Chapter-3 MYOSOTIS
3-1 休暇~現状把握
「休暇だ。1年やろう。金貨1000枚でも稼いでみな。したら、もう『銀の魔女』を名乗っても良い」
そう言い残し、プラータは4人の前から姿を消した。お金を稼いで好き放題生きる……なるほど、5千枚も稼いだ直後なら、仕事などする必要も無い。あとは4人の弟子に任せれば、真の自由の身である。
✡✡✡
「……どう思う?」
ユインは早速リビングに4人を集め、訊ねた。ティーカップを揺らしながら答えたのはギンナだ。
「まあ、私達の休暇じゃないよね。1年以内に1000枚以上稼がないと終了、てとこかな」
「……よねぇ……」
ふたりは首に繋がれた魔女の楔をお互いに見やる。
「フランとシルクは、何か言われた?」
銀髪銀眼の4人が一堂に会する。見るものが見れば、奇跡の光景だ。しかし当の彼女達は、どこか不満げである。
「何も。金貨1枚ずつ渡されただけよ。……なんなのよこれ」
「今までの報酬と言ってましたが……こんなに稼いだのですか? 私達」
フランとシルクは、ミオゾティスの街へ買い出しにも行っている。金貨の価値は、体感的にギンナとユインよりも分かっているだろう。
「いいえ。そんな訳ないわ。あんたたちのこれまでの稼ぎは、金貨14枚。戦争は儲かるのよ」
「なっ! じゃあ12枚も跳ねたの? あの女!」
憤るフラン。
「落ち着いて。いい? あの魔女は金貨2万枚を持って姿を消した。ただ遊ぶわけは無いわ。何か目的のための行動と見るべきよ」
「2万と12枚よっ」
「……。ギンナ、どうする?」
「…………」
ユインはギンナを見た。釣られて、フランとシルクも彼女の言葉を待つ。
まるでギンナが、この場の決定権を持っているかのように。
ギンナは、見張りのバイト代を加味すると2万と11枚だな……と意味の無いことを考えつつ。
「……皆、疲れてない?」
「は?」
「え?」
「ん?」
彼女から出た言葉に、順番に首を傾げる一同。だがギンナは、これまで1日も休んでいないことと、フランシルク組がいつも魔法を酷使していること、そして自分とユインも先日魂を酷使したことを鑑みてのひと言だった。
「取り敢えずさ。今日は休もう。これからのことは、また明日話し合おう。……疲れてない?」
「……ふふっ」
それに初めに同調したのはシルクだった。
「そうですね。皆疲れてるでしょう。この半月、色々なことが起こりすぎました。一旦整理して、ゆっくり考えましょう。あと1年ありますから」
そして、解散した。
✡✡✡
「ギンナ、ちょっと良いですか?」
「?」
部屋に戻ったギンナに、シルクから声が掛かった。
「いや、街に買い出しに行こうと思いまして。フランとユイン、あのふたりが一番疲れているのではと」
「……買い出し?」
「はい。今日から自分達で何もかもしなければいけないので」
そう言われてギンナは気付いた。昨日まで、エネルギーの補給……食事は。家に帰れば既に準備してあった。それはプラータの魔法である。彼女は指を少し振るだけで、あらゆる料理をテーブルへ出現させる。掃除、洗濯……他にも色々、家事は全て魔法で全自動だったのだ。
「改めて、魔法は凄いよね」
「いやぁ……そうでもないかもしれませんよ?」
「?」
シルクの言葉の真意を分からないまま、ギンナは彼女と街へ出掛けた。
✡✡✡
「……そう言えばさ」
「はい」
花の咲く綺麗な街。ふたり並んで歩きながら、ギンナはなんとなく、以前から不思議に思っていたことを打ち明ける。
「なんか私がリーダーみたいになってない? さっきのだってさ……」
思えば、『浄化』が済んでから、そんな気がする。部屋での会話、皆の意見。「ギンナは?」と訊かれることが多いように思う。そして、答えるとその通りに皆が動くのだ。
「ふむ」
と、シルクは空を見て考える。というより、その答えは彼女は既に持っているようだった。すぐにギンナへ眼を向ける。
「別に、ギンナにリーダーシップがあるとか、決断力があるとかそんなんじゃないでしょうね」
「……む。なら尚更」
ギンナの言葉を、シルクの立てた人差し指が遮った。
「ギンナが私達の中で一番、『まともだから』じゃないですか?」
「え……」
意外な言葉に、ギンナは一瞬思考が止まった。そして一番先に思い付いたのは、フランの生前の話であるが……。
「私とフランは、もう『まとも』ではありません。まあ生前もイカれてましたが……裏世界へ来て、どれだけ人を殺めたと思いますか?」
「!」
ギンナの知らない……事実。家ではそんな気配は微塵も出さないシルクであるが……この時は。この瞬間は。
ギンナの銀の眼も凍り付くような、零点下の空気を纏った氷の眼を、彼女はしていた。その瞳には、経験も無いギンナでさえ、血の世界を彷彿とさせた。
「正気ではあの依頼はこなせません。戦場だけでは無いのです。暗殺や決闘。あらゆる殺しを、経験しました」
「……っ!」
「我々ふたりは、壊れたことを自覚しています。だから、だけど。4人で居るときはとても楽しい。私の手とフランの背に乗る業と汚れは決して消えませんが、その上で銀の魔女の後継としての暮らしを楽しんでいます。狂っているでしょう」
そこまで言って、シルクはぱっと、いつも通りの和やかな笑顔に戻った。
「ユインもあれで鋭い。4人の決定をあなたに委ねるのが正しいと、初めから見抜いていたのでしょう。……単に面倒臭がりとも言いますが」
「……」
「まっ。そもそも、前提として我々は一蓮托生、運命共同体ですから。得手不得手もあり、役割分担も必要です。『考える』のがギンナとユインの役割。『動く』のが私とフランの役割です。今度の金貨1000枚の課題も、ゆっくり考えてください。我々はいつでも動けるよう準備しておきます」
「シルク……」
自分を客観視し、集団を軸に考える。言えば簡単だが、実行は難しいものだ。シルクも本当の所は、戦闘や殺人なんてそれこそ死んでもしたくないだろうに。
生き残る為には必要なのだと本当に理解している。
まともである自覚が無かったギンナは、彼女を尊敬した。
「それと、魂……魔法についてなのですが」
「?」
そこで、何かを思い出したように話題を変えたシルク。
「どうやら、魔法には目に見えて練度があるそうです」
「……練度?」
「フランはもっと前からだったそうですが、私も最近、魂という物を視ることができるようになりました」
「……んん?」
ギンナはシルクが何を言っているのか分からなかった。
「詳しくは、ユインが考えてくれるでしょう。とにかく私達は、魔法を使うことによって熟練していくのです」
「……」
✡✡✡
その頃、森の魔女の家では。
「ぎゃあ!」
「だから! 自転車だと思いなさいって! 漕いでりゃ転けないでしょ? それと同じよ!」
すてーん……と、何かが転ぶ音と、同時にフランの悲鳴が響き。
ユインの熱の籠った指導が轟いていた。
「思いっきり跳んで。感覚よ。感覚で掴みなさい」
「む、無茶言わないでよ! どうやってこんな体勢でジャンプ出来るのよ!?」
そこは家の裏にある少し開けた場所。カンナの件の後、『マイ箒』を買って帰ってきたギンナとユインを見て、フランは「私も箒で飛びたい」と言い出したのだ。
「貸しなさい。……こうよ」
服も顔も泥だらけになったフランから自分の箒をぶん取り、跨がったユイン。
膝と足首を使い、軽やかに地を蹴ると、そのままふわりと宙に浮いたのだった。
「よっ……ね?」
そしてフランの上空を一回りして着地する。その光景を、フランはまるで超常現象を垣間見たかのように眼を見開いていた。ありえない、と顔に書かれている。
「……貸しなさい」
そして、涼しい顔でやってのけたユインに対抗心を燃やし、再度彼女から箒を奪う。
「ふんっ! ぎゃあ!」
そして勢い良く跨がり、ユインを真似てジャンプする。
その後、何度目になるか…顔から地面へ突っ込んだ。
「……あんた、もしかして生前運動神経ゼロ?」
「
「……なんであんたへの殺しの依頼が絶えないのかしら。魔法って不思議だわ」
『銀の魔女』名義への様々な依頼は、ユインが管理している。戦闘能力として非常に評価が高い(少なくともプラータの時より多くなっている)ことに、驚きを隠せないユイン。
こんな……箒にすら乗れない『魔女未満』の女児ひとりが。
『銀の魔女』の仕事の1分野を担っているのだ。
……と、自分もつい先日まで箒に乗れなかったことは棚の上に丁寧に置き。
「こんなもの、乗れる訳ないわ!」
「ギンナなら、手を触れなくても箒を操作できたりするのよ?」
「それもう意味分かんないわよ!」
「……もう諦めなさい。あんたには無理よ」
ユインはやれやれとタオルを持って、ぐぬぬと唸るフランに渡した。
その時。
「……そうね。ふたりも帰ってきたし」
「え?」
フランの意地っ張りなら、まだめげる失敗ではないと思っていたユインは、彼女が素直にタオルを受け取ったことに驚いた。
その言葉にも。
「……ただいま~。あれ? 無人?」
「いえギンナ。ふたりの『
そうして、すぐにギンナとシルクの声が表の方から聞こえた。
「……は? なんで分かったの?」
「……んー……なんとなく」
振り返り、恐る恐る訊ねるユインに、フランは自分でもよく分かっていないように答えた。
✡✡✡
「集合っ!」
それから2時間後のリビング。なにやら頭を抱えて書き物をしていたユインが、唐突に3人を呼んだ。シルクは料理中、フランはギンナに箒の使い方を習っていた。
「……なになに?」
「ふう。丁度良いですね。昼食にしましょう」
そしてそれぞれ、ユインの元へ集まる。
ここに連れてこられた時、初めにプラータが紅茶を出現させたテーブル。そこへ4人は席に着き、シルクお手製のホワイトシチューを並べた。
「……まあ、話は食後で良いわね」
シルクの料理は絶品だ……とは言えないまでも、普通に美味しく頂けて、レパートリーも多い。最初は全て焦がしていたが、上達したのだ。ユインはその湯気の立つ芳しい香りに屈し、手を合わせたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます