3

 うちの研究室にはランちゃんも含めて様々な種類の蘭がたくさんある。一度先生にその理由を聞いたのだが、その時先生はこう答えてくれた。


「別にとりわけ蘭が好きってわけでもないんだけど、蘭という植物はね、一説によれば被子植物の進化の頂点と言われてるんだ。動物で言えば人間みたいなものだ。だからかな」


「へえ、そうなんですね」私が相づちを打つと、


「だけどさ、香織君」先生は何故か、自嘲めいた笑顔になる。「実際のところ、進化って何なんだろうな。人間は本当に進化の頂点にいるのかな。君はエドモンド・ハミルトンの『反対進化Devolution』ってSF、読んだことある?」


「いえ」


「その昔、進化した宇宙人が地球にやってきたんだけど、それは単細胞生物だったんだ。で、何億年も経ってその宇宙人の仲間がまた地球に来てみたら、地球にいたはずの宇宙人はみな、単細胞生物時代に備えていた高度に洗練された精神性を完全に失い、戦争で互いを殺し合うような、人間という醜い生き物に『反対進化』していた、という話さ」


「……」


「人間なんてさ、動物の進化の頂点、万物の霊長なんて言ってるけど、自分の都合で簡単に裏切ったりするし、持たざる者は持てる者に嫉妬したりもするし、醜い存在だよな。植物はその点、滅多に裏切ったりしない。手をかければ手をかけるほど成長してくれるし。それなのに僕ら人間は……なんて歌を作ってた人間がそもそも覚醒剤で捕まったりしたからな。ホント、人間ってのはつくづくどうしようもない存在だよ」


 その時の私は、先生が少し自分のプライヴェートについて語ってくれた気がして、素直に嬉しかった。だけど……同時に私は、かつて先生が負った心の傷はかなり深かったのだ、とも悟った。


---

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る