1-3 銀魔の後継

 3日が過ぎた。この3日、私はずっと考えていた。思い出していた。思い返していた。自分の生と死について。君は死んだとか言われて何もない所に閉じ込められれば、自然とそれを考える。

 生まれた最初の記憶から、死ぬまでの記憶。16年半の人生を振り返っていた。落ち着いて考えてみると、不思議と自分の死を受け入れられた。

 そして私は、3日で完全にこの暗闇を克服していた。

 ここは坑道だった。鉄板が敷かれ、一本道で奥が果てしなく続いている。1キロほど進むと草が茂ってきて、アナウサギの巣穴と繋がり、そこから動物が出てくる。自然に侵食された坑道だ。フランは、ここで狩りをしていたのだ。一応、穴は外に繋がっているから、そこまで行けば昼か夜かの判断はできる。

 狩りの方法は、彼女の魔法だった。彼女が動物を睨み付けると、ふっと糸が切れたように動物は倒れ、絶命する。睨むだけだ。


「死神はこれで殺したわ。楽勝だったわよ」


 と、フランは語る。それはそうだろう。見るだけで相手を殺せるなんて、強すぎる。


「でもあんたらには効かないのよ。なんでかしらね」

「……殺そうとされてたのね、いつの間にか」

「いやまあ、殺す手前で止めるつもりだったから、実験よ」


 魔法。その実在は、もはや疑いようが無い。私達の意思疏通ができるようになったのも、ユインの魔法だろう。


「……私は、ただ黙っていた。死神の説明にも微動だにしなかった。だから、死を理解したか分からない死神は私に手を出せなかった。そこへ、あの魔女がやってきた」


 ユインは魔法について詳しい。それどころか、この世界についても知っているようだった。ただ口数は少なく、私達にはあまり教えてくれない。


「私は、死神とは仲良くなりましたね。それで時間切れ? になったらしく、それで」

「……シルクあんた、頭おかしいんじゃないの」


 フランが溜め息を吐いた。私もびっくりだ。可愛らしい死神と言っていたけど、まさか仲良くって……。

 私は絶対できない。


「私の魔法は『燃やす』でいいのですか?」

「……そうね。まったく、危険な魔法だわ。フランと併せて」

「あはは……」


 4人は随分、仲良くなっていた。そもそも、死ぬなと魔女が言った手前、死ぬわけにはいかない。どうあれ彼女が、私達の生殺与奪の権利を持っているのだから。何より、誰に言われようと死にたくない。


「今日が、魔女の約束の日。良い? これまでで分かったことを再度纏めるわよ」


 フランが切り出した。


「私達は、死んだ。そして、死神を退けて魔女に捕まった。共通点は『銀の眼』と魔法」

「今日まで誰も、トイレに行きませんでしたね。これも死んだ影響でしょうか」

「そのようね。もう肉体が無いのよ」


 シルクとユインが付け加える。


「問題は、魔女が、敵か、味方か」


 私達には、今、目的がない。死んでいるのだから当然だけど。……だけどそれでも、降りかかる火の粉は払い除けたい。


「でもお腹は空くわ」

「エネルギーは必要なのでしょう。魔法とかに」

「……で、魔女をどうする?」

「取り敢えずフラン。あんた扉が開いた瞬間、殺そうとしてみて。殺せたらそのまま出て自由よ。無理だったら、まあ、諦める」

「分かったわ」






✡✡✡






「おやアタシを殺す気かい」

「!?」

「っ!」


 魔女の声が坑道に響いた、扉は開かれていない。むしろその背後。


「……ちょ……」


 黒いローブ、つば付きとんがり帽子。指には大量の宝石が付いて、帽子にも綺麗な装飾がされている。

 魔女は坑道の奥からやってきた。


「ま、魔女! なんで奥から……」

「んー?」

「そ、そうよ! 奥は行き止まりよ! 調べたんだから!」


 フランが叫ぶ。そうだ。目が慣れてから、私も奥を調べた。ドームのような開けた空間があり、そこに動物も棲んでいる。だけどどこにも、人が通れるような出口は無かったのに。


「ふむ。『扉から来る筈』という固定観念。要らないね。そんな常識、捨てちまいな」


 魔女はあごを撫でて、踵を返した。


「付いてきな。時間だよ」

「……」


 ずんずんと奥へ進む魔女。私はフランへ小声で訊ねた。


「魔法は?」

「……効かないのよ。予想してたけど」


 私達は、付いていくしかなかった。






✡✡✡






「さあ出な。……うん。綺麗になったじゃないか、ねぇ」


 光が差した。そこは、部屋だった。欧風と言うのか、煙突へ繋がるような暖炉があって、木製のテーブル、椅子……外国のホームドラマに出てきそうな、そんな、部屋だった。


「……え?」


 私達はお互いを見た。暗闇の『銀の眼』からじゃなくて、光の元で。

 フラン。綺麗な長い銀髪に銀色の瞳。本当に人形みたいだ。

 シルク。短い銀髪に銀色の瞳。……え?

 ユイン。銀髪に……銀色の、瞳。

 彼女らは、暗闇で見たものと全く変わらない色をしていた。坑道で話し合ったように金髪だったり、眼が青かったりはしていない。


「……」


 それに、身体。皆裸だから、尚更よく見える。

 あんな汚い坑道に居たのに、泥も傷も汚れも無い。まるでお風呂から上がったような、とても綺麗な身体だ。白人のふたりは特に。

 私も自分の身体を確かめる。……何も、どこも汚れてない。


「取り敢えず、羽織りな」

「……」


 魔女は4人分の毛布を寄越した。それぞれ自分の身をそれでくるむ。


「さて並びな。自己紹介だよ、さあ」


 そして魔女は、帽子を脱いでテーブルに投げ、椅子にどかっと座って催促した。見た目は若い女性だけど、喋り方はおばさんみたいだ。

 そして、魔女も銀髪で、銀色の瞳をしていた。


「……シルクです」

「……フランよ」

「ユイン」


 たまたま端に居たシルクから、順番に名乗る。私の番で、魔女が『んっ』と顎で促した。


「……ギンナ」


 終わると、魔女はくつくつと笑いを堪えるような仕草を取った。


「ふふ……シルク、フランに、ユインとギンナね。良いね、そうだ。『真名』は名乗らない方が良い。古い慣習だけどね。ユインの入れ知恵かい?」

「……」


 ユインは黙ったまま。


「アタシは『銀色の魔女』『銀の魔女』……『銀髪の魔女』。まあ呼び方は固定してないが……そんなとこさね。同じような意味だ」

「……説明しなさい」

「ん?」


 名乗った(と言えるか分からないか)魔女に、フランが詰問する。


「状況を説明しなさい。私達に理解できるように。この首輪と腕輪は何よ。この、魔女」


 それに、魔女は声を挙げて笑った。


「あっはっは。威勢が良いじゃないか、フラン。慌てなくても、これからするさ、説明は」


 魔女は私達をソファに座らせた。


「紅茶でも飲むかい」


 と、テーブルに手をやると、4人分のティーカップが現れた。魔法か。すごい……。


「アタシは結論から言う性分でね。あんたらは、アタシの後継として連れてきたのさ」

「!」


 予想はしてた。じゃあ、魔女は味方と見て良いのだろうか。


「ユイン。……は、面白くないか。ギンナ、説明しな」

「えっ」


 話を振られた。フランが私を睨む。


「知ってたの?」

「いや知らないよ。でも今ので、分かったことは多い」


 弁解しつつ、予想を語る。


「……魔女は元人間。銀の魔女は襲名制。適性は……『銀の眼と髪』……死神のゲームに勝った時に変化?」

「ほう。良い線行くね」


 魔女は楽しそうにあごを撫でた。


「あの死神どもはね。殆ど嘘を吐いている。時間制限も無いし説明とか理解とか、必要ない。死人はただ殺せば良い。だけど、奴らは人間の『魂の色』を引き出すために、あらゆる手段を用いる」

「魂の色?」

「色によって、給料が変わる。拘らない死神はとっとと殺すが、上を目指す死神は、あの手この手で死人の感情を出させようとする」

「……銀は魔除けの色。……特別」


 ユインが呟いた。


「そうさ。あんたにはちょっとだけ教えたっけねユイン。銀色になる魂はとても珍しい。1日で、世界で何人死ぬと思う? 約15~16万人だ。その中で、銀色はね……100年にひとりだ。単純計算でも約55億人にひとり。それがあんたたちの稀少価値さ。金貨にすると1万枚だ。平均年収の100倍だよ」

「……!」

「でも、4人居ますよ?」


 年収の100倍という言葉に皆が驚く中、シルクが訊ねる。


「ああそうさ。だから奇跡なんだ。同時期に、同年代で、4人だ。こんなチャンス2度と無い」


 魔女は嬉しそうだ。


「で、『銀の魔女』ってなんなのよ」


 フランが、結局どうしたいのかと催促する。


「まあ、今語るより実際見た方が早いね。明日から、修行に入ってもらう。フランとシルクはひたすら魔法の特訓だ。殺しの依頼はもう全部あんたたちに回すからね。しっかりやりな」

「えっ!?」

「ユインは勉強だ。裏世界の知識と情報をとにかく詰め込むんだよ」

「……」


 フランとシルクは驚いた声を挙げ、ユインは黙って魔女を睨み付けた。そして最後に、魔女は私を見た。


「ギンナは社会勉強だ。アタシに付いて来な」

「えっ」

「首輪と腕輪については……。勝手に予想しな」






✡✡✡






「なんなのよ、どういうことよ!」


 説明が終わり、今度は寝室へ閉じ込められた。4人分のベッドがあり、その他化粧台や、シャワールームなど、まるでホテルのようだ。あの坑道とは180度違う対応。


「意味が分からないわ! 殺し!? 出来るわけないじゃない!」


 そして、フランがずっと憤慨している。


「……いや、できそうよ。あんたなら」


 ユインがぼそっと呟く。


「それになによこれ! 髪が……銀色じゃない! 私の、美しい金髪ブロンドをどうしたのよあの女ぁ!」


 化粧台の鏡を見て、わしゃわしゃと髪を掻き乱す。どうやら生まれつきのブロンドに拘りを持っていたようだ。


「まあまあ落ち着いて。『銀の魔女』の後継なんですから、銀色は仕方ないのでしょう」

「そんなんなりたいって誰が言ったのよ!」


 シルクが宥めるが、効果は無いようだ。


「ギンナ。他にはある?」


 ぎゃーぎゃー叫ぶフランを他所に、ユインが訊いてきた。私は銀の魔女についての考えを口に出す。


「……『裏世界』と言っていた。魔女は複数居るんだ。そして『銀の魔女』は、死神の組織に顔が利いて、下っ派の仕事に口出し出来る程度の権力がある。裏世界では結構高い地位なんじゃないかな」

「そうね。あの身なりからしても、良い暮らしはしてそう」

「稀少価値とも言っていた。裏世界で珍しいことは、得な事かも」

「確かに。……殺しの依頼ってことは、他にも依頼はある。何かパワーバランスの調整役でもやってそうね」

「うん。まだ全貌が分からないけど、取り敢えずは……」


 私はユインと顔を見合わせ、お互いに頷いた。


「……何よ」


 その様子を見たフランは暴れるのを止める。






✡✡✡






「はぁぁぁぁー。生き残ったぁぁ……」


 私とユインは、もう気を抜いても良いと判断し、ベッドに倒れ込んだ。最悪、魔女に食べられる予想もしていたのだ。首輪と腕輪のせいで。


「?」


 首を傾げるシルクとフラン。


「取り敢えずは、危険は無いわ。ゆっくり、柔らかいベッドで寝ましょう。今日考えることは全部考えた。あ、シャワーの順番どうする?」

「えっ。ちょっ。……危険って、私達は明日から……」

「まあ大丈夫よ。人を殺すとは言ってないし、そうだとしても見るだけで良いのだから。それよりも『銀の魔女』の庇護があるもの。安全よ」

「ふーむ。……まあ考え込むだけ無駄と言ったところですかね」

「そうよシルク。とにかく疲れを癒しましょう」

「むむむ……納得できないけど、良いわ。シャワーは私が一番よ。だって、私が一番頑張ったもの」

「ええどうぞ、お嬢様」

「うるさいっ」

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