2-5 魂について

「……呆れた」


 ヴィヴィは深く溜め息を吐いた。ここは、石造りの建物……もとい、ハンター:ヴィヴィの探偵事務所。

 応接間にある古いソファで、ギンナとユインは寝て……もとい。

 気絶していた。


「あんたの家から、200年前に造られた『ひとり乗り用』のオンボロ箒で、魔力も弱い『無垢の魂』がふたりで乗って……しかも使い方を知らずに……、『たった9時間』で、ここまで飛んできたの? ……はっきり言うけど、ルーナ。あんたの弟子、相当馬鹿じゃないの?」


 ふたりのここまでの過程を思うと頭痛がする、とヴィヴィは息を吐きながら、ふたりへ毛布を掛ける。

 カンナはそれを心配そうに見守っている。


「あっはっはっはっ! ……! ……っはっは!」


 それをさせた犯人であるプラータは、一切悪びれずただ、息が詰まるほど大笑いしていた。


「良いねえ! そうでなきゃ任せられない! 魔女はそうでなくちゃ!」

「何が面白いんだか」


 ヴィヴィはやれやれと、部屋を後にする。危険は去ったと依頼主に伝え、報酬を貰うためだ。

 カンナもそれに付いていこうとするが。


「……あんたは今回は良いわ。ライゼン卿はロリコンだし、また今度ね。それより、友人なら付いてあげなさい。目が覚めた時に元凶ルーナが居たんじゃ、可哀想よ」

「……分かりました」


 と、ヴィヴィはひとりで依頼主の元へ向かった。






✡✡✡






「……ヴィヴィさんも、死んだ魂なんですか?」


 プラータとふたりになったカンナ。何か話題は無いかと、気になっていることを訊ねる。


「そうさ。『魔女ウィッチ』『巫女メディウム』『死神デス』『怨霊フィーンド』『怪物フリークス』……エトセトラ。これらは全て死んだ人間の魂だ。何になるかは、本人次第。生前の禍根や未練なんかで大体決まる。決まる前の『無垢』の状態で、誰かを師事すれば、望んだ者へなれる可能性は高い。あんたもあの4人も、今は『無垢イノセント』なのさ」

「……無垢……」

「そして、魂には色がある。その人間の『根源』てやつさ。一番根深い、元の要素。アタシやこいつらの『銀』は、『不浄を許さない』という、魔除けの力がある」

「……え?」


 その説明に、カンナは首を傾げた。目の前の魔女は、どう見てもそんな大層な正義に燃えているように見えないからだ。……失礼ながら。

 それを察したプラータはふんと鼻を鳴らした。


「『どんな魂か』と、『それで何をするか』は別物さ。アタシは銀の魂の『魔法が効かない』『高い魔法適正』という利を活かし、金儲けして好きに生きてる。真面目に言うなら『何が不浄か』『何を許さないか』は個人の主観さ。アタシはアタシのルールで生きてるのさ」


 そう答えた。


「つまり『絶対許せないものは何が何でも曲げない』という強い意思と、意志と。意地がある。それが『銀の眼』という魂なのさ。たとえ死んでもね。『不屈の精神』て訳さ」

「……不屈の、精神」


 そして、プラータはカンナの次の質問も容易く読む。


「『金の芽』はね。とても稀少なのさ。頂点の魂。魔法適正は最強、何をやらせても成功する。……正に金の卵。……実感無いだろうけどね。歴史上、『金の芽』の魂の持ち主はとても少ない。日本だと、『テンカビト』だっけか? あれが『金の芽』だったっていう噂があるね。アタシの生まれる前だから知らないけど」

「……」

「まあそれでも、陽の目を見ない者も中には居る。銀だろうが金だろうが、性格が破綻してるせいで死後も死神に狙われ続け、何も成せないまま成仏したり。……賢すぎて、全てを知った上で初めに成仏を選んだり」


 賢い振りだよ。まったく、とプラータは言う。この世だろうがあの世だろうが、好きなことをして生きるのが正しいと、彼女は断じた。


「ま、魂の色に左右されなくても良いけどね。やりたいことが正しいことだ。……困ってる人を助けたい、だっけか。良いじゃないか。金の芽らしい」


 それじゃ左右されているのでは、とカンナは思った。






✡✡✡






 魂とは、精神的エネルギーである。表現が曖昧だろうか。

 それは人の精神が外界へ影響を与えるという、超心理学で提唱されている分野の話。

 死亡し、命が途絶え、器を失った魂。それは花瓶が割れて漏れだした水と同じ。

 突然だが、事故で失明した人は、その後、他の感覚器官が鋭敏になる……という話を聞いたことはあるだろうか。

 人は、何かを喪えば他のもので代用する。恋人を喪えば代わりになる次の恋人を。職を失えば代わりになる次の職を。

 では身体を喪えば?

 狭間の世界から抜け出した魂は、形を変える。それはやがて質量を持ち、裏の世界に落ちる。

 食事エネルギーの補給を必要とし、生理現象生物としての機能を喪ったモノ。

 彼らはそういう存在なのだ。


「…………」


 そよそよと、窓から風が入る。いつの間に窓を開けたか……? と、見やると既に、プラータの姿は無かった。静かな夜だ。小さな風の音と、ふたりの魂の寝息だけが心地好く聴こえる空間。


「……魂も寝るのね。夢も見る。……


 本名は名乗るなと、初めにジョナサンに言われた。あの時、『上原奈々』は死んだのだ。人生のやり直し。もしかしたら、死神を克服した者に与えられる褒美なのではないか。カンナはそう思った。






✡✡✡






「……あなただけはっ! 無いっっ!!」

「うわぁっ!」


 静寂を打ち破る怒号が響いた。それはうとうとし始めていたカンナを飛び上がらせ、横で寝るユインも起こした。


「……何なのよ……もうすこし寝かせなさいよ……疲れてる……もにょ」


 しかしユインは、ぶつくさ言いながら再度眠りに着く。


「はっ! ここは!? 天国!? 地獄!?」


 そして、そのソファが見知らぬものと気付いたユインは、慌ただしく起きた。


「夢か……はぁ、良かった……」


 初めに叫び声を上げた本人、ギンナは…ふうと胸を撫で下ろす。そして、やはり見知らぬソファの感触に違和感を覚え。


「…………」


 その様子を一部始終見ていた、カンナに。未だ驚いた様子のカンナに。

 ギンナとユインの視線が注がれた。


「……えっと。おはよう?」


 困ったような笑顔で言ったカンナを見て、ふたりは落ち着いた。






✡✡✡






「おや起きたかい」


 その騒ぎを聞き付け、プラータが部屋へ入ってくる。その手にはボロボロになった箒が握られていた。


「……プラータ。ここは……」

「カンナの新しい家だ。家主はもう少しで帰ってくるよ」


 と、そう言い切る前に、玄関のドアが開けられた音がした。


「ヴィヴィさん」


 カンナが出迎えに行く。ギンナとユインは、この辺りで、全身が訴えるとてつもない疲労感と倦怠感、そして空腹感に気付く。


「……ぅ……しんど……なにこれ」

「……そりゃ、あんな変な体勢で何時間も飛べばね。生前なら風邪引いてたわね」

「ま、勉強になっただろう?あんたたち」

「プラータ! これは流石に無茶です!」

「そうよ! 頭おかしいんじゃないの?」


 プラータの一言に、抗弁するふたり。しかし。


「でも来たじゃないか。よくやったよ。金貨だ。帰りに好きな箒を買って帰りな」


 と、渡されたピカピカの金貨1枚と、その言葉で。


「…………」


 ふたりは黙ってしまったのだった。






✡✡✡






「……!」


 ぞっ……と、背筋だけ南極に飛ばされたかのような、悪寒とすら言えない……もはや激痛に似た感覚。

 『それ』は、カンナが出ていった入り口から入ってきた。金と黒の混じった髪と瞳。厚手のコートにミニスカート。見た目は10代後半の美しい女性である。……だが見た目以外は。


「あー。起きたのね。……ていうかルーナ。最初からこれ狙ってたの?」

「何がだい?」


 『それ』はふたりを一瞥し、すぐにプラータへ話し掛ける。カンナの様子からも、この家の家主であり、プラータの知人であろうことは予想できる。しかし。


「ね、ねぇプラータ。その人……」


 覚えがある。既に、魂に刻まれてしまった。『私達はこの人に逆らえない』と。

 恐る恐る、訊ねる。ギンナだけではない。ユインも萎縮してしまっている。


「……ああ。ハンターのヴィヴィだ。なに、怖がることはない。元死神だが、それだけだ。今はちが……?」


 死神、というフレーズに。その直接的な単語により。ふたりの希望は打ち砕かれた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

「いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ……」

「えっ……ど、どうしたの?」


 身体を丸め、うずくまる。うわ言のように呟く。なるほど正に……人が本物の死神と出会ったならば、こういう反応になるのだろう。


「ま、それより……」

「流すのかい。あっはっは」


 しかしそれを気にも留めないヴィヴィに、プラータはやはり笑いをこぼした。






✡✡✡






「……なる、ほど。……元死神……」

「……それがなんで、私達にここまでの仕打ちをするのよ……」


 話を聞き、理解はしたふたりだが、納得はしていないようだった。特にユインは、力弱くも食って掛かる。


「墜としただけじゃない。……ここまで効果覿面とはね。本当に貴女達、死神に克ってここに来たの?」

「……だ、だって……ここまで強く無かったし……」

「そうよ……。……今思えばガキでグズね。あんな奴……」


 ギンナをここまでさせ、ユインにここまで言わせる。無垢の魂であるふたりにとって、直接魂と干渉できる『死神』という存在はそれ自体がある種天敵である。その干渉能力がずば抜けている『半金』のヴィヴィともあれば、一度干渉されればもう心が折れてしまうのだ。


「それより。これでしょ? あんたの要求は」


 ヴィヴィはやはり興味無い様子で、懐から金貨の入った袋を無造作にプラータへ投げた。

 中身を確認するプラータは、にやりと笑う。


「丁度2万枚か。よく用意できたねぇ」

「あんたの計画通りでしょう? 裏のベネチアの『北西』には、ライゼン卿の城がある」

「……えっ?」


 カンナが訊ねる。ヴィヴィはやれやれと、疲れたようにソファに座る。その反動でユインが飛び退いて勢い余り、転けた。


「いたっ!」

「…………今回の怪物退治に『色』を付けて……2万5千枚。ジョナサンは元手を回収し、あんたは5千枚得をして、私も5千枚ぶん取った。ライゼン卿は街が守られてご満悦。……誰も不幸にならない、最高の結末ね」

「…………!」


 ユインより一足先に、冷静さを取り戻したギンナはヴィヴィの言葉に驚愕した。今、なんと言った?


「……5千枚……稼いだ……? 誰にも損害を出さずに?」

「いや? 『ライゼン卿の見張り台の奴』に金貨1枚バイト代払ってるから、アタシの儲けは4999枚だよ」


 そんな些細なことはどうでも良い。いや、仕込みとして必要だったのであればどうでも良くは無いのだが……。


「さらに、あんたたちは箒の使い方を覚え、魂の強度も上がった。……一石何鳥だい? あっはっは」

「……!」


 ギンナの眼には、その銀色の眼には。このふたり……プラータとヴィヴィが。

 それこそ『怪物』に見えた。金貨5千枚である。裏世界の一般人の平均年収が、金貨100枚だ。それでも大金には違いない。金貨など、普通に暮らしていれば街ではほとんど見かけない。一般的な市場の殆どは銀貨でやり取りされている。

 地域によっては物価も違うだろうが、5千枚。生涯収入レベルである。


「はい」

「えっ。……おっ、重……!」


 そして次に、ヴィヴィは一回り小さい袋をカンナへ渡した。中身は当然、金貨である。


「あんたの『付加価値』よ。カンナ。その金貨はあんたのもの。私はルーナと違って守銭奴じゃないからね。たった1枚なんてケチケチしないわ」


 ……と。思わずギンナも覗いてしまった。

 今回の利益分。

 袋に詰め込まれた……5千枚である。


「ヴィヴィさん……私」

「ん?」


 それを渡されたカンナは、不安そうな面持ちで言った。それは仕方の無いことだろう。彼女の生前を思えば。


「お金の使い方、知りません」


 仕方の無いことだろう。


「……呆れた」

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