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その日、私は授業支援業務のため、いつものように先生が講義をする教室に入り……呆然とする。
そこには誰もいなかった。
「……嘘」
良く見ると、黒板に何か書いてある。
"304室に教室変更"
……聞いてないよ!
私は慌てて304室に向かった。
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「……ごめん! 本当にごめん!」
院生室。講義終了後、先生は私に向かって頭を下げっぱなしだった。
「本当に、他意はなかった。ただ単に、君に伝えるのを忘れていただけなんだ。だから……本当にごめん……」
「……ねえ、先生」
これはいい機会だ、と私は思った。今までこんなことは一度もなかった。やはりどう考えても先生はどこかおかしい。この際、私の心の中でもやもやしていることを、一気にぶつけてしまおう。
「先生、最近おかしいですよ」
私がそう言うと、
「!」
先生は明らかにギクリとしたようだった。構わず私は続ける。
「だって……ここんとこ、私と話する機会、随分減りましたよね? なんか私……避けられてるような気がするんですが……たぶん今回の行き違いも、それが原因じゃないんですか? 先生……私、何かしましたか? 何か問題があるのなら……遠慮なく、言ってください」
「……」
黙り込んだまま、先生は辛そうな顔でうつむいている。それでも私は先生の言葉を待った。
やがて。
「……君も、そう思うのか」
ポツリと呟くように、先生は言った。
「え?」
「やはり、僕は……おかしいよな。そうなんだよ。君には何の問題もない。おかしいのは……僕なんだ」
「え、ええ? どういうことですか?」
私がそう言うと、先生はまた黙り込んでしまう。
でも、しばらくしてから先生は、心を決めたように顔を上げた。
「君にだけはね……言いたくなかったんだ。だけど……実際に弊害が出てきてしまった。しょうがない。白状するよ」
そう言って、先生は私を真っ直ぐ見つめる。
「ここ最近、夜中に一人で研究室にいると君の気配を感じるんだ。まず、君の付けている香水の匂い……君がいないのに、ずっとその匂いがしているんだよ。移り香、残り香にしてはかなり長時間だし……君だって移り香がするほど大量に香水付けてるわけじゃないよね?」
確かに私はいつもフローラルな香りのフレグランスを付けている。でもそれは、オードトワレだ。せいぜい3時間ほどしか匂わない。それに、研究で実験をする日は、
私がうなずいたのを見て、先生は話を続ける。
「しかも……それだけじゃないんだ。どうもね、君の声も小さく聞こえてくるんだよ。なんて言ってるのかは良く分からないんだけど、とても小さな声で……でも、どうしても君の声に聞こえる。そこには誰もいないのに」
「……」
思わず鳥肌が立った。それって、心霊現象?
「それでね、僕も自分がおかしくなってしまったんじゃないか、と思って、精神科に行ったんだよ。それで診てもらったんだけど……特に異常はない、ってことだった。だったらこの症状は一体何なんだ、って精神科の先生に聞いたら……とてもショックなことを言われてしまってね……」
「な、何を言われたんですか?」
私はツバをゴクリと飲み込む。
先生は言いづらそうにしばらくうつむいていたが、やがて、観念したかのように、言った。
「……それ、恋の病じゃないですか、ってね、言われたんだ……」
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