大学 天文 プロジェクタ
私と広瀬くんの出会いは、ひとまずおいといて。
簡単に言えば、漫画みたいなふざけた出来事も、現実に起きちゃうんだよね。なんていうか、三年になるまで存在すら知らなかったんだけど、千尋は広瀬くんを知っていたみたいで。「探しても見つからない人」で、有名らしく、通称、事務員泣かせだそうだ。
無事三年に進級した私は、時間割をうまーい具合いに作成し、今年は遊ぶため(勉強もするよ!)、来年はシューカツするための大学生ライフを送っていた。もうね、頑張って単位とったもの。苦労したぜ。
いつもの私はというと、暇があればサークルに顔を出し、そこでレポートを済ませたり、まったり過ごすっていうのがだいたいのパターンで。
この大学には、五つ校舎があるのね。そのひとつ、四号館の向かいにサークル棟、通称「文化棟」がある。文化系、運動系問わず、公式サークルすべての部室がある上に、やたら収納やらロッカーやらがあり。おまけにあまり知られてないけど無線LANまでついちゃってるから、もう、暇があればここにくる。ってくらい、恰好のたまり場。家にいる時間より長いくらい。
で。六月。
いつもは授業数が一番少ない私が最初にここに来るんだけど、この日はめずらしく、四年でリーダの北出健吉が最初に来て、何か探していた。どういうわけかスーツを着ているなーって思ったら、地獄のシューカツ中だった。
どうも、この人が四年って感じしない。顔に似合わずケンキチさんって呼ばれてるの。どう見たって、けん吉くんって顔なんだけど。工学部のくせに数字にめっぽう弱い。簡単な計算も、いちいち電卓使わないと出来ないんだって。どうして工学部いったんだろ。
「わー、めずらしい、相変わらずスーツが似合わない。セミナーの帰りとか?」
こちらに背中を向けたまま、一度首だけ九十度左に動かすケンキチさん。なんだ、おまえか、と言っているように見えた。
「ほっといてくれよ、自覚はあるから」
「何探してるんですか?」
私がそう聞いてから五秒あとに。ボソリと、「プロジェクタ」と言った。
「わー、なんでなんで? ってうか、このサークルに、そういうマシン的なものがあったんですね」
私は鞄を机に置いて、いつも使っているロッカーを開けた。ほぼ物置になっているけど、上の方しか使っていないから、スペースは十分にあった。細身の人間なら、普通に入れる。かくれんぼに適したロッカーだと思う。そこから、明日使うレジュメを取り出す。
ケンキチさんは、アダプタ、とぼやいて、隣の引き出しを開けていた。なかなか見つからないのは部室が散らかっているからではない。思いのほか、部室が広すぎるんだよね。
既に机にはプロジェクタ本体が箱に入ったまま置いてあった。よくわからないメーカーの名前が書いてあって、使えるのか不安になった。ホコリもすこし乗ってて、何年か使ってなかったようだ。
「浪川さん、天体のスライドファイルが奥のケースにあるはずだから、持って来てくれない?」
ケンキチさんが、にこにこしながらそう言った。面白そうじゃん。サークル活動っぽいじゃん。久々にワクワクして、私はスライドを探しに言った。
「あれ? エミたち、なにしてるの?」
千尋がやってきた。私は両手一杯広げてシーツを持っていたから、千尋が見えなかった。そのシルエットが可笑しかったのか、彼女は小さく笑っていた。
「天体の写真を、大画面で鑑賞するべく……」
私がそう言いかけると、千尋は私が掴んでいるシーツの片方をつまんで自分に引き寄せた。そのままくるまっちゃいそう。
「わー! ようやくサークル活動っぽいことするんだね」
「やっぱおれが部長やってるうちにさ、ケンキチさんはよかったっていう思い出を残そうと思って」
「内定とれそうですか?」
「新垣さん、端もって、角まで広げてね、おれ、画鋲でとめてっから」
千尋は伸びよく返事をしてシーツをピンと貼った。完成した大きなスクリーンを、三人並んで眺めてみたら、左下がりで傾いていた。千尋のほうが背がちっちゃかったから。
それでも、ケンキチさんは満足げに頷いて、真っ黒い暗幕をしっかり閉じた。窓からの陽光が、きゅっと消えた。一度電気をつけて、私が見つけてきたスライドをマガジンにセットし、準備は完了。
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