Chapter-2 KANNA
2-1 銀の百合~Francois=Michel
この世は2種類の人間が居る。搾取する者と、搾取される者。……そんな台詞を吐いた奴に、私は魔法を浴びせてやりたい。
真実はこうだ。人生には、二種類の場面がある。搾取する場面と、搾取される場面だ。……どんな奴だって、上には上が居て、下にも下は居る。頂点と最下位以外は、皆多かれ少なかれ、搾取し搾取され合って生きる。虐められっ子が帰り道に蟻を虐めるように。虐めっ子が実は親から虐待されていた、というように。
私はフランソワーズ・ミシェーレ。
蟻が居なければ最下位の子供だった。
✡✡✡
「ジャパニメーションみたいな、異世界がある訳じゃない。裏世界とは、読んで字のごとく『世界の裏側』を知る者達の、ネットワークのこと。土地じゃなくて社会なのよ」
毎日、夕食終わりに寝室で集まって、プチ会議のようなことをする、私達。プラータに用意されたナイトキャップを律儀に被るフランが可愛い。
――そう教えてくれるのは、中国出身のユイン。彼女は勤勉家で、日に日にこの世界の知識を身に付けていっている。
「でも、出てくる国の名前は地球上には無いものよ?」
「通貨も、ドルでもユーロでもありません」
「そりゃ、現実世界じゃないからね」
「?? ……どういうことよ」
「世界には表と裏がある。マフィアとかの裏社会とは別にね。パラレルワールド、くらいは聞いたことあるでしょう?」
「パラレルワールド」
「そうよ。可能性世界じゃなくて、平行世界。表の世界に平行して存在する裏の世界。言い方は様々だけど。魔法界や魔界、異世界、死後の世界……。つまりは『ハリー・ポッター』よ。この一言で説明不要でしょ」
「あぁー……」
「アロホモラ!」
「ルーモス! 灯れ!」
ハリー・ポッターと聞いて、フランとシルクが叫んだ。……でも何も起こらない。
「何やってるのよ……。説明に使っただけで、ハリー・ポッターの世界そのものじゃ無いわよ」
呆れるユイン。
「いや、あはは。大好きだったもので」
「……違うならそう言いなさいよっ!」
恥ずかしそうに頭を掻くシルクと、もっと恥ずかしそうにユインへ怒るフラン。
フランは純粋で良い子だ。
「話、続けて良いかしら」
やれやれとユイン。
✡✡✡
「今日は仕事は無しだ。出掛けるよ」
「ちょ……」
今朝は全裸のプラータが、フランが上がったばかりの筈のシャワールームから出てきた。……流石のプロポーション……じゃなくて。
「どこへ?」
「ギンナ。あんたは色々連れてったが、そういえば街はまだだったと思ってねぇ。すぐ仕度しな。ほら」
「休みなら休ませなさいよ。連日殺し続けで、くたくたなのよ」
「だらしないねぇフラン」
「ていうか、なんでそんなに仕事しなくちゃいけないのよ」
「そりゃ、金が無いからに決まってるだろう?」
「えっ」
あっけらかんと、プラータはそう言った。お金、無かったんだ……。
「残金は金貨1万5千枚ぽっちだ。あとは銀貨と銅貨がポロポロ。これじゃ5人分の洋服も買えやしない」
1万5千枚って……大金持ちだと思うけど。え。この服って、そんなに高いの。
「今日はギンナだけじゃなく、あんたたち全員なんだよ。金を節約するためにね」
「……?」
訳の分からないまま、私達は洋服に着替える。因みに服は全てプラータの趣味らしい。背の高いシルクは、黒を基調とした、プラータに近い魔女のようなドレス。背の低いユインはややぶかめのフード付きトレーナー。私は前と似たような、落ち着いた感じのセーター。そしてフランは。
「また……これっ」
お嬢様然とした、絵本から出てきたかのような可愛いフリフリのお洋服だった。
「似合ってるじゃないか」
プラータは満足げだ。
「ちょ、ば馬鹿じゃないの? ユイン! 取り替えて!」
「嫌よ恥ずかしい」
「……!!」
ストレートに言われ、固まったフラン。また、という台詞に、私はシルクに訊いてみた。
「……もしかして、その格好で?」
「はい。毎回少しずつ違いますが、あんな格好で毎日殺戮してます」
「……すげえ」
フランは嫌がっているけど、実際すごく似合っている。とても可愛い。
✡✡✡
街。
つまりこのプラータの家の近くにある人里。
家は森の中にある。ベタだけど、魔女の住処として、人の目を忍ぶ必要があるのだ。
「……ここは?」
「表だとイングランドの田舎。裏だと……国の名前は無いね。街の名前は『ミオゾティス』。……フランス語だがまあ、適当なんだよ。ここいらの人間にとって言語なんて。あんたたちもアタシも、今喋ってるのは英語でもフランス語でもない。ユインの魔法が効いてるだろう?」
「ほんと不思議。どうなってるの?」
「世界同時通訳。こういう魔法はね、魔法界でしか使えない。中央の莫大な知識と、長大な歴史が為せる技。裏世界の領域全てを把握しているのよ。切っ掛けさえ作れば、あとは自動で通訳してくれる。だから私が疲れることもない」
あんまりユインの説明が理解できなかったけど、とても便利なのは間違いない。
でも、じゃあ表に出れば、また会話できなくなるのかな。いやシルクは日本語できたっけ。
ミオゾティスは、中世ヨーロッパを彷彿させる石の街並みで、道路に綺麗な水路も引かれていた。街の所々に植木鉢が置かれ、色とりどりの花が見える。綺麗な街だ。
「へぇ、良い雰囲気じゃない。陰気な魔女の家とは大違いだわ」
フランはそれを見てもう機嫌を直したようで、まるでステップでも踏むみたいに街へ入っていった。この街と彼女は、とても絵になる。アメリカ人なのだから、普通なのかな。
「花咲く街と、少女。映えますね。ふむ。今、死んで初めて携帯があればと思いました」
とはシルク。
……携帯か。すっかり忘れていた。状況が変われば、必要性も変わってくるらしい。今の私にはあまり必要のない物だ。……生前は殆ど依存だったのに。
「こっちだ。迷子になるんじゃないよ」
フラン、プラータに続き、私達も街へ入った。
✡✡✡
街に入る前と後、私達の印象は違った。
ざわざわとする街。風に揺れる木々の音じゃない。私達を見て噂する声だ。
「……銀の魔女? なんでこんな時期に……」
「珍しいな。何ヶ月ぶりだ?」
「子供を連れてるぞ……可哀想に。今度はなんの悪巧みだ?」
カラフルな花咲くさわやかな街とは対称的に、街の人達は私達を妙なものを見る眼で睨む。
「あんた嫌われてるのね」
フランがストレートに言った。
「そうさ。悪名高き銀の魔女様だ。気持ちが良いねぇ」
「げー。趣味悪」
私もフランと同意見。軽蔑や奇異の眼差しが気持ち良いなんて、訊かれて胸を張ったプラータのセンスは分からない。まあ女の子4人を全裸にして1週間閉じ込める時点で察するものはあるけども。
「ふむ。やはり魔女というものは良く思われないのでしょうか」
「……興味ないわ」
シルクとユインは、別の意味で気にしていなかった。
✡✡✡
「やあレディ! 久し振りだね」
「ああジョナサン。元気かい」
やってきたのは……個人経営の花屋さん。店長ぽい、背の高い男の人はプラータを見るなり両手を挙げて歓迎のポーズを取った。
「元気さ! 君は?」
「魔女にコンディションなんて無いようなものさ」
ジョナサンと呼ばれた人は上機嫌に私達を迎えた。街の人達とは180度違う対応だ。
「その子達が、君の弟子だね」
私達は順番に挨拶した。
「ああ。いつもの頼めるかい」
「了解だ。5人分だから、少し時間をいただくよ。……っと」
ジョナサンの背後に影があった。出てきたのは、私達と同じくらいの女の子だ。
「カンナ。彼女達に挨拶だ」
「はい」
黒髪に黒い瞳。袖の無い浴衣のような、和服に似た服を着ている。女の子は無表情のまま、ジョナサンの背後から出てぺこりと小さくお辞儀をした。……日本人だ。
「昼食ですが、6人分ですか」
「7人分だよ。君も食べるんだ」
「かしこまりました。では準備いたします」
カンナと名乗る女の子は、表情を全く変えずに、そのまま奥へ引っ込んだ。
「済まないね。まだこちらに慣れていないんだ。死のショックからも立ち直れていない。……7人分は多いだろう。誰か手伝ってもらえるかな」
ジョナサンがそう言った。彼女は彼の……何なのだろう。お手伝いさんには小さすぎるかも。
「分かりました。料理は得意ですよ私」
手を挙げたのはシルク。失礼しますと言ってお店の奥へ上がっていった。
「……ユイン、あんたも行きな」
「何故?」
「アタシがあんたたちの生前のことを調べなかったと思うのかい。シルクに料理はさせちゃいけない」
「……ああ。全部『焼き菓子』になるのね。面倒くさい……」
ユインも続いて入っていく。店先に残ったのは私とフランだ。
「いつものって?」
私はプラータに訊ねる。
「夜には分かる。……それにしても、ジョナサンあんた、なんだいあの
「おや、僕の噂を聞いて君も弟子を取ったのかと思ったけど違うのか」
「知らないよ。花屋の弟子? それにしちゃ華やかさが無いだろう」
「あはは……」
✡✡✡
プラータはジョナサンと話し始めた。私はなんとなく店内の花を眺めていると、フランがぼうっと立っていることに気付いた。
「どうしたの?」
訊いてみる。フランは応えず、じっと何か一点を見詰めている。そう言えばお店に入ってから大人しいような。
「……その花?」
「…………」
フランがじっと見ていた白い花。札を見ると、
「……フラン?」
「…………ちっ」
「?」
フランは憎々しげに舌打ちして、お店から出ていった。
「ちょ、フラン?」
私は直感で、彼女を追うべきと判断した。夜までに戻って来れば良いだろう。
✡✡✡
街に出るとやはり、周りの視線が刺さった。フランはものともせず進んでいき、やがて噴水のある公園に着く。適当に歩いて辿り着いたのだろう。だけど、その公園には、さっき彼女が睨んでいた花の花壇が設置されていた。
「……なんなのよ」
フランは諦めたように、備え付けのベンチに倒れるように座った。
「…………」
私はその隣に座った。フランも途中から私が追ってきていると気付いているようだった。
その時、強めの風が吹いた。私は乱れる髪を纏めようとして……。
「…………ねえ」
「なに?」
髪を耳にかけると同時にフランが口を開いた。
「膝貸して」
「えっ……うん」
人の少ない公園。子供達が数人、向こうの方で遊んでいるのみだ。
フランは私から許可を得ると、私の膝へ頭を乗せた。
「……」
「……リリー。私の大嫌いな花よ」
可愛い小さな頭を撫でようか迷っていると、フランが話し始めた。
恐らく死んでから、誰にも話したことの無かった彼女の話を。
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