はじめ まして 広瀬です

 記載された用紙をまじまじと見ながらケンキチさん。千尋も、それを覗き見ている。きっと札幌でいちばん高級な億ションに住んでるんだって思ってるのかもしれないが、私は一度だけ行ったことがあるのだ。こいつが住んでるシティホテルのエントランスまで。


「じゃあ、なんかあったら、ここに連絡します。あ、おれはサークルのリーダやってる、北出健吉。工学部四年。で」

 ケンキチさんが、私と、いまだに唖然としてる千尋を見た。

「二人は三年の、新垣千尋さんと、浪川絵美さん。学部一緒?」

「そうなんです。実は同じ講義とってるんだよ? 近代日本文学、広瀬くん、いるよね?」


 千尋が跳ねながら言った。広瀬くんは一瞬天井を見たけれど、すぐに視線を戻した。まるでそこに答えがあったような感じ。

「うん。いるよ。最近出席してないけど」

「なんで?」

「あの教員、苦手なんだ」


 広瀬くんは、そう言いながらプロジェクタに触れた。千尋が私の所にやってきて、耳打ち。眉毛も下がっている。

「携帯番号、前から聞きたかったのにぃ。携帯持ってないとか、始まんないじゃん」


 私はわざとあきれ顔を作って、大げさに、両手を天井に向けるポーズを取った。よく外人がするジェスチャーね。

「ぼくも、プロジェクタで写真が見たいです。続き、見ませんか?」

 広瀬くんが笑顔で振り向いた。ケンキチさんが、「もちろん」という風に新たなスライドを既に持ってきていた。


これが六月のこと。

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