鏑木志保の恋愛観

「ほんっっとに!ごめん!」

ある日の放課後。駅前のハンバーガーショップで向かい合って座る女子高生の片方が、必死に頭を下げ謝罪をしていた。


「いいよいいよ。そもそも私なんかがオッケーもらえるなんて思ってなかったから。」


「いや、私が変に志保を持ち上げなかったらこんなことには...。本当にごめんね。」

大丈夫大丈夫。そういって手元にあるポテトを次々と口へ運んでいく。


「もうちょっと遊んでからするべきだった。ほんと私大バカだったわ。」


「ううん、よかったよ。早めに振られておいて。だって長い付き合いで振られた時のほうが結構きついと思うんだ。だからいいんだよ、かすり傷ですんで。」


「志保....。ポテトもうないけど、まだいける?」


「全然余裕だよ。」


「まっとき!すぐ買ってくるから!」

そう言って佳奈は財布を持って急いで席を立つ。

一人席に取り残された私は残った少ないシェイクを外を歩く人を遠い目で見ながら飲み干す。


ーーーーーーーーーー


「鏑木さんの気持ちは本当に嬉しいけど....ごめん。鏑木さんの気持ちには、応えられない。」


ーーーーーーーーーー


「....きっついなぁ。」

腕を組んで歩くカップルが視界に映るたびにありもしない幻想を抱いてしまう。もし付き合ってたらあんなふうに、一緒に歩いてたんだろう。お喋りしながらここみたいな店で二人向き合って、ポテトをお互いが持って...。

もうやめよう。せっかくかすり傷で済んだのに自分で傷口えぐるような真似は。



『はい、志保。あ〜ん。』


うわっ!何妄想してんだろ私、じぶんがきもすぎるよ。

でも、

こういうこと櫻木くんとしてみたかったなぁ...


「おまたせ!」

振り向けばトレーいっぱいにおかれたポテトが山のようにあった。


「ちょ、ちょっと佳奈。こんなには食べられないよ!」


「えぇ〜?食べれる食べれるって!」

多分わたしのためであろう佳奈の元気っぷりには本当に助かっている。今誰か私の横にいてくれなきゃ、きっと立ち直れないぐらいへこんでいると思う。けど佳奈がいてくれているから、今はなんとか地に足をつけている。でも気を抜くとすぐに足が浮いてしまい、足場が不安定になるだろう。はやくいつも通りに戻らなくちゃ。


いつも通りに。


数日後。テスト期間も近づき、生徒たちは部活を一時休み、学生としての本分である勉学にその身を投じていた。

志保や佳奈もその中の一人。故に勉学に勤しんでいた。


「志保〜、今日どこでやる?」


「うーん。この前ファミレスでやっても結局あんまり進まなかったから静かなとこがいいなぁ。」


「ってなると、図書室とか?」


「あぁ、図書室かぁ。」


「あっ、ごめん。やっぱなしで。」

気を使ってくれたのかな。やっぱり佳奈は優しいや。


「ちょっと何言ってんの。全然気にしてないからね。図書室は人気だからはやく行かないと席なくなりそうだなぁって思ったの。」


「あ、あはは、そっかそっか。確かにそうだね。よし!じゃぁ私が一走りしてやりますか!席確保は任して!」


「ほんと?ありがと!私足遅いからそういう競争なのはちょっと苦手なんだよね。」


「いいよいいよ。んじゃぁベストポジションとってあげよっかな!」


「五十嵐さんちょっといい?」

いきなり話しかけてきたのは後ろの席の宮森さんだった。


「さっきそこで橘先生に言われたんだけど、進路希望調査書だしてないから放課後職員室に来いって伝言預かったよ。」


「げげ!?あれってもう提出期限すぎてんの?」


「一週間まえだったけど...」


「うわぁぁぁ!最悪だ!」


「ちょっと佳奈。しっかりしてよ。」


「それだけだから。じゃぁ。」


「うん!ありがとね!宮森さん。」

笑顔で返して席に戻っていった。宮森さんってやっぱりなんか大人びてて羨ましいなって思う。


「てなわけでごめん!志保、席取りやっぱお願いね。」


「わかってるよ。でも、席の場所にはあんまり期待しないでよね。あと、佳奈もちゃんと進路のこと考えなきゃだよ。」


「わかってるって。はぁ、めんどくさいなぁ。」

頭をぽりぽりとかき、不満を愚痴りながら席に戻っていく佳奈。

それにしても、図書室かぁ。

あそこは唯一櫻木くんと一緒に勉強した場所で思い入れがないって言ったら嘘になる。

けれど、もう諦めなくちゃいけない。こんなないものねだりはいつまでも続けられないのだ。


放課後。歩くペースが少し遅い志保は後ろから歩いてくる様々な生徒に追い抜かれながらも、なんとか図書室の前までたどり着いた。

下駄箱を見るとそこまで上履きは置かれておらず、中にいる生徒の数がそれほど多くないことに気づく。皆、どうせ人が多くて入れないから最初から諦めてきていないのだろうか。それはこちらとしてはラッキーな話だ。これで静かに勉強ができる。

上履きを下駄箱にしまい、テーブルの置いてあるスペースまで移動する。

そこで勉強をしていたのはわずか三組だった。

一組は私たちと同じ女子二人組の生徒。もう一組、というよりもう一人は、眼鏡をかけた男の子が黙々と教科書と睨めっこしている。最後の一組が、なかなかの奥のスペースでやっているためここからじゃ確認できなかったので、少し奥を覗いてみた。



「じゃぁ、次は私が教えてあげる。なんかわかんないとこ、ある?」


「実は、数学のこの問題なんだけど。」


「こんなんも分かんないの?バカじゃん。」


「ひ、ひどいなぁ。僕、こういうタイプの問題苦手なんだ。だから、お願い。」


「......っ!」


そこにいたのは、さらさらな長い髪の女の子と私がついこの間降られたばかりの男の子、櫻木くんだった。心臓の鼓動が一気に速くなる。


櫻木くんが、女の子と。二人で。なんで。


急いでその場を後にする。バレないようにこっそりと。すぐに上履きを履き、佳奈がいる職員室へと向かう。

ちょうど職員室に着くと同時に、佳奈が目を細めながら出てきた。


「ってあれ?なんで志保がここに..って!もう席空いてなかったの?」


「う、うん。ごめんね。私、とろくて...」


「い、いや別にそこまで気にしてないけどさ。ったくどいつもこいつもなんで図書室なんかで勉強するかなぁ。大人しく家でやってればいいのに。ねぇ?」


「そ、そうだねっ。」


「....?じゃぁどこいく?やっぱファミレス?」


「そうだね、ファミレス、いこっか。」

一人の足取りは重く、それに気付いているもう一人の足取りはさらに重いまま、二人は目的地のファミレスへと向かっていった。



「はぁぁぁぁぁぁぁ。」

勉強会?からの帰宅後。志保は一人ベッドの上で項垂れていた。


「櫻木くん、ああいうタイプの子が好きなんだ...」

髪はロングでさらさらな、綺麗な子。

それに比べて私はショートボブであの子とは全くの正反対。


「ていうか、もういるなら先に言って欲しかったなぁ。」

本当に、自分勝手である。勝手な期待をしたのは紛れもなく自分であるはずなのに、その期待とは違う形で結果が返って来れば逆ギレ。


「そもそも、櫻木くんって女の子たらしなとこあると思う...女の子なら誰にでも優しくしてたし...」


「あのときだって....」


....................

....................................


「あれ?それって....」

櫻木くんに初めて初めかけられたきっかけは私のカバンについていたキーホルダーだった。


「それってミルキーふみふみのベアーくんじゃない?」


「え?は、はい。そうですけど....」


「妹も好きなんだよねそれ。結構人気あるやつなんだ。」


「えっと、櫻木さん...でしたっけ?知ってるんですか、ふみふみ。」


「妹にさ、いっつも見させられてるんだよね。だから、すごくものしり!ってわけじゃないけど、大体は知ってるんだ。」


「....そ、そうなんですか!ちょっと嬉しいです。このアニメってどっちかっていうと子供向けって感じであんまり人に話せなくて、そのキーホルダー何って聞かれても、ただのクマのキーホルダーだよってしか答えられないのが少し悔しかったんです。」


「このアニメさ。子供向けっていうけど、内容は結構ハードなことやってるよね。主人公の両親は実はもう死んでましたとか。」


「そ、そうなんです!子供向けと見せかけて、大人でもハマれるレベルのストーリーでとっても面白いんです!....はっ!すみません!いきなりこんな喋って...。」


「ううん。全然全然。僕もなんとなく見てるうちに実は少しハマってるくらいで。意外だったよ。隣の席の人が同じもの見てたの。ちなみにこのキーホルダーって普通に売ってる?」


「こ、これはですね、ガチャガチャのおもちゃなんですけどなかなか出てくれなくて、トータルで5000円ほど使ってようやく当たったやつで...」


....................

....................................


「あれも女の子たらし故の策略だったのかなぁ。」

酷い。乙女の純情を弄ぶなんて。

振り返ってみれば、一年生の時は何度か女の子と話してる姿を見てた気がする。その度に少しココロが痛かったけど。今となっては...。


「今の方が、余計に....」


あの図書室で二人を見たとき、本当に嫌だった。仲良く教え合いっこなんかしてて、とっても仲良さそうに。振られた私は凄い惨めに感じて、とてつもない劣等感を抱いて....


「ううん!櫻木くんなんてただの女の子たらしのさいてーな男の子だったから逆に振られて良かったんだ!うん!」


「......はぁ。」

なんて。口に出しても意味がない。結局自分の心には嘘をつけられなかった。

振られたことでさらに櫻木くんが好きになってしまっている。


あんなに私に話しかけてくれる男の子なんて今までいなかったから。


あんなに私に優しくしてくれた男の子なんて今までいなかったから。


初めての気持ちだったんだ。

こんな簡単に諦めきれない。多分ずっと私は、この恋を諦めることなんてない。だって、櫻木くんのことが大好きなんだから。

振られても好きなんだから。

きっとこれは本当の恋なんだ。


数日後。

思いったったらすぐ行動。志保は携帯を開き、あの日以来進んでいないトーク画面を再び開き、メッセージを送る。



『お久しぶりです。今って何してますか?』

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