準備 ⑧


「えっ、えぇ!?」

この前図書室でって有栖川さんと一緒に勉強してた時のこと?それを知ってるってことはあそこに鏑木さんがいたってこと?


「...付き合ってる人、ですか?」

一瞬言葉が詰まる。今の状況からみて僕と有栖川さんが付き合う可能性はゼロだから。その現実を今、改めて自覚した。


「....ううん。付き合ってないよ。」


「.......よかった。」


「え?なんて?」


「い、いえ!なにも言ってないです。そうなんですか。でも二人でいたってことはどういうことなんですか?」

こんなグイグイくる子だったけ?鏑木さんって。


「そんな深い関係とかじゃなくってもうすぐテストだから勉強教えてって頼まれてお互いが教えあってる感じなんだ。」


「....二人っきりで」


「あの、どのくらいその勉強会はしたんですか?」


「3、4回くらいだったと思うよ。」


「....とは、...回しか....てないのに。」


「うん?ごめん、よく聞こえなかっ....」


「なにも言ってません!」


「そ、そっか。」

なんだかいつもより歯切れが悪い。当たり前か。なぜなら僕自身が鏑木さんの思いに応えなかったから。

あの日、鏑木さんに返事をしたとき、鏑木さんは笑っていた。自分の望む返事じゃなかったはずなのに。いつも通りの、いや、いつも以上の笑顔でその場を後にした。そのあとの事は、僕は知らないけど。


「そうだ!実はこの間の数学の時間にね面白いことがあったんだけどさ。」

雰囲気があまり良くない。

ここは何か別の話題に切り替えるべきだ。とっさにこの間の秀が起こした数学の宿題の話をしようとしたところで、部屋をノックする音が響いた。


「紘くん。そういえばなんだけど、明日って空いてるよねぇ?」

いきなり入ってきたのはさっきこの部屋から出ていったはずの美穂だった。


「あっ...!ごめん、電話中だった?」


「え、今の声って....」


「ごめん!妹が勝手に部屋に入ってきたからちょっと待ってて!」

電話の音声を急いでミュートにする。


「なんだよ、いきなり!」


「いやいや、さっき言い忘れてたなって思って、それで明日紘くん暇だよね。買い物についてきて欲しいんだけど。」

なんていうタイミングで思い出してるんだ。よりにもよってこの間振ったばかりの子と夜中に電話してるなんてバレたら....。


「わかったよ。わかったから早く出ていってくれ。」


「はいはい。ところで誰と電話してるの?」


「秀だよ!ほらはやく!」


「ふーん。日野くんね。じゃぁまた明日ね。」

そう言ってふら〜っと未来の部屋へと戻っていった。今回はかなり危なかった。そもそも女の子と電話なんて滅多に、ていうか初めてのことなのにそれがもし美穂なんかにバレたらどれだけいじられるか。美穂のことだからかなり長い間いじられ続けられるから、面倒なんてものじゃない。


「...ーい!おーい!櫻木くーん!」


「おっといけない!....ごめん鏑木さん!おまたせ。いやいきなり妹が明日の買い物付き合えって言ってきてね。時間を考えろって話だよ全く。」


「へ、へぇ。そうなんだ。それじゃぁさ、私ももうこんな時間だから寝るね。今日はありがとう。」


「うん、わかった。それじゃあ、おやすみ。」


「うん。おやすみなさい。」

プツッと電話が切れる。なんだか新鮮な気分だった。美穂以外の女の子とこんな時間に喋ることができるなんて。最初鏑木さんから電話できますかなんて言われた時はびっくりしたけど、女の子ってのは振られても今まで通りの関係のままで話とかできるんだな。もし僕だったら、一週間はショックでずる休みしてそれ以降は絶対連絡なんてとれる気にならないけど。


「女の子ってすごいなぁ。」



━━━━━━━━━━━━━━━━━


「....ふふっ。ふふふふ。」

だめだ。ニヤニヤが止まらない。

好きな人とこんな夜中におしゃべりできることがこんなに嬉しいだなんて。これ以上喋ってたら、きっと私とんでもないことになってそうだったからちょっとしかおしゃべりできなかったけど、だった数十分でも、こうやって電話できたことがとっても嬉しい。人を好きになるってこんなにも、楽しいんだ。

けれど、今日の電話でまた不安の種があった。

多分、櫻木くんは有栖川さんって子のことが好き。これは女の勘ってやつ?それともう一つは、最後に部屋に入ってきた妹さんのこと。最初、聞き覚えのある声だなって思ったけど、櫻木くんはそれを妹だって言った。でも、私にはあの声の主がこの間聞いたあの人の声そっくりで。


「櫻木くん、信じていいんだよ、ね?」

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