準備 ⑤
「ありがとね。」
「え?」
「その、送ってくれて。」
「全然いいよ。それに有栖川さんをこんな暗い時間に一人で帰らせてもし、変質者なんかがでてきたら危ないからね。」
「変態ならもういるんだけど。」
「えっ!?どこにっ?.....あっ。」
「ご、ごめん。」
少し気まずい空気になってしまい、優希は慌てて自分が撒いた種の処理を始める。
「ちょっ、冗談だから!そんな落ち込まないでよ!」
「で、でも、やっぱり有栖川さん気にしてるんだろうなって。だから...」
「気にしてたら口に出さないっつーの!...もうなんとも思ってないから。」
「...それならいいんだけど。」
「そんなことより、あんたに聞きたいこと、あるんだけど。」
「え、なに?」
「なんであんたの家に、その、宮森さんがいたわけ?」
「あっ、言ってなかったっけ。週末はいつも僕の家でご飯食べてるんだ。」
「ふーん。でご飯食べたら?」
「家に泊まってく感じ..かな。」
「....あっそ。」
「ご、誤解しないで!未来が頼んで泊まってるだけだから!未来の部屋で、未来と一緒に寝てるから!僕、全く関わってないから!」
「それでも...」
「うん?」
「なんでもない!」
「わっ!び、びっくりした。」
「ったくもう...あともう一つだけ、聞きたいことあるんだけど。」
「なんだか今日の有栖川さんはおしゃべりだね。」
ははっ。と、冗談まじりでいじってみる。
「は、はぁ!?このぐらい普通だし!ていうかうち、別に無口ってキャラじゃにゃいし!」
「ごめんごめん....」
「またからかわれたし...」
「ねぇ、有栖川さん。」
「なに!」
「また噛んだね。」
「ほんっと!うっさい!!ばか!」
静かな住宅街。時間的には少し大きすぎる会話の声を出していたが、そこは高校生。この程度の迷惑ぐらいなくてはならないものだろう。そして、二人は街頭に照らされながら、有栖川家へと向かっていった。
二人を見送った後、未来と美穂はお風呂に入っていた。
「ねぇ、美穂ちゃん、美穂ちゃんはまだお兄ちゃんと付き合わないの?」
「うーん?どうしたの急に。」
「だって、今日、美穂ちゃん以外の女の子連れてきたんだよ、お兄ちゃん。しかも初めて。」
「えー?そうだっけ?」
シャンプーを洗い流しながら、返事をする。
「うん。確かそう。連れてきてたら覚えてるよ。」
「違うよー。中学生の時も連れてきてたよ。」
「あれ?そうだっけ!?って、それは置いといて、美穂ちゃんまずくない?」
「さっきから未来ちゃんは何が言いたいのー?」
「だから、お兄ちゃん別の子に取られちゃうんじゃないって。優希さんとか。」
「未来ちゃんはそう思うの?紘くんが有栖川さんと付き合うって。」
「まだわかんないけど、なんかお兄ちゃんが珍しく気つかってたから、意識してるんだなぁって思ったからさぁ。」
「紘くん、外では結構猫被ってるからねぇ。みんなにあんな感じだと思うよ。」
「へぇ、以外。あのお兄ちゃんが猫被ってるなんて。でももう、美穂ちゃんたち高二だし、彼氏彼女とかいてもおかしくない歳だと思うなぁ。ていうか、欲しい欲しい!って感じなんじゃないの?」
「それは人それぞれなんじゃない?そういう人もいれば別に今はいいやって人もいると思うよ。」
「そんなもんなのかなぁ。」
「そんなもんだよ。」
「ちなみに、私は、別に今はいいやって人の方ね。」
「えぇ。じゃぁ、もしお兄ちゃんが欲しい人だったら、美穂ちゃん終わりじゃん。」
「なんで紘くんに彼氏できたら、私が終わっちゃうのかな?」
そう言うと、シャワーヘッドを未来に向け、温度を最低まで回す。
「うわ!冷たい冷たい!辞めてよ!美穂ちゃん!」
そう言われると美穂は素直にシャワーを止める。
「だって未来ちゃん。まるで私は紘くんのこと好きみたいに話進めてるから。」
「え?だって本当じゃん!....って!辞めて辞めて!冷たい冷たい!」
「お仕置きです。」
「きゃぁーーーー!!!」
こちらも時間的には少し大きすぎる声を出してしまって盛り上がってしまっているが、女子トークは盛り上がってしまえば、もう誰も止められないのは仕方のないこと、なのだろう。
「もうここでいいから。」
そう言って、少し先の家を指差す。
「そうなんだ。じゃぁもう大丈夫だね。」
「うん...。」
「それじゃ、おやすみ。」
優希を見送るため、その場で立ち止まり、軽く手を振る。しかし、優希の足取りは少し重く何か紘に言いたげな表情をしていた。
「どうしたの?」
「あのさ..あとでまた、話さない?」
「...!僕は全然いいよ!」
「...っ!じゃ、また後で!」
返事を貰うと優希は小走りに家へと向かっていった。
(やった!有栖川さんとまた喋れる!)
暗い夜道の中で一人ガッツポーズを掲げる少年の姿は街灯に照らされ、どこか勇ましい姿だった。
「お帰り、優希ちゃん。遅かったねぇ。」
出迎えてくれたのは一緒に暮らしているお婆ちゃんだった。
お婆ちゃんとはとても仲がいい。小さい時から、両親の仕事が忙しかったからどこでも連れってってもらったり、編み物やいろんな遊びも教えてくれた。そのおかげで優希はかなりのお婆ちゃんっ子だった。
「ただいま、お婆ちゃん。なんでこんな時間まで起きてるの?」
「そりゃぁ、優希ちゃんが心配だったからねぇ。帰り道、大丈夫だったかい?」
「大丈夫だよ。送ってもらったし。」
「はぁ、送ってもらったのかい?その子は帰り道大丈夫なのかい?」
「大丈夫、だと思う。」
「男の子なのかい?」
「う、うん。」
恥ずかしさのあまり、少し躊躇いながら返事をしてしまった。
「なら、安心だねぇ。それにしても有希ちゃんに彼氏ができてたなんてねぇ。お婆ちゃん、驚いたよ。」
「か、彼氏とかじゃないから!もう、お婆ちゃんったら。」
「はっはっは。さっ、はやくお風呂行ってきな。外は寒かったろう。」
「うん。行ってくるね。」
お風呂場へと向かう。だがその間にもう一人の家の住人と出会ってしまった。
「げ、お姉ちゃん、何やってんのこんなとこで。」
「男、か。」
「なっ!」
「あの優希がねぇ。まさか私より先に彼氏作っちゃうなんてねぇ。お姉ちゃん寂しい。」
目元を袖で拭き上げる仕草をして優希をからかう。
「聞いてたの!?だから、彼氏とかじゃないって!ていうかお姉ちゃんもう大学生なんだし、彼氏いない方がおかしいでしょ!」
「お姉ちゃんはねぇ。いろいろ拗らせちゃってるからさぁ。そう簡単にできないのよねぇ。」
「自分でわかってるんかい..もうっ!どいて!私お風呂入るから!」
「お姉ちゃんも一緒に入ったげようか?恋バナ聴いちゃるよぉ〜。」
「いらん!」
思いっきりドアを閉じ、姉との会話を切り上げた。
湯船に浸かり、今日のことを振り返る。
紘の家での勉強会のこと。夕飯をご馳走になったこと。家まで送ってくれたこと。
『有希ちゃんに彼氏ができてたなんてねぇ。お婆ちゃん、驚いたよ。』
『あの優希がねぇ。まさか私より先に彼氏作っちゃうなんてねぇ。』
「彼氏じゃないっての....。」
「...今、は。」
口元まで湯船に浸かり、顔が赤くなっていく。お風呂の温度をお婆ちゃんがあげたのかな。そう思いにふけっていると。
「優希〜、入るよぉ〜。」
「だから嫌だって!!」
扉の前から聞こえてきた姉の栞声に我に帰り、湯船から思いっきり立ち上がり、栞の侵入を必死に防ぐことに全ての思考が回っていった。
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