盗見


「あーいそがしいそがしー。」

渡り廊下をせっせと歩く姫乃さん。両手には大量のポスターとチラシが放り込まれてる段ボールを抱えている。もちろん僕も。


「ふぅ、櫻木くんちっと休憩しない?疲れちゃったよー。」


「そうだね。そこの階段で少し休もっか。」

階段に腰をかける。もし普段の学校生活ならこんなことをすれば注意されるのが至極真っ当なのだけれども、文化祭準備という大義名分のおかげで、周りを見渡せば、廊下でくつろぐ生徒や必死に看板作りする生徒、廊下を走り回る生徒が大勢いる。


「なんだか非日常感あっていいよね。こういうの。」


「あんまり実感湧かないけど、そうだね。」


「そうそう。そうなんだよ!去年もそうだったんだけど。この非日常感って終わってから気づくんだよ。文化祭終わって授業してると、あれ?って違和感覚えるみたいな?」


「うわっ、それすごいわかるかもしれない。文化祭ってドタバタしててあっという間に過ぎちゃってて。」


「うひゃー!やっぱりやっぱり?だよねだよね!櫻木くんもわかる口でしたかぁー。」


「意外とみんなもそう思ってたりね。」


「だよねぇ。口には出さないだけでみんな感じるんだろうねぇ。あっ、うちらすごいことしてたんだって。....って!櫻木くんあれあれ!」


「え?なになに?」

姫乃さんが急に渡り廊下の奥に指をさす。

そこに立っていたのは恐らく同学年の男女がお互い向き合って立っている。男の方はどこか落ち着かないような感じで、女の子のほうは全く逆のなんともない表情で。


「うわうわ!あれ告白じゃない?うちらみていいの!?」


「ほ、ほんとだ。でも、男の方はわかるけど、女の子の方が誰だか全然わかんないや。」


「最近転校してきた子だよ!転校してまだ全然たってないのにもう告白されてるよ!すごっ!」


あぁ、秀が言ってた転校生の子か。確かにあれはモテるだろうな。背もすらっとしてて、綺麗な髪で、僕みたいなやつなんかじゃ釣り合わないだろうな。


「へぇ、わかるかも。」


「むむっ?櫻木くんはああいう子がタイプなのかい?」


「いや!別に深い意味はないんだけど、なんだかモテそうだなって。」


「うーん、女子のわたしからしてもあれは...モテるね。」


「あっ、男が走っていった。」


「ありゃ、降られちゃったのかな。」


「みたいだね。」


「文化祭マジックってのは幻みたいだねぇ。」


「文化祭マジック?」


「文化祭の雰囲気で付き合っちゃうやつのこと。ちなみに修学旅行の沖縄マジックってのもあるよ。」


「そうなんだ。そういうのってなんだか長続きしないイメージだなぁ。」


「大半の人たちはすぐ別れるね。でも極一部のカップルは結婚まで行き着くらしいし、ってそんなことより、仕事!仕事しなくちゃ!」


「あっ!忘れてた!」


「じゃあこれうちが外のやつ貼りに行くから櫻木は校内のポスター貼りよろしくね!」


「おっけい。まかされた。」


「んじゃ!また後で!」

段ボールを再び抱えると姫乃さんは昇降口へ向かって歩いていく。


「よし、じゃぁ僕も行きますか。」

僕も重い段ボールを抱え、歩きだす。

ポスターやらなんやらで視界が悪く、前の様子がわからないまま恐る恐る歩く。


「あっ、まって。」

突然誰かに呼び止められた。しかし振り向くのも一苦労で、ゆっくりと振り返る。

そこに立っていたのは、なんと、さっき渡り廊下で告白されていた転校生その人だった。


「これ、落としたよ。」

彼女の右手には僕のポケットから落ちたであろうハンカチが握られていた。


「あっ、えっと、ちょっとまって。荷物下ろすから。」

さっきの告白を盗み見ていたからだろう、少し彼女と話すのに後ろめたさを感じた。


「ううん、いいよ。そのままで。」


「え?」

彼女はそういうと、僕のポケットに手を突っ込みハンカチを押し込んできた。


「わっ!え!?」


「はい、これで大丈夫。」

ニコっと。笑顔を向けてくる彼女の顔は純真無垢の子どものそれだった。


「あ、ありがとう。」


「いいよ、これぐらい。おあいこだよ。」

うん?僕この子になにかしたことあったっけ?

ていうか喋ったことすらないような。

そこから彼女は踵を返す動作もせず、ただニコニコと立ち尽くしていた。

僕もそれに動じてその場から動けない。

少しの静寂の後、彼女が言葉を発した。


「....それじゃ、ね。」

そう言って彼女は僕に背を向ける。

その振り向く瞬間に見えた少し悲しみに満ちていた顔をその日眠るまで僕の脳裏に焼きつくことになった。

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