1-2 浄化~8つの銀の眼
「さあ入りな」
「きゃ……!」
私は埃臭い、真っ暗な部屋(物置?)に投げ込まれた。身ぐるみは全て剥がされ、首と腕に輪っかを付けられて。
ここはどこなのか。全く分からない。私はあの教室から出て、一体どこに連れてこられたのか。この……。
「ほほう。可愛い声してるじゃないか、ねえ。4日。待つんだよ。そしたら迎えに来る。その間、ひとりも死ぬんじゃないよ。ひとりもね」
この魔女(?)に。
✡✡✡
「……」
さて。
真っ暗だ。何も見えない。床は冷たい。だけど、よっぽどマシだ。死なないなら。
ちょっと胸がすっとしていた。畔川の。最後、悔しそうな顔を見た。すこし気が晴れた。
「コンニチハ?」
「っ!?」
ふと背後から……いやどこからは分からないけど……声がした。女の子の声だ。
疑問系で、挨拶をされた。……ような。
「誰?」
訊き返す。
「アーワタシ、アー……Silviaデス」
「……!?」
カタコト。外国人? しる……シルビア?
「こ、こんにちは……?」
恐る恐る答える。そういえば、あの魔女の人は『ひとりも死ぬんじゃないよ』と言っていた。最初から、ここには誰か居たんだ。
「ヨカタ。ニポンジン。アナタナマエ、ハ? ナニデスカ?」
「私は銀条杏菜」
「ギン……ジョアンナ?」
「あんな」
「Anna!」
シルビアの声から察するに、彼女は私と同じくらいの歳だろうか。彼女もここへ、魔女に連れてこられたのか。
魔女が閉じた扉を背に、座る。やはり開きはしない。死んでから、閉じ込められてばかりだ。
「ワタシ、留学、シニマシタ」
「……日本に留学中死んだのね」
留学という言葉だけ流暢だった。どうでもいいけど。
「ソーデス!」
「で、死神を殺した?」
「シニガミ……殺す……。アー……Angel of Death? ノコトデスカ?」
エンジェルオブデス……死の天使。
ああそうか、キリスト教は一神教だから、死『神』という概念が無いんだ。へぇ、漫画では『グリムリーパー』がメジャーだけど、こんな言い方もするんだ。
シニガミというフレーズから死神に辿り着いたのは凄いかも。この子賢い。
「No……アンナカワイイgirl、殺すマセン。ニゲマス」
「……やっぱり、死神は複数居る組織」
「Wow!」
そして、逃げ切ることで成仏は免れる。予想は8割当たってるかな。
そして、『殺す』も流暢だ。この子。
「ワタシ、フツカココニイマス。キョウマデ、Annaノホカニ、フタリ、キマス」
「合わせて4人?」
「Yes!」
魔女は何か、私を特別なように言っていた。日本からは珍しいとも。
何か特別な子達が集められている……?
「ヒトリ、Francois、オクイキマス。イマ分かりません」
分かりません、が流暢だ。いやどうでもいいけど。……フランソワ? が奥へ進んでいったのか。この空間は、結構広いっぽい。
「モヒトリ、Englishとニホンゴ分かりません。ネマスシテマス」
「英語圏じゃない子が居る……寝てる?」
「シッ。……ネイキ」
静かにする。すると、すぅすぅと寝息が聞こえてきた。そういえば今は何時だろう。腕時計、魔女に剥ぎ取られてしまった。あれ光るからあれば便利だったんだけど。
「……2日ここに居るって……食べ物は?」
「Francois、トッテマス。オク、ケモノイマス。水はアッチ、湧いてます」
「獣? 獲る?」
「Yes! Francois、トテモヤサシ」
「……どうやって捕まえるのよ。こんな真っ暗で。獲れても調理も出来ないわ。火も無いし……そもそも動物なんて。水も湧いてるって……衛生的にそれ」
「Anna」
「?」
「Silver eyes、アー……『ギンノメ』、トテモベンリ」
「しるば……何? 銀の……銀の眼?」
「Yes! 共通点。ワタシタチ、ミナ『ギンノメ』!」
共通点……。
銀の眼? 何のことかしら。
「Annaもソーデス。ワタシミエマス。Francoisも、ネマスヒトも、ミナ『ギンノメ』!」
「見える……って、だから真っ暗だって……」
「ジキナレマス。『ギンノメ』、コーゲンナクテモミエマス」
シルビアは、ギンノメ、ギンノメと連呼していた。意味不明だけど……いや。意味不明で終わらせたら駄目だ。
彼女らは共通点として『銀の眼』なるものを持っていて、それにより、この真っ暗闇でも見えている。それは私にもあると、シルビアは言う。
それが、魔女の言う特別……?
✡✡✡
「
「!」
シルビアとは別の英語が聞こえた。また女の子の声だ。
「Francois!
そして、喜びの声を挙げるシルビア。
「Anna! Francoisデス! キョウハウサギニクデス!」
「……うさぎ?」
フランソワが、うさぎを獲ってきたのだろうか。
「
「OK!
「……
✡✡✡
ふたりで何を話したのかは分からないけど、シルビアが説明してくれた。
「Francoisニカンシャシマス、Anna」
「……せ、センキュー……?」
ふん、とフランソワが鼻を鳴らしたのが分かった。
「……
「!」
と、そこでもうひとりの子が起きたようだ。『ハオ』って聴こえた……中国語?
「アッ! モヒトリネマスヒト。ウサギニクデス」
何故日本語で話し掛けるのか、シルビア。
「……
「……きゃ!」
何かに触られた。……誰かの手? 小さい。
引っ張られた。
「
「エッ!? ……OK. Francois,Come on!」
「What's?」
そう言って(意味は分からないけど)、4人の息遣いが近くなった。中国語の子は、私達を集めたようだ。
✡✡✡
一瞬の静寂の後。
頭が爆発した。
「!!? ぎっ……! ああああ!」
そんな、衝撃と、後から来る激痛。私はその場を転がり回った。
「がはっ! ……げほっ! ……はぁ……っ。ああっ!」
「いでででててたたた! なん、ですかこれぇぇ!」
「!?」
日本語!? 私以外の……?
「ちょっ……何すんのよ! このチャイナ! 痛たた……!」
「えっ!」
フランソワ? の可愛い声で、日本語。
「……うるさいわよ。じゃ永遠に会話できなかった方が良かった?」
「……!?」
私以外に日本語を話す声が……3つ現れた。しかも、その声はそれまで日本語じゃなかった声だ。
「……通じる。会話が?」
「あれ? ……あなた、英語喋れたんですか?」
フランソワ? と、シルビア? が日本語で、中国人の子へ問い詰める。
本当に、何が起きた?
「……うるさい。良いから、その兎肉を早く寄越しなさい。起きてすぐ使ったから、お腹空いたわ」
「な、何したの? あなた……」
「……新入り。日本人ね。神秘の国出身の癖に、何も知らないの?」
「えっ?」
✡✡✡
「ほら、焼けましたよ」
「ええありがとう。シルビアと……フランソワ?」
「……ふんっ」
信じられないことに。
私の眼は、この暗闇に慣れてきていた。全く明かりが無いというのに、ぼんやりと周りが視認できる。暗視カメラのように、白黒で。
ほら、と捌いて焼いた兎肉を分けてくれたフランソワは、腰まで届くかという長い髪をしていた。身長は私より低い。小さくて、まるで人形のように可愛らしい。だけど今は、不機嫌に舌打ちをしていた。
「いや、信じられませんね。こんなことがあるなんて」
そう言いながら兎肉を取るのはシルビア。ショートヘアで、大人びた印象だった。兎を焼いたのは彼女だ。火も煙も立たなかったけど、確かに熱いし、焼けている。食べられる。どうなっているのか。
「……すでに信じられない世界へ来ているのに、今更ね。『銀の眼』の存在で、少しでも気付いていたのはフランソワくらいね」
無愛想に、もしゃもしゃと頬張るのは、さっき奇跡を起こした本人。前髪を短くぱっつんにした、私と同じくらいの背格好の女の子だ。
「……で、あんた名前は?」
フランソワがどかっと座り、中国人の子に訊ねた。
「……ここでは本名は捨てた方が良いわ」
「はあ? なんで?」
突っ掛かるフランソワ。
「まだ分からないの? あんたが兎を仕留められたのは何故? 刃物も無いのに捌けたのは? 火もないのに焼けたのは? ……私達を閉じ込めたのは?」
「……魔法?」
「良いわね。良い発想よ、日本人」
私が呟くと、彼女がそれを拾った。
「あの銀色女は『魔女』で違いないわ。だから、『魔法』は存在する。だとするなら、『名前』なんてのは、一番の弱点になり得る」
「何言ってんのよあんた。名前が弱点?」
フランソワは分からない様子だ。だけど、私には心当たりがあった。
「……『呪い』もある。『言霊』、とかも?」
「正解。さすが神秘の国」
「……?? どういうことですか?」
「いや、私も詳しくないけど……」
シルビアが首を傾げた。
「名前は、最も根源的で、最大の『呪い』なのよ。『そうあれ』という、名付け親からの最初の呪い。とても強力な呪い。その根っこを、敵に悟られてはいけない。だから自分で、違う『呪い』を自分に掛けるの」
「……で、結局あんたはなんて呼べば良いのよ」
フランソワが苛立ちを見せる。
「……『ユイン』。呼びたいならどうぞ」
「ユイン……」
「じゃあ、私達も名前、決めましょうか」
「はあ? なんで?」
提案したシルビアに、反抗するフランソワ。
「今、情報において優位であるユインの言うことは、正しいと判断するべきです。死神や魔女なんていう超常の存在を知った今、全てを疑うべき。予想以上の状況を考えるべき。そして、恐らく私達4人は唯一の仲間と見るべき。です」
「……」
フランソワは黙った。私もシルビアと同じだ。魔女はひとりも死ぬなと言った。だからユインは、私達に名前のことを教えてくれたんだ。
「……では私は、『シルク』で」
「なにそれ?」
「いや、シルビアからもじって、昔髪が絹のように綺麗だと褒められたことを思い出しました」
「へぇ……良かったわね」
「フランソワは?」
「……私は……別に。『フラン』で良いわよ」
フランソワ……いやフランは、まだユインを信用していないようだ。
「じゃあアンナは? どうしますか?」
「私は……」
「ギンジョウアンナ……って長いわよね。略して『ギンナ』は?」
「えっ」
「いいですね。ギンナ。かっこいい」
「じゃあギンナ。よろしくね」
「ね。ギンナ」
「えっえっ。……ちょ……」
✡✡✡
こうして、私達は知り合った。温厚でお姉さんなシルク。普段ツンツンしながら皆の分も狩りをしてくれる、優しいフラン。ミステリアスで、何かを知ってる風なユイン。
もはや初めに言っていた現実だか日常だかは、私の目の前には存在しなかった。
非現実で良いじゃないか。非日常でも。私はもう、死んでいるんだから。
まさしく、物理的に『現実』から『逃避』したのだ。畔川凌平。私は彼に、謝らなければならないかもしれない。
……いや、良いか。もう会わないだろうし。
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