入部 再会 連絡

「ひょっとして、サークル入りにきたの? うわあ、今年の希望者少なかったから助かるよ」


 ケンキチさんが、嬉しそうにドアの向こうの彼、広瀬くんに言った。


 広瀬くんはウルトラマンみたいな表情のまま、返事をした。そして私の方を見て、久しぶり。と言った。

「え? 浪川さんの友達だったの?」

「はい、実は」


 広瀬くんが言った。何が実はだ。と思った。友達ってほど親しくはないし、まだ二、三回程度しか話をしたことがない。

 一度だけ、テスト前に一緒に帰っとことがあったけれど。そう。確か、こいつにテストで使う範囲のプリントを借りたのだ。偶然そういう流れになって。


「結構前から気になってたんですよね。ここ。なんかゆっくりできそうだし」

「それはもちろん。夏しかまともな活動してないダイビングサークルとかよりは、かなり過ごしやすいよ」


 ケンキチさんは、そう言いながら、明りをつけて鍵付き棚にしまってある名簿を取り出してきた。自分の胸ポケットにしまっているペンを広瀬くんに手渡す。彼はそのまま椅子に座るように促されて、静かに名前を記入した。千尋が身を乗り出してくる。


「私、三年の新垣千尋です。ねぇ、探しても見つからない事務員泣かせの広瀬くんでしょ?? 有名だよ」


 よく本人に、聞けるなあ、と感心しつつ。広瀬くんが顔をあげる。

「あ。名前言ってませんでした。っていうか、突然来ちゃってすみません。広瀬です。僕、そんな風によばれてるの?  初耳だなあ」


 そう言いながら、頬を掻く広瀬くん。皮肉まじりの呼び名ってことに気付いてないのかな。ペンを置く広瀬くんを見て、ケンキチさんが言った。


「あ、ここ、携帯番号を書いてよ。サークル内で飲み会とかあったときに、連絡するからさ」

「あ、僕、携帯持ってないですよ」

「え?」これは千尋。心底目を丸くしている。

「あ……、そうなのか。じゃ、自宅、とか」

「はい。わかりました」


 さらさらと、ペンを滑らす広瀬くん。ケンキチさんと千尋は、こっそり顔を見合わせていた。その番号も、自宅じゃないことを知ってるぞ。

「1121ってなに?」

「ここに電話してもらって」

 広瀬くんが、にこやかに続ける。

「フロントに繋がったら1121号室って言えば、僕のとこに繋がります。伝言も残せるので」

「あそう、へ〜え、そうなの。ふぅーん」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る