Chapter-4 AUCTION
4-1 貴人の夜会
翌日。3人は『夜会』の会場である街までやってきた。
街の北西に、巨大な館がある。表でも裏でも、認知されている歴史的建造物だった。
「……別に服なんてどうでも良いじゃない」
「まあまあ。ドレスコードに引っ掛かれば会場に入れないかも知れませんし」
ドレスコード……この裏世界での正装など知らない3人は、取り敢えず家にある、プラータの置いていった中で一番良さそうな服を着て来ていた。
つまり、いつもの仕事服である。3人とも、目立つ事を避け黒色を基調としている。
フランは至るところにフリルの付いた、まるで人形が着るような衣装。初めは嫌がっていたが、次第に慣れたようだ。
シルクは落ち着いた、貴婦人のようなドレス。古風な婦人帽子も被っている。
ユインはパーカーに綿製のパンツだった。
「……いやあんたおかしいでしょ! もっと魔女らしくしなさいよ! ドレスコードはどうしたのよ!」
フランがユインへ突っ込む。
「入れないなら別の手段があるわよ。ここへ来た目的は夜会じゃなくてギンナの救出なんだから」
「……そうだけど! 私達だけなんか恥ずかしい格好してるみたいで!」
「ちょっと。フラン、今私も巻き込みましたね?」
「いや似合ってるわよ。あんたらふたりとも……」
表情と性格はさておき。少女然とした格好のフランは正に『乙女』と言わんばかりで、道行く人の目を引く。それは奇異な視線ではなく、感嘆や羨望だった。隣のシルクも同じだ。すらっとした彼女のシルエットに、まるでヴィクトリア王朝時代かと言う婦人衣装はとても映える。
「(……
ユインはそんなことを思った。
「さあ行きましょう。出品者を見付けて叩きのめしてやる」
「……取り敢えずは、様子見でお願いしますね、フラン」
ともかく3人は、その館へと歩を進める。昼間は観光地としても公開されている、古く巨大な洋館へ。
✡✡✡
「ようこそいらっしゃいました! 麗しいマダム達。招待状を拝見したします」
「…………」
受付で出迎えたのは、テンションの高い痩身の男性だった。執事服を着ている。
「確認いたしました! 会場内では、こちらブレスレットの着用をお願いいたします!」
「ブレスレットね」
男性はシルクの持つ招待状を確認した後、3人分のブレスレットを手渡した。銀色に鈍く輝く金属のリングだ。特に装飾はされていない。
「勿論ご存知とは思いますが、当然会場内は『魔法禁止』。このブレスレットは『ゲストの証』でもありますので、お帰りの際まで必ず着用していただきますよう、ご注意くださいませ」
「……!」
その男性の言い回しに、ユインが反応した。
「ええありがとう」
立ち止まらずにシルクがふたりの手を引いてその場を離れた。受付を通り過ぎ、通路の方へと引っ張っていく。
「……なに? どうしたのよ」
そこで、フランが訊ねた。
「明らかに『馬鹿にされてた』わね。のっけから最悪」
「あはは……。ですねえ」
入口を睨み付けるユインと、苦笑いのシルク。フランはまだ理解できていないようだ。
「だから、なんなのよ」
「私達、『マダム』に見える?」
「えっ」
「ブレスレットと魔法禁止を知らなかった『素振りをしてしまった』。つまり初見と判断されたのよ。お金も無さそうな子供3人で何しに来たのか、とね」
「なっ! なによそれ! むかつく!」
「むかつく所がもう子供なのよね」
「むっ!」
溜め息を吐くユイン。だがこの件は感情的な点であって、正直目的とは関係が無い。
「さてまだ時間はあるわね。手分けして探すわよ」
「ええ」
「はい。連絡はどうしますか? ユインの魔法も禁止なのでしょう?」
「…………いや」
訊かれて、ユインは周りを見た。他のゲストの様子だ。
「……『見えない』魔法なら大丈夫よ。多分ね」
「何でよ?」
まだ例のオークションは始まっていない。各ゲストはそれぞれ知人と談笑しているようだ。その為のソファやテーブルが備えられている。執事服の使用人達は無料でお茶を提供しているようだ。
「……『バレなきゃ良い』は、魔女の標語だからよ」
「初めて聞いたわよ。そんな馬鹿みたいな標語」
「うるさいわね。3手に分かれるわよ。ふたりともおでこ貸して」
ユインが前髪を上げて合図した。ふたりも倣うが、銀の魔女に『浄化』されていた時を思い出した。
「あっ! またあの、バチってするやつ? あれ痛いんだけど」
「大丈夫よ。魔法には慣れたし痛くない筈。多分ね」
「まあ、あれからユインも成長してますもんね……?」
こつんと、3人でおでこを合わせる。
一瞬の静寂の後、衝撃と激痛が3人を襲った。
✡✡✡
「…………ぅ」
ギンナは意識を取り戻した。まずは現状を把握せねばならない。
暗闇である。目を開けても何も見えない。周囲が暗いのならば『銀の眼』で見える筈だ。目隠しをされていると分かった。
「(…………どこだっけ。……あれ、なんだっけ……?)」
記憶が混濁している。何がどうなって、目隠しをされた状態で寝ていたのか。
身体を動かそうとしてみる。動けない。
拘束されているようだ。腕は後ろ手で縛られ、柱に括り付けられている。
さらには声を出せない。轡をされている。
「(…………なんだこりゃ)」
困惑。自分に何が起きたのか分からない。
「(えっと。私は――そうだ。ミオゾティスの街へ降りて、それから……)」
ジョナサンに声を掛けられた。そこまでは思い出せた。
「(……そこからの記憶が無い)」
努めて、焦らないようにする。何も見えない。聞こえない。喋られない。動けない。窮屈な体勢が続いている。
努めて。
「(……もの)」
ここはどこなのか。何故こうなったのか。これからどうなるのか。その一切は、彼女自身には全くコントロールできない。誰かが居るのなら、その誰かに委ねられている。煮るも焼くも、何もかも。
「(っ凄く怖い。…………ぅ)」
誰かが助けに来てくれないだろうか。誰が? いつ?
「!!」
この状況で。
16の少女が冷静になれる訳が無い。ギンナは力の限り暴れた。鉄の柱に縛り付けられた縄は強く固い。
「(……怖い! 怖い! 怖い!)」
暴れても、当然どうにもならない。縄が食い込んで痛いだけだ。
だが、暴れた。滅茶苦茶に手足を動かそうとする。
しばらくの間。彼女は魂が疲れ果てるまでそうやっていた。
✡✡✡
「…………くそ」
ユインは歯軋りをした。同時に忌まわしい記憶が蘇ってくる。つまり、彼女の生前の記憶が。
「(『オークション』ですって? 気持ち悪い。吐き気がする。……何となく分かってきた)」
裸にされて、衆目に晒される。何十何百の眼が、自分を見詰める。値踏みするように、隅々まで、気色の悪い視線に這いずられる。
「(……ここは。裏世界は、魔法と魂の発見と普及によって、表の世界より『精神が解放された』社会なんだ)」
売られる。『売り物』には一切の権利が無い。何ひとつ。
「(ギンナが『どうなるのか』なんて、考えたくもない)」
ユインは、自分を今のギンナと重ねていた。彼女は恐怖しているだろう。自分と同じように。そしていずれ、『恐怖することに疲れる』だろう。そうなると『売り物であることを受け入れ始める』。
生前の自分と同じように。
「(早く見付けないと)」
考える。『品物』の保管はどこかで一括している筈だ。警備もされている筈。そして、会場に近い位置にある筈。さらに……。
『居たわ! こっち!』
「!」
脳内に流れる大音量。ユインは不意を突かれたようにびくりと反応し、たたらを踏んでから立ち止まった。
フランの声である。
『どこよ?』
『だから……えっと、地下よ!』
『どうやって行くのよ』
『う……えっと』
『もう良いわ。あんたの向かった方向へ行くから、道を指示して。……シルク?』
『あー……。ごめんなさい。私は今動けません』
『はあ?』
『いえ、トラブルではありません。すぐに向かいますので』
彼女らは脳内で会話をする。思ったことが常に垂れ流される訳ではない。『会話用』に思い浮かべた台詞が相手へと伝わるのだ。
ともかく、フランの通信を受けてユインは180度方向転換し、また走り始めた。
瞬間。
「こんにちは」
「っ!?」
不意に、声を掛けられた。いつもなら無視していた。だが。
「貴女、『銀』ですな。いや珍しい。その変わったドレスもとてもお似合いで」
「(……駄目だ。トラブルは避けないと)」
今は、『皆』が居る。ユインは、立ち止まってその男性の相手をせざるを得なくなった。
「(髪も隠すべきだった。急いで準備したから抜けていたわね)」
「それに、少女に変身しているのですか。それもアジア人? ……あぁ失礼。私はデイヴィット・ライゼンと申します」
「!」
大きな体格。190以上はあるだろう。何より横幅。熊かと思うほど大きい。ユインは怯んでしまった。
「銀の貴婦人。お名前は?」
「…………」
にっこりと、穏やかに笑っている。ユインも微笑み返すしかない。そして、沈黙が不自然に思われないぎりぎりの時間で、返答を考える。
「(変身魔法だと思われてる。つまり銀の魔女の弟子とは思われてない。しかも相手は魔女じゃない。それに『ライゼン』は確か……)」
聞き覚えがあった。ついこの間、ベネチアで。
「(……『ロリコン』のライゼン卿……)」
自分が少女の姿をしていたから、今声を掛けられたのだ。ユインは絶望した。
「……この場では、シャーリー・フローレスで通しておりますわ。ライゼン卿」
「綺麗な名前だ。本日は、やはり『銀の眼』がお目当てで?」
「……ええまあ。『同族』には中々会う機会はありませんので」
「ですねえ。それに、案内状にあった通り『黄色人種』に変身なさっているとは」
「(……そう映るのね)」
だが、表情には出さない。この辺りのスキルは、ユインは生前から持っていた。口調から仕草まで、『貴婦人』を演出した。
「(こんな演技するなら私も貴人服着たら良かったかしら。いや、ないかそれは)」
早く、フランの元へ行かなくてはならない。だが急ぐ素振りも見せてはいけない。いくつか掛け合いをしてから、自然にこの場を去る必要がある。
「それではライゼン卿。失礼いたしま」
「実は、『良い席』を確保しておりましてな。丁度ひとつ空いているのです。良ければご一緒に、如何かな?」
「っ!」
にっこりと。だがしかし。
ユインの銀眼には、この男の『魂胆が透けて見えた』。
「可憐な蕾のような少女に変身する、そのセンス。貴女とは仲良くなれそうな気がするのです。おっと、本当の少女のように接した方が良いですかな?」
「(ウッキウキで何を言ってんのよこの豚)」
この男は、ベネチアの一件で金貨2万5千枚を失っている筈だ。銀の眼の魔女を利用できれば回収できると思われて不思議ではない。それに『少女』となればみすみす逃す手は無いと。
ユインは吐き気を催した。
「うふふ。そういえば席はまだ確保できていなくて。それではご一緒させて貰おうかしら」
「むふふ。こちらですぞ。フローレス嬢」
だが。
『フラン。私も来れなくなった』
『はあ!? どういうことよ!』
『そっちで動いて。私はどうにか、「正攻法」でやってみる』
『何よそれ!? 説明しなさい!』
このライゼン卿を使えば。正規に、『ギンナを買える』かもしれない。ユインはそう考えたのだ。
「(最悪私がこいつの玩具になることになっても。ギンナを救えれば落着する筈。だって……)」
ユインは。
ギンナではなく、拐われたのが自分であったなら。
フランとシルクはここまでしてくれただろうかと。
思ったのだ。
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