星と 星と 星星星

 懐中電灯を頼りに、スピカを後にした。私と園山先生、ふたりっきりで。歩いているわけですよ。近すぎず。離れすぎず。自分の顔のことは、もうあきらめた。


 この辺りは夜が早い。外灯も少ない。観測スポットまでは近いけど、夜道は少し不気味に感じる。そしてわざと下を向いて歩いた。まだ見上げない。高い建築物がないから、どうしても空が視界に入るけどまだ、星を見ない。


 足下を照らして近づいてくる二つの明かりが見えたためか、パタパタと足音が聞こえた。だんだん距離を詰めてくる。

「エミーー!!」

「ひゃお!」

 千尋がジャンプして飛びついて来た。園山先生がそれを見ながらにこやかに先へ進んでしまった。ちょっと、待ってよ。


「もー、心配しちゃった。でも、エミ置いて天文台行っちゃってごめんね」

 千尋がようやく離れて言った。ウェーブがかった髪は今は下ろしていた。

「全然平気。体調も天文台も」

「あぁあーよかったよう。大学戻ったらスライド沢山見ようね? ケンキチさんが、写真一杯とってたから」


 そう言いながら、千尋が私の手を取った。既に準備ができているらしく、所々にテントが用意されていたし、三脚を構えているケンキチさんも発見した。

 その場に居た全員がライトを灯していたから、なんとなく状況が把握できた。園山先生は工学部のメンバーと話していたし、右手を見ると、ニッシーが駆け寄って来た。


「おっす、浪川! どうだよ。あれ? 広瀬は?」

「調子はいいよ。 広瀬くんはまだ寝てる。置いてきちゃった」

 私はペロリと舌をだした。

「あーあ、あいつもバカだなあ。何しに富良野まで来たんだよ。もったいない。後で起こしに行こっかな」

「賛成」

「さんせーい」


 つくづく面倒な奴だけど、かわいそうだもんな。なんて考えてるうちに、合図が聞こえた。どうやら、最初は全員がシートに寝ころがり目を瞑る。そして次の合図で一斉に明かりを落とす。最後に目を開く。そういう流れらしい。


 私たち三人は、近くのシートに川の字になった。と、言っても、まだ上体は起こしていた。ひっそりと下を向く。すると千尋が園山先生を呼んだ。ドキリとした。まさかまさかの。

「絵美、先生こっち呼んじゃった」


 彼女はイタズラっぽく言うと、先に寝転がって目を閉じた。明かりも既に消している。ニッシーも同じ様に転がった。片目を開いてすぐに、ギュッと閉じる。ニシシッと、笑っていた。

 先生がやって来る。隣に。並んで星が見れる。もう、それだけで幸せ者。


「みなさーん、仰向けになったかーい?」

 沢崎教授が叫んだ。ヴォリュームは、小さめだ。

「わくわくするね」

 隣に寝て居る先生が言った。私は目を閉じたまま頷く。言葉にならない。明かりもそっと消した。

「みなさーん、明かり、消しましたね? はい、どうぞご覧あれ」


……。


うっすらと。

まぶたを持ち上げる。

一瞬の無音が連続している。

まるで。

深海魚みたい。

ドキドキしてる。聞こえやしないかな。


目が真っ暗の夜空に慣れるまでしばらく待つと、ひとつ、またひとつ、空に光が灯っていくのがわかった。

星が移動していく錯覚になったけど違った。雲が流れているのだ。次第に、わたし達の体は空に浮かんでいった。


背中にあるはずの、芝生、ビニールシートの密着感が徐々になくなり全てが夜空に落ちて行った。

心地良い落下感の中で、私はひとつの物体になった気がした。星が回っているように、私も回っているようだった。


周囲から、わっ、と感嘆の声が上がった。私の目頭もじんわり熱を帯びた。既に存在する星の合間を縫うように、流星群がやってきた。何度も何ども、暗い空を切っていく。しばらく、それを眺めていた。三惑星も、大三角も確認したかったけど、まだ。このまま。


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