策略

「おーい帰ろ〜ぜ。」

次の日の放課後。秀が声をかけてきた。


「悪い、今日も実行委員の手伝いがあるんだ。」


「まじかぁ。ならしょうがねぇ、一人でゲーセンにでも行ってくるわ。」


「次は行こうな。」


「まぁ、なんだ。手伝いっていう割には、がっつり仕事やってんのな。」


「いわれてみれば..。」


「あんま良いように使われんなよ。石津の野郎、自分の仕事だってのに人任せばっかしやがって。」


「忙しいんだろ。石津くんだって。」


「いんや違うね。あいつ内申点上げるために色々手ぇ出してんだよ。まず身の丈にあってねぇんだよな。それから...」


「わかったわかった。とりあえずそれはまた今度聞くよ。そろそろ時間だし。」


「おっけー。じゃぁ頑張ってくれよー。実行委員。」


「の、手伝いなんだけどね」

背中を向けて秀は一人ゲームセンターへと向かっていった。恐らく、子ども向けの100円ゲームをやりにいったのだろう。小遣い稼ぎだ、とかなんとか言ってたし。



そんな他愛もない二人の会話を繰り広げている光景を教室の隅で観察している生徒が一人いた。


「・・・・」


「優希〜帰ろ〜。」


「・・・・」


「おーい優希さーん。」


「ダメだわこれ。完全に意識あっち向いてる。」


「恋する乙女ですわね、これは。」


「おーい!優希ー!」


「わっ!?な、なに?」


「何?じゃないでしょ!何回呼んでると思ってるの?」


「まぁまぁ、優希は最近愛しの王子様とコミュニケーションがとれていないからムラムラしちゃってんのよねぇ?」


「は、はぁ!?そんなことしてないっての!ていうか別にコミュニケーション不足とかじゃないし.....普通に毎日喋れて....ってななんでもないし!」


「はぁ、随分とお熱いこと。まっ、とりあえず帰ろっ。」


二人と教室を後にする。まだ教室には櫻木が残っていた。運良く自分に気づいてまた明日って声をかけてくれないかな。なんて。


「あっ、有栖川さん。またね。」


扉の前で立ち止まるけど、櫻木のほうなんか向けるわけない。せめてもの踏ん張りで視線だけを向ける。


「.....じゃ。」


消えるような声で返事を返し、すぐに教室を後にする。下駄箱までの廊下ではうるさい二人が両側から肘をぶつけてきたけど、そんなこと気にもせず、私の頭の中は櫻木のあの一言が永遠にリピートされていた。



━━━━━━━━━━━━━━━


「ふぅー!今日も疲れたー!」

週末の夜。文化祭実行委員の手伝いを毎日こなし、ようやく休日を迎えることができる喜びに思わず、大声をあげてしまう。


「うるさっ!なんで急に発狂してんの?」


「疲れてんだよ、ここ最近ずっと忙しくてさぁ。社会人になったら毎日こんなんなのかなー。」


「知らんし。疲れたんならご飯の前にお風呂でも行ってきたら?」


「そうしよっかな。んじゃ先に行ってくる。」


「....はいはーい。」


そう言ってリビングを後にする紘。そのすぐ後にキッチンで料理をしていた母が未来に話しかける。


「あらー?未来ー、美穂ちゃんどこ行ったかしらない?さっきまでそこにいた気がしたんだけど。」


「えー、未来知らなーい。お家に何か取りに行ったんじゃなーい?」


「そう、ならいいけど。」


「ぐへへへ....」

料理を再開する母を背に、テレビを見ながら悪い笑顔をする妹が一人。この後予想される出来事を予想して。


「なんだか今週はずっと大変だったなぁ。まぁでも、なんだか働いてるぞって感じがしていいんだけど。あれ?もしかして僕って社会人としてめちゃくちゃ適性ありかな?なんちって。」

ぶつぶつ独り言をほざきながら脱衣所ですっぽんぽんになり、扉を開けようとすると、向こう側から戸が開いた。


「え?」


「.....え。」


一瞬、時が止まった。

すぐに目を逸らさなければいけないものを見てしまっているというのに、僕の視線はそれから逸らせなかった。


「え、えっと.....」


「は.....」


「は?」


「はやく出てってよ!ばかぁー!」


「ご、ごめんなさい!!」


勢いに負けて、風呂場から閉め出さられてしまった。今僕は、少し、いや、かなり焦っていた。

毎週のように一緒に寝泊まりしている昔からの幼馴染みの裸を見てしまったからだ。


「ちょっと.....何してんの....お兄ちゃん。」


扉を閉め出され、さっきのことを思い返す暇もなく、次の人物が僕の前に立っていた。


「なんで裸でたってんの!信じらんない!」


「いやまて!僕がいま裸なのはお風呂に入ろうとしたからであって!だから、今僕が裸なのはあたりまえだから.....」


「裸、裸うるさいっての!...ったく!」


すたすたとリビングへ戻っていく。

ていうかなんでお風呂場の前にいたんだ。


「謎だ....へっくしぃっ!うぅ...寒い。」

当たり前だ。こんな寒い時期に家の廊下ですっぽんぽんなのだから。


「ひ、紘くんいる?」

すると扉の向こうから美穂の声が聞こえた。


「いるよ。寒くてやばいけど。」


「紘くんが悪いんだからね。私がお風呂借りてる時に入ってくるから....」


「それは....本当にごめんなさい。不可抗力でした。」


「それに....見たでしょ?」


「み、見たって?」


「......私の...その...はだか..。」


「いや、一瞬だったから何にも見れなかったよ。」


「見れなかったって?」


「違う。見えなかったよ。」

嘘です。ばっちり見てしまいました。


「ほ、ほんと?」


「ほんとだよ。そういう美穂だって、その、僕の、はだか...見たでしょ。」


「なんで紘くんの方が恥ずかしがってるの?気持ち悪いよ。」


「僕だって恥ずかしかったんだよ!それよりさ、服とってくれない?寒くて死にそうなんだよ。」


「あっ、ごめんね。ちょっとまって。」


そういうと、美穂が汚れモノ入れから僕の服一式を掘り出し始めた。


「お、おーい。まだかー。」


「.....ごめんごめん渡すからあっち向いててね。」


「ありがとう。」


「もうちょっとしたら出るからそれまで待っててー。」


「わかったー。」


ドライヤーをかける音が響いてくる。髪を乾かしているのだろう。

しばらく待つと扉が開いた。


「お、おまたせ。」


「いや、別に...」


短い沈黙が流れる。その後言葉は交わされず、美穂が顔を伏せながらリビングのほうへとそそくさと走っていった。


風呂場には風呂上がりのシャンプーのいい匂いがした。


「僕と同じシャンプーだよな?何でこんなにいい匂いがするんだ?」


と、またまた気持ち悪い独り言をぶつぶつと言いながら、ようやく浴槽へと浸かった。


(改めて思い返すととんでもないもの、見ちゃってるな、僕。)


その後、紘が目撃したあの姿は風呂から上がった後も忘れることができず、食事中も美穂も同じように顔をまともに合わせることができなかった。

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