呟き 朝方 告白 

「僕、実は結構好きだ。浪川さんが」


空気を震わす微弱な音声に、不意をつかれた。


 時刻は朝の四時である。私は作業を一旦止めて彼にゆっくり向き直った。まわりのみんなも、薄ら暗い中で眠そうな顔をしながら、どこか満たされたような表情で、天体観測の後片づけをしていた。


 青白い雲と、藍色の空が、朝方の清涼感と虚しさを醸し出してる。これから宿泊場所に戻り、みんな仮眠をするつもり。私もその途中だったから、こいつが何か喋ったのがなんとなーく聞こえたけど、全て右から左に流れて行った。


 たぶん自動的にそうなったのだと思う。私にはそんな便利な機能がちょくちょく付いてる。もちろん、周りのみんなも、それは同じだった。私の斜め後ろで作業している千尋一人を除いては。


 告白というよりは、さらりとしすぎた感情の浸透を受けて、口からでてきた私の返事はこんなものだった。「あそう、それはどうもね」と、私はわざとにこやかに言った。


「え? 聞こえてたの?」と、言った本人が驚く始末だ。

「君ねぇ、急にそんなこと言ったら 勘違いされたら大変だからやめたほうがいいよ。そもそも君の印象って、ほら、ちょっと変わってるでしょう」

「そうかな」

「そうだよ。自覚なさすぎ。最初に会ったときだってさ」

「あれは、偶然だよ。運が良かっただけ」


 広瀬くんが笑いながら言った。さも当たり前のような物言いだったけど、むしろ私の運は相当悪かったんじゃないかって思う。


 こいつとは、ロッカーで会ったのだ。しかも、ロッカールーム内で出くわしたのではなくて、サークル内で余っていた大きいロッカーの中に、こいつがいたのだ。何かから隠れるように、そこにいた。

 あの夜は、いろんな意味で忘れられない。ちなみに、この奇妙な出会い方をした経緯は、誰にも喋ってない。むり。


「エミ」

「ん?」

 千尋がひょこっと顔を覗かせた。寝不足のせいか、左目だけ奥二重になっていたけれど、その奥にはいつもの好奇心が見え隠れしている。私は振り返りながら、少し先を横切る園山先生を目で追った。


 風が少し吹いた。夏といえども、朝方の風は少し肌寒かった。千尋はおもしろがるように私と広瀬くんを交互に見ている。小さなゴミ袋を手にしている広瀬くんは、少し居心地が悪くなったのか、バツが悪そうな顔をして、西島くんの居る所に戻って行った。そういうことが顔にでるのは、広瀬くんにしてはめずらしいなぁ。


「あれれ? ジャマしちゃったかなあ?」

「たぶんね」


 私はそう言って、荷物をまとめたリュックを右肩にかけた。左手には、あまり使わなかったシュラフを丸めて抱えている。みんなに並んでゆっくり歩き出しながら、持っていた双眼鏡で見上げてみたけど、もう先ほどのような星空はそこに居なかった。千尋に、「口、あいてるよ」と言われてニヤニヤしちゃった。


 星空はもう見えなかったけど、私は双眼鏡の中に別の世界を見ていた。それは今日の夜中のできごとで。満たされたっていうか、夢ひとつ叶ったっていうか。思い出せばヨダレがでちゃうような出来事で。夜空マジックっていうの??


 もー、さっきの広瀬くんには出せない魅力っていうかぁ。ランナーズハイっていうか。なんていうか。あれ? なんだったっけ? 天文台に行けなかったことも吹き飛ぶくらいのー。


「エミきもいよ」

 千尋にそう言われで双眼鏡をはずしたけど、千尋も同じくらいニヤニヤ顔をしていた。

 体はだるいのに頭は回っている。この不思議な感じが好き。私はまた、園山先生を視界にとりこんだ。それに気づいた彼は、小さく手を振った。帰りたくないなあ、もう。


 そういうわけで、参加者二十名。


 ここ上富良野で行なわれた私達チューケンこと、宇宙研究部サークルPlus工学部沢崎ゼミ合同夏合宿は、無事終わりを告げた。あとは夏休み明けに提出するレポートを書き上げれば、学生補助金も出るみたいだし。やっすい合宿だったなー。ときめきに燃える夏?? まさにそれだよ。


 そもそも、普段は飲んでばっかりのチューケンが、今回どうして合同夏合宿をすることになったのか。すべては二ヶ月前に帰着する。そう。時期外れの六月に、サークルに広瀬くんがやってきてからである。

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