銀色の魔女見習い
弓チョコ
Chapter-1 URASEKAI
1-1 Just awake〜銀条杏菜の目覚め
人は死んだらどうなるのか?
それは死んでみないと分からない。だって人から話を聞こうにも、『死んだことのある人』はこの世に存在しないのだから。
でも私は。
この『死』について。知ってはいるけど、実感は無かった。そりゃそうだよ。まだ16歳で。おじいちゃんおばあちゃんも元気で。全然、身近じゃない。想像もできない。無意識に、親も友達も皆、ずっと生きているものだと思ってるような年頃だ。『死』なんて非現実で非日常だ。
「
「!」
目が覚めた時。『昨夜いつどのタイミングで寝たか』を思い出せないように。起きた時にようやく、『私は寝ていたのだ』と自覚するように。
私の名前が呼ばれた。私は眠っていたのか。
「……ん」
一度起きたら、もう数秒で状況が思い出される。この感触と匂いは、学校の机だ。今日は金曜日だから、いつも寝るタイミングとして、5時間目の社会だ。終わった所かな? 移動教室だから、今周りが静かなのはもう皆教室から出ちゃった訳だ。
「君は『学校』が好きなのか」
「……へ?」
誰かが話し掛けてきてる。さっきから。男子だ。誰だ? 声質的に……ええと。
「…………誰?」
やや左向きの斜め前へ顔を上げる。私の席は廊下側の3列目だから、声のする教壇の方向へ。すると学ランを着た男子が居るんだけど、知らない子だった。
正直他のクラスにはまだ知らない子も居るだろうし、それ自体は驚かないけど。どうして私に話しかけてきたのだろうか。
「僕は
彼は、真っ黒の髪を短く切ってさらさらと流している。ワックスとか全く付けてなさそう。ヤンチャボーズ君たちのグループじゃなさそうかな。よく見るとちょっと可愛い顔だ。まだ幼さの残るような……後輩君だったりするのかな。
背は高くない。160ジャストの私より少し高いくらいかな。まあ男子は今からでも伸びるもんね。
「……畔川、くん。……しにが……え?」
穏やかに。『僕』なんて一人称だから、優しそうな印象だ。いつからか男子は皆『俺』『俺』言い出したもんね。私の小学校じゃ四年生まで『俺』禁止だったなあ。
まだ、私の頭は回ってない。彼が今なんて自己紹介したか。
「なんて?」
「死神だよ。肉体を失って、行き場も失った魂を刈るんだ。現世に悪影響を及ぼさない為にね」
「………………何かの漫画?」
漫画は好きだ。アニメも。最近はラノベ? というのが流行り始めてる。ケータイで、メモに打った小説を投稿できるサイトがあって。誰でも小説家になれるんだって。それはあんまり詳しくないけど、彼も、そういう『オタク』なんだろうか。
まあ確かに、制服も着崩してないし、ワックスもしてないし。運動部でも無さそう。偏見かもしれないけど、別にオタクだって良いと思うよ。
「君は、今自分が生きていると思う?」
「え?」
段々。意識が鮮明になってきて。
徐々に、『眠る前』の記憶を探り始めて。
違和感が芽生える。
今日はもう、授業は終わった筈だ。階段を降りて、下駄箱へ向かって。靴を履き替えた記憶もある。これは昨日じゃない。確実に今日だ。
「……あれ、なにこれ」
ふと黒板の上に付けられた時計を見る。針は動いていない。時刻は17時22分。
窓から景色を見る。いつもの見慣れた景色だ。グランドと、フェンスと、道と街と。
……どこも部活動をしていない。誰も通らない。何も聴こえない。雲も夕焼けも、ひとつも動いていない。
「……え」
怖くなった。何も理解できないまま、『何かおかしい』ことが起きていると判断して。咄嗟にぎゅ、と胸に手を持ってきて。
「――――!!」
自分の心臓の音が全く聴こえないことに気付く。
「思い出してきたかい」
「……! な……! ぅ」
言葉にならない恐怖が全身を覆う。だけど。息は切れない。動悸もしない。意味が、分からない。
「――っ!」
過ぎった光景があった。
横断歩道だ。
赤かった。夕焼けじゃない。違う。
目が、血で染まったんだ。それほどの強い衝撃だったんだ。
ああ。
「……ああ……!」
最後の景色は。
自分の腕やら何やらが身体から取れていく光景だった。真っ青にして驚いた買い物帰りのおばさんの顔と。真っ赤な空と。
「私……わた……っ。死……っ!」
心は、認めたくない。何かの間違いだと思いたい。けど。
私の頭は。冷静に告げていた。
「死んだの……っ!?」
「そうさ」
あっけなく、畔川凌平に肯定されて。次の言葉は出てこなかった。
「凄いね。普通、中々認めないもんだよ。だから苦労する。僕に怒りをぶつけてくる人も居るから」
「…………!」
ひどく落ち着いて、冷静な畔川が居るから。私の動揺も、私の気分と裏腹に落ち着いてくる。
思い出してしまった。痛かった。苦しかった。そうだ。轢かれた後、数分はまだ生きていたと思う。気持ち悪い。まさか。ネットサーフィンしている時にうっかり見ちゃってすぐ消したような『もの』に、私がなるなんて。
「…………ぅ!」
何で。どうしてこんなにはっきりと思い出すんだろう。寝ていれば、『いつ寝たか』思い出せないのに。死んだ瞬間はこんなにも、鮮やかに。
「………………っ」
しばらく動けなかった。頭が壊れていた。いや、私の『頭』はもう潰れている筈。なら今の私はなんなのか。心臓は無い。ならもう『肉体』は無い。つまりこれは、魂なのか?
「……」
✡✡✡
どれくらい頭を抱えていただろうか。時計を見たところで、『私が死んだ時刻』からぴくりとも動こうとしない。
「……『しにがみ』?」
私は。考えたくもないのに。そんな気分じゃないのに。
私の頭に、『冷静な私』が居て。『現状』と『これからどうなるか』を考え始める。いずれ気持ちの整理が付いた時に疑問に思うだろうことを、今から既に考え始めている。
それが不意に口から出た。畔川を見る。彼は私を見ている。目が合う。真っ黒い目。何を考えているか分からない目だ。
「私は、今……『魂』で。それを、刈るの? あなた」
「そうさ。凄いな。もうそこまで到れるのか。君は賢いんだな」
「…………」
彼は死神だと自己紹介した。魂を刈るとも言っていた。
普通に聞けば盲言だ。世迷い言だ。思春期特有のやつだ。けど。
今、私は死んでいて、魂の状態である。これはもう、理解してしまっている。ならば、彼の話にも信憑性が出てきてしまう。
「もう一度、私を殺すの?」
「そうさ。死者の魂を放っておけば現世に悪影響が出る。それを防ぐのが僕ら死神の仕事なんだよ」
「やだ……」
「だろうね。君は既に一度『死』を経験してる。今からもう一度、なんて。そりゃあ嫌だろうね」
だけど、と。
畔川は、そこで教壇から降りて。私の席の前まで歩いてきた。
「いつもは皆半狂乱になったりするから『刈りやすい』んだけど。君は随分と冷静だ。僕も心苦しいよ」
「嫌……っ」
ガタガタと、転びながらも這いずって逃げる。死ぬなんて絶対嫌だ。ここから死ねば、次はどうなるのか。そんなの考えたくない。
「もう痛みや苦しみは無いよ。完全に『無』になるから」
「嫌だぁっ!」
死にたいと思う訳ない。生きて、楽しく。幸せに暮らしたいのが当たり前だ。私はそう思う。
「…………!? なんでっ!?」
ドアを開けようとする。けど開かない。ぴくりとも動かない。
「開かないよ。というより『ここ』が君の『狭間の世界』だから、今見えている『ここ』より外は空間が『存在してない』」
「わあああっ!」
窓も触る。開かない。鍵が動かない。椅子を持ってガラスを割ろうとする。割れない。椅子はガンと音を立てて、窓ガラスから跳ね返って転がった。ガラスに傷はひとつも無い。
「やだ……お願い。助けて……」
振り向く。畔川はもうそこまで来てる。けど、私はもう諦めていた。諦めている自分が居た。命乞いをした所で、意味が無い相手だと分かる。だって。
『僕ら死神』と言った。つまり死神は彼だけじゃなくて複数いる組織で。仕事というのならこの『魂刈り』は業務で。成績があって評価がある。現世に悪影響なんてことがあるなら、なおさら逃がす訳にはいかない筈。
詰んでる。
「命乞いはまあ、よく見るよ。意味ないけど。僕はもう随分と長い間死神をしてる。君は賢いから、少しヒヤッとしたけどね」
「……!」
私の中に居る私は。要らない所で冷静になる嫌な所もあるけど。
今、こんな状況でも。『冷静に分析できる』のが、強みだ。私は慌てて恐怖で固まってぷるぷると震えているけれど。
頭の隅っこだけ、冴えている。ずっと、死ぬまで考えている。本当に終わるその時まで。
ああ、そうか。だから、覚えていたんだ。最後の瞬間まで。記憶してるんだ。ずっと、頭を動かしていたから。
眠る時は何も考えていないから、忘れちゃうんだ。
「つまり、『現世に悪影響』を与えなければ良い。でしょう!?」
「ん」
私が生き残る道。私が刈られない『正当性』を説く。これまでの話を思い出して。畔川から、今からでも。情報を引き摺り出す。
「くっ畔川、君!」
「呼び捨てで良いよ」
「畔川、あなた、死神って……『元死者』じゃないの!?」
「! おっ」
ここは、『私の狭間の世界』らしい。なら、この教室は私の記憶の中の教室だ。つまり、私の心が映し出されてる、感じだ。学校が好きなのかと訊いてきた。あれはそういうことだ。『狭間の世界』は、死ねば誰でも通過する空間で。個人によって違う見た目をしてる。私の場合は、いつもの教室だった。
「あなたも人間じゃないでしょ? 随分と長い間死神、って。『ここ』に居るってことは、あなたも肉体の無い、『魂』の存在じゃない!」
「…………へぇ」
必死に、次の言葉を考える。途切れたらそこで殺される気がして。なんとか、紡ぐ。死にたくない。
畔川の反応は、ちょっと笑ってる。興味深そうに。多分、合ってる。私の推測。
「なら、私もやる! 死神! 仲間に入れて! 死にたくないの!」
「………………ふむ」
今、ぱっと思い付いたのはこれだった。これしかない。畔川も、顎を触って考える素振りをしている。
考えろ。考えろ!
「殺さずに、私が目覚めるまで待ってた! それって、仲間になる可能性もあったからじゃないの!?」
「……そこまで到れるなら、まあ合格と言っても良いかも――」
✡✡✡
「――待った。その子はアタシの獲物だよ」
「!?」
畔川が頷いて、折れるかと思った瞬間。また、私の頭は壊れた。
私と畔川との間に、『誰か』現れた。
「……! お前……っ!」
「ふふん。邪魔するよ。死神」
その『女性』は。
黒い帽子。大きな大きなつばのある、絵本に出てくる魔女のような帽子と、同じく黒いロングドレス。露出は多い。真っ白の綺麗な肌。
ギロリとこちらを向いた瞳は鋭く『銀色』で。
漫画キャラみたいに長い髪も、染めてない自然な、輝く艶のある『銀色』。
赤い口紅。口角はつり上がって。……シワもシミも無い綺麗な肌。20代、半ばくらい……?
「おい『魔女』。これは僕の仕事だぞ」
「いいや。お前たちのボスには話を通してあるよ。確認してみな。『銀の眼』が現れたら、アタシに寄越すってね」
「そんな馬鹿な! 横暴だ!」
女性は畔川と口論になる。慌てた様子で抗議する彼に、笑いながら躱す女性。力関係は、女性が上みたいだ。そう見える。
「横暴結構。それが『魔女』さ。ねえ。さあ。こっちへ来な。あんたを『助けて』やるよ」
「…………えっ」
手を、差し伸べられた。白く細い腕。私は身体が反射的に。動きながら、警戒しながらも『畔川よりマシ』と思いながら。
「日本からは珍しいけどねえ」
その手を取った。
取ってしまった。
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