語らなくていいよ
白部令士
語らなくていいよ
酒場『安酒と拳骨』亭。値段にしては旨い酒と、値段通りの料理を出す店として知られており、二階は簡易宿泊所になっている。客の入りは悪くないが、正直、懐が温かそうに見える者は少なかった。
三つある個室の一室で、女戦士とドワーフが卓を挟んで向かい合って座っていた。直刀を傍らに置いた女戦士は、髪の一房を編み、そこに
「どうしたものかな」
と、女戦士――ゾマニィ。
「どうしたものかの」
と、ドワーフ――ゴイングード。同じく、陶坏の地酒を呷る。
お互いに瓶の地酒を注ぎ合った。その、オークの横顔を模した商標が張ってある地酒は、取り敢えず五本注文している。
ゾマニィが、手早く陶坏を空けた。自分で注いではまた空ける。そして、また注ぐという繰り返し。
――地酒の瓶と陶坏、水の杯の他、卓上には、奇妙なつまみが置かれていた。
それは、一振りの銀の短刀。数日前、ゾマニィがゴブリン共から得た戦利品だった。
「余計なことをしたものだ。全く。自分のしたことながら呆れるぞ」
唸ったゾマニィの眼が据わっている。すっかり巻き込まれてしまったゴイングードが、なんとも言えない顔を向けていたのだが、彼女は気にしなかった。
案件は、卓上の銀の短刀にあった。
……銀製の武器や防具には耐久度を上げる魔法が編み込まれていることが多いが、その短刀は、それ以外の魔力も帯びていた。ぼんやりと感じ取ったゾマニィは、色々と確認してみたのだった。しかし、切れ味が強化されているわけではなく、まして火球や衝撃派を放てる――というようなこともなかった。仕方なく、ナルゥ守護六神の一柱、豊穣神リュマオの神殿で聖水を分けてもらって掛けてみたのである。そうしたところ――。
(ま、そう言わないでくださいよ)
と、男の声がした。近いようでいて遠いような、そんな声。
「面倒くさい。短刀が喋るな」
と、ゾマニィが言い放つ。
そう、声は銀の短刀からのものだった。
聖水を掛けたことで、表面の
(僕――オズティンがどうして死んだのか。どうして殺されたのか。聞いてください)
「だから、面倒くさいって」
ゾマニィが、銀の短刀――オズティンを小突いた。
(
「本当、面倒くさいの。今からでも遅くない。適当な店に引き取ってもらったらどうじゃ」
ゴイングードが陶坏を空けた。間を置かずに次を注ぐ。
(そう言わないでくださいよ。……えぇと。夕暮れ時、泊まる場所のない
「あぁ、語るんだ……」
と、ゾマニィ。勢いを付けて陶坏を空け、また地酒を注ぐ。
(彼女が入浴している時に、大きな音がしました。慌てて湯殿に駆け付けると、彼女は悲鳴を上げ、僕は喉を裂かれてしまいました。気が付くと、僕はこの短刀に封じられていました)
「はいはい」
「のぞきの報復かの。闇エルフは過激じゃの」
ゾマニィとゴイングードが適当に相槌した。二人共呑む手を止めなかったので、早々に一本目が空いた。
ゾマニィは、地酒の瓶の二本目と三本目の栓を抜く。
(僕は、断じてのぞきを働いたのではありません。大きな音がしたので、純粋に心配して駆け付けたのです)
「はいはい。……何度も言わなくていいよ」
ゾマニィが息を吐いた。億劫そうに陶坏に口を付ける。
同じことを幾度も聞かされているゾマニィであった。この、オズティン――の望みも分かっている。
(ぜひとも、彼女にもう一度会って誤解を解きたい。僕を、彼女の元に連れて行ってください)
「そらきた。面倒くさい」
ゾマニィが呻いた。冷たいようにも思われるが、これには理由がある。
聖水を掛けたところ喋り始めた銀の短刀に、初め、ゾマニィは酷く慌てた。聖水を分けてもらったリュマオ神殿に飛び込んで、状況を説明した。短刀に人間の魂が封じられている、と。それはもう、血相を変えて。しかし、神殿で調べてみると、銀の短刀に人間の魂は封じられていなかった。封じられていたのは、オズティンという男の知識や記憶の一部と、人格の複製だったのである。どうしてこんな趣味の悪いことをしたのか、と神殿側は首を捻っていた。
(どうか僕に力を貸してください。どうか僕に力を貸してください)
オズティンが繰り返した。
「面倒くさい」
「面倒くさいの」
ゾマニィとゴイングードは地酒を喉の奥に流し込んだ。
(おわり)
語らなくていいよ 白部令士 @rei55panta
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