3-2 ミオゾティスの闇~ルーナ・シルヴァの郷

「……まず結論から言って、それから時系列で話していくわ」


 食後。ティーカップ4つと市販のクッキーが並べられたテーブルに4人の少女達が座る。それは傍から見れば絵画にでもなりそうな美しい『お茶会』の様相を呈していた。

 4人の内のひとり、中国出身のユインが、切り出す。


「あ。前提として……ほぼ『仮定』に過ぎないからね」

「何の話?」


 と、そこへ問い掛けたのは、幼さを残しつつ整った顔立ちをしたフラン。先程まで地面に顔を投げ続けていたというのに、その顔には一切の泥も傷も見当たらない。


よ」


 ユインは答えた。そして続ける。


「この半月での状況と経験を、ギンナ、フラン、シルクから聞いた。それらを整理して、いくつか仮説が立ったわ。私達はまだ、この裏世界とかいうものを全然知らない。知らなければならないのよ」


 うんうん、とギンナ、シルクが同意を示す。フランも納得し、ユインの説明を待った。


「まず結論だけど……いて、もう『生物としての人間』じゃない。生物であるかも怪しい」

「……!」


 結論。『私達は死人である』。

 その言葉に、分かっていた筈なのに、気持ちが沈んでいくのを4人全員が感じた。ここのところあまり意識しなかったから、突き付けられたような思いだった。

 改めて言葉にすると、込み上げる感情がある。落ち着いて考えて、やはり自分は死んだのだと。


「じゃあ、それの説明も踏まえて」


 ユインは続ける。努めて冷静に。


「私達は死んだ。死に方はそれぞれね。自殺、他殺、事故、病死……この辺の共通点は無いわ」


 ギンナは考える。ユインは全員に色々訊いていたが、自分はフランの自殺と、自身の事故しか知らない。

 他殺と、病死。同年代……即ち子供の死など、穏やかなものでは無いのは明白だ。彼女らは、自分も含めて。不幸な死に遭ったのだ。共通点というならそれだろうか。


「そしてその後、『狭間の世界』なる妙な場所に移動した」

「そう。それよ。そこからおかしいわ」


 と、フラン。死んだ人間は『狭間の世界』へ行く。それこそ生きている内は絶対に確認し得ない、世界の真実だった。


「そこには『死神』を自称する、人の形をした何者かが居た。奴等は死人の魂を刈るために存在している……と思われる」


 死神が存在した。世間のイメージとは離れていたが、死人の魂を成仏させようと、刈ろうとする意思は見られた。ではあれは、死神と言って正しい。


「そして、死神に克つことで、またはプラータに助けてもらって。私達は裏世界への切符を手にした」

「説明が曖昧ね」


 フランが突っ込む。


「と、思っているけれど、実際は死神の思惑通り魂の色を出し、そこを『銀の魔女』……を自称する女に見付かって連れて来られた」

「……」


 プラータの言葉を信用するなら、死神は死人の魂から色を引き出し、給料を得ている。そして特定の色であれば、死神以外にも価値が生まれる。


「私達は共に、全員『銀色』だった。銀の魔女は『後継育成』との理由で私達を捕まえてきて……この家の地下、坑道に数日閉じ込められた」

「私とフランは5日。ユインは4日。ギンナは3日ですね」


 シルクが補足した。


「まあ、日数の違いは死んだ順番だろうけど……何故閉じ込めたのか?」

「『浄化』でしょ? 意味は分かんないけど」

「そうよ。死神の技によって色が見え始めた私達は、『浄化』によって完全に『銀の眼』となった。死から解き放たれ、魂が質量を持った。魔法の発現も見られた。程度はあれ、ここで初めて『無垢の魂』になったと思う」

「無垢の魂?」

「質量を持った魂よ。無垢の魂は、いずれ『魔女』『巫女』『死神』『怨霊』『怪物』のどれかになる。浄化とは、文字通り魂を洗い流し、元の色にするために行う儀式。ただの暗闇で、何が洗われたのかは知らないけどね」

「それぞれは、何が違うの?」


 職業により呼称が違うだけでは? と質問するギンナに、ユインは自作の表を出してテーブルに広げた。


「『魔女』は自分の魂を外界に干渉させ、影響を与えることができる。魔法のことね。代表的なのが箒。これは『器』を模した筒状物体に魂を流し込み、動かして自身を持ち上げ、結果飛んでいる。魂の入る器は有機物でも無機物でも良いけど、既に魂の入ってる、生きてる身体は駄目。


 『巫女』は同じく魂を外界に干渉させられるけど、自分の魂じゃない。動植物の魂を使う。搾取者だけど、人の魂を使わないから自然的な奇跡を演出できる。起こす結果は魔女と同じだけど、魔法とは呼ばれないわね。


 『死神』は死人の魂を扱う。人の魂を支配する。まあ天敵ね。私は1度ギンナと死神のボスに出会ったけど、本当に勝てる気がしない。


 『怨霊』は死人の成れの果て。表の世界に舞い戻った魂。今の私達は質量があるから表と裏どちらも普通に行き来できるけど、無垢の魂にならないまま表へ出たのが怨霊よ。何をどう悪さするのかは知らないわ。


 『怪物』は普通に化け物よ。魂が歪んだ形で質量を持った状態。見た目のバリエーションは富んでるみたい。人狼とかキメラとか。数としては、一番多い」






✡✡✡






 ユインは一通り説明を終え、「以上は仮説だからね」と付け加えた。


「……魂って、なんなのよ」


 フランが呟く。


「外界に干渉する、魔法や奇跡の源でもある。質量を持つこともある。物質に宿り、動かせる。……これはエネルギーよ。言わば『精神的エネルギー』。……表の世界でいう念動力ってやつね。日本人なら、魔力と表現しても良いかもね」

「じゃ、私とユインは箒に乗れるから、もう『魔女』ってこと?」


 ギンナとユインは血の滲むような努力の末、箒の使用を覚えた。それら従来通り、有機物である木製の箒に自らの魂を注ぎ、操って飛ぶ方法である。


「そうね。私達はあの課題で魔女にさせられたのよ」

「あれ? 別に箒を使わなくても、自分で空を飛べるのでは?」


 そこへシルクが訊ねる。箒ではなく自分の体を魂により飛ばせば箒は必要ないのでは、と。


「飛べないわよ。魂によって自分を動かすのは、でしょうが」

「……あー……なるほど」

「それは生きた人間でもやってること。その限界は極めて物理法則に従順よ。その垣根を越えて自身以外に影響範囲を拡げられるのが魔女の魔法。それによってしか飛べないわ」


 ユインが答える。動物が、人間が、筋肉が動くのは、脳から与えられた電気信号により、糖や脂質を燃やして筋細胞が収縮しているのだと。ならば「電気信号を送れ」という命令はどこが行っている?

 それこそが意志であり魂であり、精神的エネルギーであると。

 その辺りについて詳しくないだろう3人にも分かりやすいよう、ユインが説明する。


「箒が動くのは筋収縮じゃないだろうとか、そういう反論は受け付けないわ。だって実際に飛んでるもの。魂が行う命令はイオンの操作だけじゃないのよ」

「……ふむ。全く分かりませんが……自分の意志を体外に出し、何か物を操れる能力、という訳ですね」

「そうよ。下手に賢いと理解できないけど、あんたたちは馬鹿だから話が早いわ」

「むっ。……まあ否定できない」






✡✡✡






「……良い? それで、浄化を終えた私達は魔女の後継として連れて来られたと判明した。以降、ギンナは魔女に付いて社会勉強。フランとシルクは荒事の依頼。私はそれら『銀の魔女』の仕事を管理するようになった。この首輪と腕輪によって強制的にね」


 ユインは自分の首に付いている首輪をとんとんと差した。釣られて3人もそれを確かめる。


「これが何でできているかは分からない。けど私達を繋ぐ鎖だというのは容易に想像できるわ。背くと死ぬ、とかね」

「!」


 死ぬ、という単語に一瞬空気が緊張した。


「……良いわね? 私達は『死にたくない』。強くそう思っている。これは無垢の魂共通の弱点と言って良いと思うわ。どんな人生を経てどう死のうが、恐らく無垢の魂はそう思う」

「……」


 3人がそれぞれ考える。思えば、もう成仏しても良いと考える機会はあった筈だ。死んでまで拘束され、言われるまま従っているのは何故なのか。


「そして、私達は皆『自分の死』を受け入れている。未練は無い。……誰も家族や親しい人の心配をしていないでしょう?」

「!」


 そう言われ、ギンナははっとする。そうだ。自分には家族が居て、友人が居て。……彼らは今どうしているだろうか。突然死んで、吃驚した筈だ。悲しんでいる……筈だ。……が。


「あまり興味無いでしょう? 普通は気になる筈なのに。私もよ。家族が何を思ったか。葬式はどうなったか。……どうでも良い」

「……そんな……!」


 シルクも頭を抱えていた。今までそれに気付かなかったことにショックを受けている様子だ。


「記憶もあるけど、もう私達は生前の人物じゃない。名前を変えた時に、『その人間』を辞めたのよ」

「……」


 それから少しの間、沈黙が流れた。それぞれ自分の頭の中を整理する時間だった。






✡✡✡






「……銀の魔女って、なんなの?」


 沈黙を割ったのは、やはりフランだった。そもそもの原因として、プラータに押し付けるように訊ねる。


「前にも言ったと思うけど、便利屋よ。金を積めばなんでもする。つまり。『銀の魂』が魔女になると、普通の魔女より魂を活用できるのよ。それにしてもあの女はデタラメだけど」

「じゃあ、魔女の絶対数は? 街の人達も魂なの?」

「裏世界の人間が約5億人。彼らは表と同じ生きた人間よ。表に戸籍を持ってる場合もあるかもね。で、『質量を持った魂』……つまり死人だけど、これは約1000人。その中で魔女となると、100人も居ないんじゃないかしら」

「1000人……」

「そう。それだけしか、死神に克つことができない。皆の話を聞くと簡単そうだけどね。死神は『魂』を支配する。それに抗う『銀』の強い意志があって、ようやく克てるのよ」


 魂とは何か。『色』とは何か。何故自分達は今、ここに居るのか。魔女とは何か。裏世界とは、何か。


「そして。私達は死にたくないから、『銀の魔女』を継ぐしかない。良いわね? 1000のよ」

「……!」


 ユインは4人の現状を明確にした。






✡✡✡






 翌日。取り敢えず、フランとシルクには依頼をこなしに行ってもらった。稼ぎは1000枚にほど遠くとも、今一番報酬が良いのは荒事の依頼だ。良い案が見付かるまで、続けてもらう。それを話しても嫌な顔ひとつしなくなったふたりには、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 ギンナはまたミオゾティスの街へ下りていた。花の咲く綺麗な街。風に乗って香りがそよいでいる。とても心が落ち着く良い香りだ。昨日のユインの仮説を考えながら、特に目的も無く歩いていく。


「おや君は……レディ:シルバーの」

「!」


 不意に話し掛けられた。いつの間にか一度通った道を歩いていたようだ。ジョナサンの花屋へ辿り着いていた。


「こんにちは。ジョナサン……さん」

「ああ。ひとりかい? 珍しいね。ハーブティでもどうだい」

「……いえ。私は――」


 やんわりと断ろうとして。


「そのブローチの」

「!」


 ジョナサンはギンナの胸元に付けてある、あのブローチを指差した。


「……説明がまだなんじゃないかな。レディはどうせ何も教えないだろう。君達で調べるのにも限界がある。『銀の魔女』を継ぐなら、切っても切れない道具だよ」

「…………!」


 ギンナは。

 まだ魔法を、自分で使ったことは無い。できることと言えば箒で飛べるくらい。それ以外で魂を扱えないのだ。他人の魂を感じれるまで熟練したフランやシルクと比べて、著しく劣っている。この世界の知識や情報の点でもユインに敵わない。


「マナ……プール」

「知りたいだろう。僕は顧客を大事にするんだ」


 カンナだけではない。ヴィヴィやプラータをも『買った』らしいジョナサン。ギンナは謎めいて気味の悪い、正体の分からない彼の声を無視することはできなかった。

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