4-2 出鱈目の魔女
「ライゼン卿は、よくご参加なさっているのですか?」
「ええ! オークションは数あれど、ここほど信頼性の高い主宰もありませんからね。まあ商品次第ですが、大体何かを買ってしまいます」
特注だろう巨大な燕尾服の男の隣に。ユインは座っている。パーカーのまま。
席は最前列だった。ユインはここで、策を練る。フランが救出に失敗したら、ギンナはこのステージに上げられることになる。
会場は円形のステージになっており、既に満員だった。今日は目玉商品があるからである。つまり、『銀の眼』が。
「しかし、『銀の眼』が捕まるとは。あれは無敵の魔女ではなかったのですかな」
「……『無垢』の魂なら、油断すれば人にもやられるでしょう」
「ふむ。そうなのですか」
ユインはできるだけ、ライゼンから情報を得ようとした。裏社会の『普通の人』の常識や感覚を掴もうとしているのだ。
「因みにフローレス嬢」
「はい?」
「今日、私は金貨5万枚ほど用意しているのですが、足りますでしょうかね」
「(知らねーよ! それ他人に言って良いのかよ!)」
銀の眼が出品されるのはどうやらとても珍しいらしく、このライゼン卿をしても相場が分からないらしい。プラータも売られていた筈だが、それ以来ならば200年振りということになる。
「(確かカンナもオークションだった筈。プラータが言うには金貨1万枚だけど……)」
オークション。
カンナ。
このふたつを思い出して、ユインは。
「――!!」
衝撃が走った。
「……フローレス嬢?」
「ええ。……もしかして、ライゼン卿も狙っているのですか?」
「ええ! フローレス嬢には悪いですが、私も予てより『希少種』を探しておりまして。『銀の眼』で『無垢の魂』で『16歳の処女』となればもう」
鼻息を荒くするライゼン卿。ユインは取り敢えず、『金貨5万枚』を基準に考える。
「(……あの花屋。ジョナサンだっけか。あいつも、オークションで。カンナだけじゃなくて、プラータやヴィヴィも買ったと言ってた)」
一度会ったきりの、ジョナサンを思い出す。『金の芽』をプラータの言う通り銀の2倍だとして、金貨2万枚。プラータがカンナの代金で1万5千枚払って。
5千枚損している。
「(……ギンナは町へ降りてから行方不明になった)」
4人も居るのだ。『銀の眼』は。
「(そんな頻繁にオークションに出入りしているなら、いくらか顔が利いてもおかしくない。プラータを買ったのが200年前……)」
『フラン。そっちはどう?』
『……無理だったわ』
『そう。じゃあ戻って。もうそろそろオークションが始まるわ』
『私の魔法、使えなかったのよ』
『……そう。多分ブレスレットね。他者を害する魔法は無効になるのよ』
『ギンナが。……目隠しと轡をされて』
『でしょうね。あんたも早く戻って――』
『無理よ。もう……』
『…………』
フランが。あのフランが弱音を吐いた。そこで何があったのか、通信だけでは分からない。
ユインは、そこまで期待していなかった分、落ち込みはしなかった。寧ろ『今後』を考えると、ここで問題を起こす方が危険かもしれないと。
「(敵がジョナサンなら、下手に揉めない方が良い……けど)」
どうすればギンナを救えるか。オークションが始まってしまう。落札できるほどのお金など、持ち合わせていない。そもそも金貨1000枚に四苦八苦している最中であるというのに。
『シルクは?』
『……大丈夫です。今、フランと合流しました。ユインは?』
『舞台の最前列に座れたわ。私はもう、ここから動けない。「競り落とす」方向で考えるから、そっちは何かできることがあればやって』
『なによそれ!?』
『競り落とすって、お金はあるのですか?』
『……最悪は、「2万枚」はあるでしょ。プラータが持ってるけど』
『そんなの無いのと同じじゃない!』
『……分かってるわよ。けど……』
『分かりました』
『シルク?』
『そもそも商品を強奪しようと地下まで来たのです。普通にオークションに参加する気など初めから無いのですから。どんな方法を使ってでも、ギンナを救いましょう』
『……ええ』
裏世界でも、生きていけなくなるかもしれない。当然、銀の後継者にもなれない。
だが。
そんなことより、大事なものがある。3人は共通して、そう思っていた。
✡✡✡
「レディース! エン! ジェルメン!!」
「!」
通信魔法の後、すぐ。会場の照明は落とされ、皆が舞台に注目した。
「(始まったわね。どうにかして、この豚にお金を使わせないと)」
ユインは、賭けに出ることを決意した。『銀の眼の相場がプラータの言う通り金貨1万枚だとして』考えたのだ。
「ご来場の皆様! ご機嫌麗しゅう!!」
壇上に、仮面を着けた男が立っている。マイクを手にして、大声で、楽しそうに。
「さあ! 今宵も魔法の謎と神秘に包まれた『商品』が! 皆様の前に登場します! 世にも珍しい種族! 便利な種族! 飼いやすい種族! 眺めるだけでも満足! 買っていただけるなら――大満足!」
ユインは無意識に嫌な顔を作ってしまう。暗闇では誰にも気付かれないが、過去を思い出してしまったのだ。
「(リストは持ってきた。順番通りならギンナは最後の方。……なんとかするわよ)」
だが、思考は止めない。
「(……必死になっちゃって)」
「それでは、早速いきましょう! 商品ナンバーワン! 出品者はモンスターズ!」
「(出品者は公表されるのね。ならギンナを拐った奴も確定させられる)」
「今回も彼らがトップバッターを買って出てくれました!」
カッ。と光が強くなる。仮面を着けたスタッフが、鉄製の檻を台車に乗せて運んできた。
「そして今回もォ! 『
「おおおおおおおお!」
檻に入れられていたのは。上半身裸で、全身毛むくじゃらの男だった。頭に獣の耳。鼻も人間のものではなく、マズルが見えた。その下には、人間のものとは思えない大きな牙。
「(……怪物。元死者ってことね)」
無垢の魂の成れの果て。以前ユインは皆に説明したことがある。
「おお、凄い迫力ですな」
「……そうですわね」
隣のライゼンも、他の観客も興奮した様子だった。ユインも驚いたが、ここで取り乱してはいけない。
「このジェフ! スコットランドのとある片田舎で人々を襲いながら暮らしていました! とても狂暴! 残忍! 番犬にもなりません! さあさあ、まずは金貨500枚から!」
狼男も興奮状態で、涎を撒き散らしながら檻を噛み砕こうと暴れている。それも含めて、エンターテイメントとして観客はさらに盛り上がる。
「550枚!」
「600枚!」
どこの物好きだろうか、競りが始まる。ユインはライゼン卿をちらりと見て、押し黙ることにした。
「(この辺りはどうでも良い。ライゼンは少女にしか興味無い筈)」
綱渡りである。裏の取れていない、噂程度に聞いた話のみで計画を考えている。だが、『これ』はギンナもやる手法であると、ユインは分かっていた。
「(これまでの情報を丁寧に拾って、現状を打破する策を練る。ライゼンに捕まったのも好機と捉えて)」
✡✡✡
「決まりました! 狼男のジェフ! ゼノン卿により金貨700枚で! 落札となりましたー!」
「おおおお!」
「(……次ね)」
この空気にはまだ慣れない。だがユインはもう覚悟を決めていた。
「さあさあ続いてナンバーツー! 出品者はワルキューレ! 今回はなんとぉ!?」
狼男の檻が下げられ、次の檻が入ってくる。その中身がちらりと見えると、観客はさらに沸き上がった。
「超希少! たまたま! ルーマニアの山中で眠っていた所を見付けたそうです! 世にも珍しい『
「うおおおおおおっ!!」
「!」
そこには。檻には木製の椅子がひとつ。そしてそれに座る、小さな少女が居た。
透き通るプラチナブロンドヘアー。小さな顔。病気かと思うほど白い肌。猫のように大きな瞳。小さな鼻と口。腕と脚は、椅子に縛り付けられている。
――何も衣服を身に付けておらず。
「おっほ! いや凄い! 吸血鬼ですか!」
「(キモい)」
ライゼン卿が鳴いた。ユインは、その吸血鬼の姿を見てさらに、過去の自分を思い出してしまう。
「…………」
「!」
吸血鬼の少女は死んだ魚のような光の無い瞳で、会場内を一瞥する。無表情で、無感情で。
「(……私とそっくり)」
特に意味は無いのだ。逆光で、何も見えないのだから。
「ライゼン卿。あれは卿の好みでは?」
「おほっ! フローレス嬢、流石分かっておりますなあ!」
とは言え、今はもう関係無い。ユインはライゼン卿に話し掛ける。
「さあ、では金貨1000枚から!」
オークションが始まった。
「ですが、先程も言った通り5万枚しか手持ちが無くて。何があるか分からないから『銀の眼』に取っておきたいのです」
「……それは惜しいですわね。吸血鬼も吸血鬼でとても希少ですから」
「…………やはり、そうですよね」
「それはもう。あのくらいの年頃ならば吸血量も致死量にはなりませんし。『そういう遊び』も、界隈では人気ですわ」
「なっ。……本当ですか」
食い付いてくる。ユインの『出鱈目』に。
「それに、吸血鬼は成長が遅いのです。何十年もずっと、あの容姿のまま『可愛がる』ことが可能です」
「!!」
ライゼン卿の手が、震えた。ユインは努めてそれを見ようとせず、無表情を貫いて淡々と説明する。
「はいそちら! 金貨3000枚来ました!」
「くそっ! 5000だ!」
「はい5000枚!」
オークションは進む。ライゼン卿の手持ちに打撃を与える金額へ。
「この機会を逃せば、卿が生きている間はもう手に入らないと思いますが」
最後のひと押しで。
「いっ! 1万枚だっ!」
「!」
ライゼン卿が、手を挙げた。
✡✡✡
「(ひとつは、私を『経験豊富で魔法の上手な魔女』と見ていること。そして、この男が普通の人間で、金だけ持っていて裏世界に明るくないこと。それはベネチアの上空から飛んできた私達を見て怪物と見間違えている所から判断できる。あの辺の怪事件は全部ヴィヴィに任せているようね)」
ユインは、ギンナの登場までにライゼン卿に金を使わせる作戦に出た。口八丁で出鱈目を言い、唆して他の商品を買わせるのだ。特に『少女の見た目』をしているならばやりやすい。欲望に忠実な体型と喋り方なのはもう分かっている。
「1万枚! 出ました本日最初の大台! しかもまだ序盤です! ライゼン卿の1万枚! 他にはありませんか!?」
「…………」
「決まったー! 吸血鬼のミッシェル! ライゼン卿により金貨1万枚での落札となりました!」
「おおおお!」
「やるなあライゼン卿!」
「よほど欲しかったんだな」
檻の中の吸血鬼は、終始無表情のまま舞台を後にした。
当のライゼン卿を見ると、ふうふうと息を切らせていた。
「……ふぅ。い、勢いでやってしまいましたな。8000辺りでも良かったような」
「それでも、あれは価値がありますわ」
「そ、そうですかな。いやはや。フローレス嬢のお陰です」
「……どういたしまして」
この男は馬鹿だ。ユインは結論付けた。だがそれで良い、と。
「(あと1~2万は使わせる。いや、この分だとギンナは……)」
1000枚から始まった吸血鬼が、結局1万枚になった。
スタートが1万であろうギンナは、どこまで伸びるのか。その線引きを見定めなければならない。
ユインは招待状に書かれているリストを見る。
「(あと買わせられそうなのは……あんまりないか)」
『フラン。聞こえる?』
『……何よ』
『全部終わって外へ出たら、ひとり殺して欲しい奴が居るから』
『……それでギンナを救えるの?』
『ええ。そのようにするわ』
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