準備 ⑥
優希を見送り、1日の疲れを流した後、紘はベッドに寝転がり、携帯を抱え込んでいた。
『今日は夕飯ご馳走さま。』
『ううん。こっちこそ急に言いだして迷惑じゃなかった?』
『そんなことない。とっても美味しかったって櫻木のお母さんに伝えといて。』
『りょーかい!』
それからしばらくたわいもない会話を続けていた。話す内容は本当に薄っぺらかったけど、ただ有栖川さんと話せていることだけで、僕は満足だった。
時計の針がちょうど天辺に回るくらいの時の会話だった。これからまた新しい話題になるんだろうなってところで有栖川さんからおやすみの一言が届く。
せっかく盛り上がりそうだったのに、残念だ。
いや、まてよ。そう感じていたのは僕だけなんじゃないか。もしかしたら有栖川さんはこんな中身のない会話いつまでも続けられないっての。ってな感じでずっといたのかもしれない。
「また、やらかしちゃったのかなー。」
一人ベッドの上で項垂れていると、毎週恒例のノック音が聞こえてきた。だがその音はいつもより力強く、ノックというよりは叩いているそれに近かった。
「入るよ〜。」
いつも通り許可を得ずにドアを開ける。
入ってきてしばらく携帯を触り、自分だけの時間を過ごしている。ここで声をかけようものなら、何かに負けた気がしてできなかった。
携帯いじりに飽きたのか、携帯をテーブルの上におき、こっちに意識を向けた。
「紘くん、勉強なんて得意じゃないのにどうして勉強会なんてしてるの?」
いきなりきた。こういう僕を小馬鹿にする発言はよくあることだ。だからこの時の対応の仕方も簡単だ。
「どうしてって、だからするんだろ。お互いが教え合うのが勉強会で、一方通行の教えはそれはもう家庭教師だよ。」
「じゃあ、私は紘くんの家庭教師だったわけかぁ。それも無料で。」
「お、お金の話かよ。」
「別にお金が欲しいってわけじゃなくって。」
「見返り?」
「う〜ん、この場合そうかなぁ。」
「そりゃまた急だな。でも実際そうだよな、今までずっと教えてもらってたのに何もしてあげなかったから。」
「別にそういう目的でやってたわけじゃないんだけど。紘くんが私は家庭教師なんていうからじゃん。」
「それは一種の例えで、そういう意味で言ったわけじゃ....」
なんだか不味い雰囲気な気がする。今回は対処の仕方を間違えてしまったみたいだ。美穂の声のトーンにメリハリがなく、一定のトーンで話し続けている。これは、いつも通りの美穂じゃない。
「でも、私はそう受け取ったよ。」
「それは、ごめん。ちょっと言いすぎた。」
「うん。素直でよろしい。」
と思っていたが、なんだかんだでいつもの美穂に戻っていた。少し拍子抜けした気持ちだったが、急な変わりようで少し不気味だった。
「でもなぁ。改めて考えると見返りっぽいの私もらってなかったなぁ。」
チラッと。上目遣いの視線を向ける。何かをねだってきそうな、そんな甘えてきそうな目だった。
「そうだ。次また、勉強会するなら私も呼んでよ。」
提案されたものはあまりにも異質で驚いた。
「え?それって見返りっていうの?」
「いいのいいの。私、有栖川さんとお友達になりたいから。だって小さいころからずっと同じとこ通ってたのに、有栖川さんとはあんまり接点なかったなって。この機会に仲良くなりたいなって思ったから。」
「そ、それはいいけど。それだけでいいの?もっとあれ欲しいとかこれ買ってとか言われると思ってたんだけど。」
「紘くん、一つ教えてあげるよ。確かに欲しい服やカバンとかはお金があれば買えるけど、友情はお金じゃ買えないよ。」
「美穂...そ、そうだよな!僕バカだったよ。人生お金が全てじゃないもんな。友達は大切だ。」
「そうそう。だから次あったら呼んでよね。」
「まかせてよ。美穂と有栖川さんとの仲は僕が取り持ってあげるからさ!大船に乗った気持ちでいてよ。」
「ふふっ。よっ、たいしょー。」
その後もいつも通りの雑談をした後、美穂との『約束』を交わし、いつも通り未来の部屋へと戻っていった。それにしても、美穂が有栖川さんと仲良くなりたいなんて言うなんて。でも確かに、あの二人も関係性では幼馴染みだよな。保育園のときからずっと一緒だったわけだから。仲良くなるのはいいことだ。絶対に二人を友達にしてやろう。そのためにははやいとこ次の勉強会の日程を決めなくては。
そうしてつらつらと湧いてくる紘の友人化計画は一晩中考え出されていった。
ピコン。
携帯の画面が光る。
誰かからメッセージが届いたのだろう。
「こんな時間に、誰だ?」
時刻はもうすぐ一時を回ろうとしてた。こんな時間に送ってくるのは、秀一ぐらいだ。また、しょうもないネットで拾ってきたわけのわからない画像を淡々と送り続けられるのだろう。薄々そう考えながら、送信者を見る。
『お久しぶりです。今って何してますか?』
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