1-4 裏世界の魔女の仕事

「リカルド・ケネス卿。地方貴族だ。今回の依頼主さ」


 次の日、魔女に連れてこられたのは大きなお屋敷。洋風だから、日本では無いのかな。海岸沿いの崖に建つ立派なお屋敷だ。

 因みに、移動手段は分からない。魔女の家のベッドで寝たと思ったら、起きたら屋敷が見える草原だったのだ。

 寝てる間に移動されたらしい。部屋に用意されていたネグリジェを着ていた筈が、何故か洋服に着替えている。やや落ち着いた雰囲気のブラウスと裾の長いスカートだった。


「お待ちしておりました。さあどうぞ」


 門前では大変歓迎された。やはりこの魔女は、この世界では地位が高いようだ。


「やあ、よく来てくれたねレディ:シルバー。座って座って」


 中世ヨーロッパ貴族みたいな、豪華そうな服に身を包んで現れたのはちょび髭を蓄えた壮年の男性。この人がリカルド卿。


「おや、そのお嬢さんは?」


 リカルド卿は私を見て訊ねた。


「まあアタシも、跡目くらい育てとかないとねぇ」


 魔女はソファへ座り、隣に座るよう私に促した。私はぺこりと頭を下げ、座った。


「そうかい。君もそんな歳か。確か……」

「リカルド。用件はなんだい。アタシも忙しい」

「ああ、済まない。じゃあ手短に済ませよう」


 卿の質問をわざと遮ったように見えた。魔女は何歳なのだろう?






✡✡✡






「……今度戦争があるだろう」


 リカルド卿が切り出した。戦争という単語で、その場に緊張感が張られた。


「いつでもやってるじゃないか」

「それじゃない。レディ。ニクルス教国とラウス神聖国の、お互いの堪忍袋の話さ」


 私の知らない国の名前が出る。やっぱりここは、私の知る世界では無いのだろうか。


「結論から言いな。アタシに何をして欲しい」

「戦争自体は、僕も興味は無い。ただ、娘の夫が、神聖騎士団員なんだ」

「……それで?」

「死なせないで欲しい」

「はっ!」


 真剣に語るリカルド卿の依頼を、魔女は鼻で笑った。


「馬鹿じゃないのかあんた。それで、そんな理由で、そんな依頼で。このアタシを呼びつけたのかい。恥を知りな。そんなくだらない依頼、その辺の巫女にでも祈らせりゃいいのさ」

「相手はニクルス教だ。巫女の祈りは通じないだろう?」

「じゃあ、鍛練を欠かすなと馬鹿息子に言っときな。死にたくないなら尻尾巻いて帰って来いともね」

「……そんな……頼むよ」

「帰るよギンナ。時間の無駄だった」

「レディ!」


 魔女はやれやれと立ち上がる。私は座ったまま。


「……ギンナ? どうしたんだい」

「……報酬を聞いてからでも遅くは無いのでは?」


 そう言った。だって、可哀想だ。戦争なんて危ないこと。義理の親が心配しない訳は無いもの。


「………ふん。リカルド。いくら出せるんだい」


 魔女はソファへ戻ってきて、どかっと座った。すがるようなリカルド卿は、うっと息を漏らして答えた。


「……金貨20枚だ」

「話にならないね。ギンナ、今度こそ帰るよ」


 即答だった。


「ま、待ってくれ! じゃあ25枚だ!」

「…………」


 魔女はリカルド卿ではなく、私を見ていた。これは、サインと取った。この場を制してみろという魔女からの。

 金貨の価値は、私には分からない。だけど昨日、私たちの価値を、魔女は言っていた。そこから、計算すれば……。


「……大事な、息子さんなのでしょう」

「……そうだ! だから、頼む! 君からも言ってくれ!」


 報酬の話を切り出したから、リカルド卿は私を魔女より話せると思ったのだろう。


「100枚。それ以下だと恐らく、この人は受け付けないと思います」

「なっ……! 馬鹿な! 一般人の平均年収だぞ!」

「人ひとりの命です。妥当か、寧ろ安いのでは」

「~~っ!」


 言葉を失うリカルド卿。そして魔女は、楽しそうに笑みをこぼしていた。


「分かった。100枚払う。それで良いだろう!? レディ!」

「あい分かった。承ろう。但し全額前払いだ。今すぐ寄越しな」

「くっ……!」


 リカルド卿は歯軋りしながら、金貨を用意した。






✡✡✡






「あっはっは! 楽しいね! やはり新しいことは進んでやるもんだ!」


 お屋敷を出るなり、大量の金貨を包んだ袋をぶんぶん回しながら、魔女が大笑いした。


「なんだか少し申し訳ない気も……します」


 何故だか敬語になった。目の前で、お金持ちそうな男の人に対してふんぞり返っていたからだろうか。本当に地位が高いのだと思ってしまった。いや実際……分からないけど。


「良いんだよ。どうせ、せこく集めた金だ。本来なら護衛依頼なんか、精々金貨10枚てとこだが……。まあ『銀の魔女』としては、これくらい法外な方が良い」


 最初から多く取られると踏んで、20と言ったのか、彼は。

 その5倍になるとは予想してなかっただろうに。


「初めてにしては、大したもんだね。やっぱり、あんたはこっちの才能があるよ。一番アタシに近い」

「……それは、後継者はひとり、という事ですか?」


 懸念点がある。

 もしかして、魔女は私達を競わせているのではないか、というもの。ひとりが選ばれて、残りは殺させる……とか。


「そりゃ、最初はそう思ったさ。でも4人だ。こんな奇跡はもう無い。落第者に用は無いけど、皆優秀みたいだからねぇ。4人とも魔女にするか、ひとりに『銀』を継がせて、残りは助手としても良い。まあ、追い追い考えるさ」


 私達4人は、それぞれ得意なことが違う。まず、私は魔法をひとつもできない。なのに魔女に一番近いとは、どういうことだろう。


「戦争が起きるんですか?」

「しょっちゅうだよ。あいつらは多少魔法が使えるってもんで、何かと自己顕示したがるのさ。死神は休む暇も無いだろうね」

「さっきの息子さん……ええと、ガッシュさんでしたっけ。今からその、神聖国に?」

「いや、戦争はまだ少し先さ。まあ護衛依頼も、フランとシルクにやらせれば良い。次行くよ。それと……」

「?」

「そういや不便だろう。アタシのことはプラータと呼びな。最新の偽名だ」


 真名は明かしてはならない……それ以上に、魔女としてミステリアスを演出するには、偽名は都合が良いのだろう。レディ:シルバーと呼ばれていたのは通り名だろうか。






✡✡✡






 それから数件、同じようなお屋敷を回った。ただの世間話から、さっきのような依頼まで。そしてどこか……プラータは私を知人に紹介しているような、そんな感じがした。


「あー! 疲れた! 寝る!」

「フラン。どうしたの?」


 部屋に戻ると、ほぼ同時にフランとシルクが帰ってきた。彼女らはプラータの言った通り、どこかの戦地に赴いて戦っていたようだ。


「私は15人。フランは……23人殺しました。精神的に参ってしまったのでしょう。少し、ひとりにしてあげてください」

「……え」


 そう、さらっと言うシルクに、私はたじろいだ。あまりにも、私と違う1日だったから。


「でもショックは少なそうね。単純だからかしら」


 そう言いながら入ってきたのはユイン。彼女はずっとこの家で、本を読んだりしていたらしい。


「あんたも相当タフよシルク。まさか生前も?」

「いやいや、私はただの留学生ですよ。……まあ確かに、自分が死んだからでしょうかね。人を殺すのにあまり躊躇はしませんでした。……したらこっちが危ないので。ギンナは、どうでした?」

「うーん……申し訳無いけど私は平和だったかな。お屋敷とか行って、紅茶飲んで、ぼったくって……」

「ぼ、ぼったくり?」

「……ふむ。つまり、私達は普段の魔女の仕事を、分担しているのね。楽をしたいなら後輩を育てろ……ってことかしら。強制的ってのが気に食わないけど」


 ユインがその結論に至った。どうやらプラータ宛の依頼の手紙などは、ユインが管理していたようだ。






✡✡✡






「で、どうする?」


 シャワーを浴びて、落ち着いたフランが切り出した。最初に結果を求めるのは、プラータに似ていると思う。


「皆は、『銀の魔女』の後継者として、どう?」

「うーん……」

「私はごめんだわ。なんであんな女の言いなりになって、人を殺さないといけないのよ」


 フランは口を尖らせていた。相当嫌な思いをしたようだ。そりゃ、そうだよね。殺しなんて。


「私は、別に良いわ。裏世界は面白そうだし、『銀の魔女』はお金に困らなさそうだし。第2の人生として環境は恵まれてると思う」


 ユインはもう順応しているようだった。彼女は現実的に、自分の利害を考えて行動している。その辺も、プラータみたいだ。


「私は……どっちでも。ただこのままだとフランが心配なので、反乱を起こす気にはなりませんね。起こしても無駄でしょうし」

「何よそれ。放っといてよ」

「放っとけないのが、フランの魅力ですよ」

「う……うるさい」


 シルクはどっちつかずのようだ。ただフランをからかっている様子は、少しプラータに似ている。


「ギンナ。あんたは?」

「……まだ、分からない。『銀の魔女』もそうだけど、この世界の全貌を……せめて大枠だけでも掴みたい。多分私達は、ここを出ても魔女としてやっていける。でも『銀の魔女』の地位は、あって損は無いと思う」

「……」


 私の意見で、皆が一瞬固まった。


「……えっ? 何か変なこと言った?」


 皆の顔を交互に見る私に、ユインが応えた。


「……『4人一緒』が前提なのが、あんたらしいわね日本人」

「えっ。あっ?」

「あはは。そうですね。ギンナに付いていけば、間違いないと思いますよ」

「えっ。何よそれ」


 とても恥ずかしかった。だけど、奇妙な連帯感はあったように思う。それは同じ髪、同じ瞳なだけじゃなく。


「つまり魔女とは、便利屋なのよ。私が顔。ギンナが交渉。荒事はあんたらふたり。良いチームね。魔女の強制支配が無ければ」


 ユインが皮肉っぽく言った。

 私達は……とうに人生を終えた、さ迷う魂。

 ユインは第2の人生と言っていたけど、生前のしがらみから解放された今、私達には自由がある気がした。

 そう考えると、『魔女』や『魔法』があるこの世界は、現実離れしていて、少し楽しそうにも聞こえる。


「ふん。私は気に食わないわ」

「じゃあフラン。明日は魔法無しね」

「死ぬわよ!」


 兎に角、もう少し様子を見よう。

 そう結論付けて、私達はまた眠った。

 悠長だろうか。

 でも。

 なんだかちょっと、楽しいんだもの。

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