3-3 一面の銀世界~張雪麗

 人は『形容』する生き物だ。別の言葉で表す。私はこう形容されてきた。


 ――怪物。

 ――バケモノ。

 ――妖怪。

 ――気味の悪いガキ。


 ――悪魔の子。


 私の国では、田舎者に人権は無い。……語弊があるか。貧乏人には、だ。私の生まれた家から見れば、『先進国の貧乏人』なんか遥かな上流階級だ。学校なんか無いし、あっても通わせられない。食べ物なんか無いし、あっても買えない。

 真水を初めて飲んだのは、物心付いた後だ。機械を初めて見たのは、親の仕事を手伝うようになってからだ。初めてお腹一杯食べたのは、娼館に売られてからだ。

 私は世界を『地獄』だと形容してきた。それが普通だった。どれだけ焦がれても、手に入らないものがこの世界には沢山ある。都市へやってきて知った。その都市ですら、アメリカの都市と比べれば……。

 私を取り巻く世界は、この世の地獄なのだ。私がそう思う理由は充分にある。では。

 世界が私を『妖怪』と形容する理由はあるのか。


 私は張雪麗チャン・シュエリー

 このご時世、どこにでもいる不幸な小娘だった。






✡✡✡






「招待状?」

「ええ。なんだか分からないけど」


 フランとシルクが帰ってきた。その際郵便受けに入っていた手紙を、ユインへ渡す。

 彼女はそれを受け取り、封を開けた。


「……『夜会』だって」

「なにそれ」


 入っていたのは三つ折りにされた2枚の紙。1枚目は挨拶文、2枚目には何らかの名前が羅列されたリストだった。


「知らないわよ。私も初めて見るもの。日付と場所が書いてあるわ。明日の夜11時から」

「明日って、急じゃないの。他の依頼入ってた?」

「特に無かったけれど……行くの?」


 ふたりは台所へ向かう。手洗いうがいをする為だ。無垢の魂には必要無いのだが、生前の癖が残っている。


「まあ、プラータは各方面に顔が利いていたらしいですし、こういう招待があっておかしくは無いですね」

「その通り、私達じゃなくて『銀の魔女』宛だけど。行くの?」

「そもそも何の夜会よ。舞踏会? 晩餐会?」

「11時って相当遅いじゃない」

「魔女同士の集まりかもね」

「黒ミサとか、サバトってやつですか?」


 あーだこーだと、3人で考察し合う。やがてふと、シルクが気付いた。


「あれ、ギンナはどこに行ったんですか?」

「……え?」


 フランも部屋を見渡す。魔女の家は何部屋もあり狭く無いが、彼女はギンナを魂で追うことができる。


「家に居ないわ。街?」

「……そうよ。あんた達が出てから。昼から街へ下りていったわ」

「でも……」


 そのまま時計を見る。時刻は。


「…………もう夜の10時ですけど」


 いつもだと、そろそろ就寝時間かと言うところだった。


「……確かに変ね。ひとりで街へ出ることもそうだし、この時間も」

「変ねって……ユインあんたずっと家に居たんでしょ? 心配にならないの?」


 あまり気にしていなかった様子のユインに、フランが眉を寄せる。

 しかしその視線を受けてユインは、やれやれと肩を竦めた。


「あのね。ギンナは子供じゃないのよ。そして私はあの子の保護者じゃない。監督責任なんて無いわよ。夜遊びでも朝帰りでも、勝手にしたら良いじゃない」

「……あんたねぇ……!」

「ていうか、なんであんたが怒ってんのよフラン。そんなにギンナと仲良かったの?」

「……この……!」

「まあまあ。ここであれこれ言っても仕方無いでしょうふたりとも」


 睨み付けるフランと、それを躱すユイン。ふたりの間にシルクが割って入る。


「いつものギンナの行動とは思えない。それは確かでしょう。彼女の性格を考えると、遠出するなら誰かに言う筈です」

「そうよ。探しに行きましょう」

「……それも、別に私が止める責任は無いわよ。勝手に行ってらっしゃい」

「この……!」


 ユインの台詞に、またしてもフランが突っ掛かる。


「何なのよ。フランあんた」

「あのねえ! 私達は良いわよ! 仲悪くても! でもギンナは、皆と仲良く接してたでしょ!?」

「だから何よ」

「…………! ギンナは! あの子は『違う』じゃない! 少しは心配しなさいよ!」

「フラン……」


 異様に声を荒げるフランに、シルクも心配した様子を見せる。だがユインはすまし顔で躱した。


「……意味が分からないわよ。帰るのが遅くなってるだけでしょ? 何を騒いでいるのよ。さっきから」

「もう良い! 私が探してくるから、あんたは晩御飯用意してなさい!」


 勢いよく立ち上がり、荒々しくドアが開けられた。そのままフランは外へ出ていってしまった。


「……あの子どうしたの? 無垢の魂には生理なんて来ないでしょ?」


 首を捻るユイン。


「いや……そういうことじゃ無いと思いますが……ユイン」


 苦笑いのシルク。


「何?」

「『帰りが遅い女の子を心配する』感性は、私は正しいと思います。もう人間じゃないとは言えまだ16歳ですし、魂となってから半月しか経っていません。裏世界のことも詳しくない。彼女は魔法も使えない。……本当にフランのこと、理解できませんか?」

「…………」


 ゆっくりとした口調で優しく諭される。ユインはシルクの口調自体にイライラしながらも、考えてみた。


「…………分からないわよ」


 そう答えた。


「そうですか。では、私も探してきます。お風呂、沸かしておいて貰えると嬉しいです」

「…………」


 そしてシルクも、再び夜の街へ繰り出していった。

 残されたユインは、玄関の見える窓へ視線をやった。シルクは小走りでフランの後を追いかけていくらしい。


「……『心配』って何よ」


 そう呟いた。






✡✡✡






「はぁ……っ!」


 ミオゾティスの街の、公園にて。ひとしきり走り回ったフランは、ベンチに座っていた。息が切れている。今日は魔法を沢山使った日だ。魂の消費が激しい。魂の存在は、何をするにも精神エネルギーを使う。


「フラン!」

「……はぁ……どう?」


 そこへシルクが駆け付ける。彼女はまだ、エネルギーの余裕はあるらしい。


「……おかしいですね。ギンナの魂を感じません」


 だが首を横に振った。


「……そう」


 本来なら、街へ降りるだけで終わることの筈だ。近くに居れば分かる。いつも感じている『銀の眼』の魂だ。今も、フランとシルクはお互いの魂を感じている。


「……どこに居るのよ……」

「もしかしたら行き違いになったかも知れませんし、一度戻りますか」

「…………いや」


 シルクの提案を、フランは否定した。


「あんたは帰ってなさい。私は探すから」

「でも、もう時間が時間です。明るくなってからの方が聞き込みなんかもしやすいでしょう。それに、魔力ももう少ない筈」

「ギンナに何かあって、今助けを求めていたらどうするのよ?」

「……ですが」


 明らかにフランは慌てている。恐らく何かを感じ取っているのだ。魂の練度は、4人の仲では彼女が一番だ。上手く言葉にして説明することが苦手なフランだから誤解を生みやすいが、彼女の勘は当たると考えた方が良い。


「だから、あんたは帰りなさいよ。シルク」


 ベンチからすくりと立ち上がる。疲労が顔に出ている。だが恐らく、ギンナを見付けるまで戻らないつもりだろう。


「……分かりました。あまり無茶はしないでくださいね」

「ええ」


 公園から立ち去るフラン。その反対方向へ、シルクは踵を返す。


「!」


 その時。


『あー。あー。……聴こえる?』


 不意に、ふたり以外の別の声が聞こえた。だが耳ではない。脳内……否、魂に直接語りかけられたような。


「何これ?」

「誰かが……」


 シルクが振り向く。するとフランも耳に手を当てながらこちらを見ていた。


『ギンナの居場所が分かったから、一度帰ってきなさい。早く』


「!」


 ふたりは声の主が、ユインだと理解した。彼女はここには居ない。だが声が届いている。頭の中で反響するように。


「……ユインの、魔法ですね」

「早く戻るわよ!」


 聞くや否や、フランがシルクの脇を抜けて駆け出した。


「…………『居場所が分かった』……?」


 シルクはその言い方に違和感を抱いた。






✡✡✡






「ギンナっ!」

「あら、意外と早かったわね」

「あんたが急がせたんでしょうが!」


 またしても、ドアを壊さないかという勢いで開け放ったフラン。後ろからシルク。ふたりはすぐさま、ギンナの魂を追う。


「で、どこよ? 居ないじゃない」


 家にはユインの魂しか確認できなかった。


「……別に帰ってきたとは言ってないわよ」

「何よそれ! どういうことよ!」

「……うるさいわね。久々に魔法使って頭痛いんだから大声出さないで」


 ユインは疲労した様子だった。先程の魔法でエネルギーを消費したのだろう。つまり彼女にとっても、そうする程緊急性が高いことだと言える。


「これを見て」

「?」


 取り出したのは、1枚の紙。

 先程の『招待状』だった。


「何よ」

「よく見て。ここよ」

「……?」


 名前が羅列されたリスト。英語で書かれている。つまり、先程はよく見ていなかったが、フラン達が読めない筈は無い。


今回の目玉商品This Feature product


「……は?」


 そのリストを上から順に、読んでいく。シルクも覗き込む。


『No.13 無垢の魂Innocent Soul(銀の眼Silver Eyes)』


「えっ!?」


 その下に、説明書き。


16歳処女Sixteen years old,黄色人種virgin,Yellow race,浄化済みand Purified.


「こ……これっ!」


 リストを持つフランの手が震える。どういうことだ。何が起きている――その整理がつかない。


「プラータが言ってたでしょ。私達『銀の眼』は、100年にひとりの希少価値がある。……今この世界に、銀の眼は私達4人だけだと断言できるわ」

「…………!!」


 ユインの表情に焦りは見えない。だが切迫しているのだとは感じられた。努めて冷静に分析する。


「間違いなく、これはギンナよ。彼女は『オークションの商品』として明日、出品される」

「そんなっ!! 馬鹿じゃないの!?」


 ユインの言葉を遮るように叫んだ。


「私にキレても仕方無いわよ」

「…………でも、おかしくないですか?」

「シルク?」


 フランの違和感を代弁するように、シルクが顎に手をやった。


「この手紙は今日届いたのですよね? ギンナは今朝は家に居ました。時系列が合わないのでは無いですか?」


 今日出した手紙が今日届くことは難しい。昨日以前にギンナを確保していなければならない。なのにギンナは今日まで居た。彼女はそう言いたいのだ。


「……捕まえる気だったんじゃない。以前から。で、今日実行した。そんなの何とでもなるわよ。この家の場所は魔法で隠しているけど、ミオゾティスの外れの森に居ることは割れてるんだから」

「…………!」


 しかしユインに否定される。だがその通りだと、シルクは思った。この状況で、このリストにある『銀の眼』がギンナでは無いと決めつけるメリットは何ひとつ存在しない。

 彼女は街で拐われた。そう考えるのが自然である。


「どうする? 手紙をここへも寄越した以上、罠の可能性の方が高いけど。そもそもこのオークション自体嘘で、私達を一網打尽にする為とかね」

「行くわよ」

「!」


 フランが即答した。


「罠なんて関係無いわ。みんなみんな、殺してやるんだから!」


 その銀色の瞳には、怒りの炎が灯されていた。

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