職で言えば日本のナンバー3。夜会の招待は、以前『金の芽』を出した上司伝いだ。金は、シルクそっちの子の話ありきだな。信じた俺が馬鹿だった」

「違う。おかしい。それならシルクの話に乗る筈無いよ。博打が過ぎる」

「…………」


 正直言って、ギンナには打開策は無い。会話の中で糸口を見付けようと模索中なのだ。


「『銀の魔女』に仕返しがしたかったのは本当だ」

「それだけ?」

「…………」


 畔川の表情に、迷いが見えた。ギンナはそこを光明だと思って突く。


「……少しだけ、責任を感じた」

「!」


 ガス灯の側にあるベンチに、腰掛ける。


「君が不憫に見えた。……これで良いかい」

「……!」


 最初から。

 畔川は、『ギンナをうつもり』だったのだ。


「普通は、死ねば終わりだ。お前達『無垢の魂』っていうのは、『ずる』なんだよ」


 ギンナだけではなく。全員に、語り掛ける畔川。


「で、せっかく『ずる』してまで『2周目』をやっているのに、下手をしたら永久に奴隷だろう。『女の子』だ。どんな酷い目に遇うと思う」

「……!」

「死神が死者の『色』を出そうとするのは。正に『2周目』を与えるためだ」

「えっ」


 4人は、まだまだ、分かっていなかった。この『世界』について。当然、教えられていない。日本のように『甘い』ものではない。

 言葉ひとつ聞き逃してはならない。ギンナは強く思った。わざわざ教えてくれているのだ。彼は『日本人』だから。


「僕ら死神も元は『無垢の魂』だからな。地上はどんどん人口が増えるから、死神も増やさないといけない。尤も、殆どは成仏するさ。よっぽどの奴じゃなきゃ、生きようとは思わない」

「……あんたさっきから、何が言いたいのよ」


 だがフランは。余り理解していなかった。この男は何を長々と喋っているのか。


「……なんとかしてやりたいとは思うが、僕にとっても金貨10万枚は安くない。死神としてのメンツもあるし、このままタダで引き渡す訳には行かない。ギンナは、何か考えはあるかい」

「…………もしこのままあなたに付いていったら、私はどうなるの?」


 きゅ、と不安げにロングコートを握って締める。この下は何も着ていない。つまりコートは着させられたのだ。この男に。ギンナは、自分の中の『畔川凌平』を改めている最中だった。


「さあ。何も考えちゃいない。成仏したいならそれも良い」

「……それは、嫌」

「なら死神にしてやるのも良い。僕が教えられるのはそれくらいだ。そもそもの目的でもある」

「…………それも嫌」

「そっか。ならまあ、使用人として家事くらいはして貰おうかな」

「…………」


 命乞いはまあ、よく見るよ。意味ないけど。

 畔川の、いつかの台詞と表情を思い出す。

 本当に同一人物なのだろうか。


「――分かった」

「!」


 答えは。ギンナではなく、うずくまっていたユインの口から発せられた。


「私が、ギンナと『代わる』。それで解決よ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る