準備 ④

そして、夕食ができるまでのわずかの時間だが、勉強会が始まった。

のだが、


カリカリカリ...と、シャーペンで書き殴る音だけが部屋に響いていた。


(なんだ....この空気。)

みんな黙々とワークに取り組み、誰も質問をしようともせず、ただ勉強を一人でしているだけになっている。


「美穂、ここわかんないんだけど。」

ここは僕が先陣を切るしかない。

美穂に質問を持ちかけた。


「うーん、どれ。」

動かしていた手を止め、体をこちらに向け、興味を示す。

それに気付き、優希も手を止め、こちらを見る。

その優希に気づいた美穂だったが、なんの反応を示すことなく、紘の質問に耳を傾けた。

すると、優希の手も止まり、横目でこちらを観察していた。


「またこの問題?紘くん本当これ苦手だね。」


「まぁね。」


「なんで誇らしげなの?いい加減覚えなよ。」


「できてたら苦労しないよ。」


「またそうやって逃げるんだー。」


「逃げてないよ。受け入れてるんだ。」


「なにそれ。かっこ悪い。」



「あの...!わたしも...!わかんないとこ、あるんだけど。」

教え合いがちょっとした口論になっている中、それを隣で見ていた優希が自分が孤立していることを見兼ねて、口論に割って入ってきた。


「えっ、どれどれ。僕でよかったら教えるよ。」

美穂との口論を切り上げ、優希のほうに焦点を合わせ会話を始める。


「英語なんだけど....」

突然会話を切り上げられたからなのか、優希に紘をとられたからなのか。美穂は少し頬を膨らませ、いじけてしまう。横目で見ていると、優希の手元に見覚えのあるシャーペンを持っていることに気づいたが、偶然だろうと、それから気にすることはなかった。


そんな教え合いを何度か続けていると、一階から、母の呼び出しが聞こえてきた。


「夕飯できたから早く降りておいでー!」


「あっ、ご飯できたみたいだ。行こっか。」

そう言って勉強道具をすぐに片付け出す。


「結局あんまり捗らなかったね。」


「そう?結構進んだと思うけど。ねぇ?」


「う...うん。」


「ふぅーん。あっそう。」



そして夕飯。それぞれが席に着き、食事に取り掛かる。メニューは、この家定番のカレーだった。


「あーっ!」

妹の未来がいきなり大声で優希を指差し、驚かせてしまう。口に運ぼうとしていたスプーンが口元で止まり、未来の方を見て困った顔をしている。


「優希さんも左利きなんですねっ。」

言われたことは大したことではなく、優希も少しほっとした。


「え?う、うん。そうだけど。」


「お兄ちゃんと一緒だ!」

紘は、愛想笑いで左手を軽く上げ、僕も、と主張してる。


「そうなのよねぇ。優希ちゃんも左利きだから、昔はよくハサミの貸しあいとかしてたもんね。」

母が補足で昔話を語り出す。


「へぇ、昔から仲良かったんだ。全然知らなかった。お兄ちゃんもなかなかやるねっ。」


「お、おい!そういうこと言うのはやめろ!有栖川さんが困るって。」


「.....」

俯いたまま、黙り込んでしまった。紘の席からは優希の顔までは見えないので、どんな表情をしているのかはわからなかったが、恐らくとても怒っているんだと考えていた。


「あら?ふぅーん。なるほどねぇ。」

母が何かを察したのか不敵な笑みを浮かべた。

それを見た未来も優希の方を見た途端、母と同じ表情をして紘を見た。


「お兄ちゃんも隅におけないねぇ。」

何がなんだかわからない紘はずっと困惑したままだった。


「もう、お話はいいから早くご飯食べましょう。冷めちゃいます。」

この話題に終止符を打ったのは美穂だった。

それから、母も未来も食事に取り掛かった。美穂の一声の影響力に久しぶりに驚かされた夕飯だった。


夕食後、優希は帰り支度を済ませ、玄関の前に皆が集まっていた。


「それじゃぁ、お邪魔しました。」


「またいつでもおいで。今度はもっと美味しいもの作ってあげるから。」


「はい。夕飯までご馳走になって、とっても美味しかったです。」


「次はもっとおしゃべりましょうねっ!優希さん!」


「うん。おしゃべりしようね。」


「紘、送っていってあげなさいよ。こんな暗い時に女の子一人で帰らせるわけにはいかないから。」


「わかってるよ。じゃぁ、行こっか。」


「うん。」


玄関の扉を開ける。

とても充実した放課後だったが優希には一つ気がかりがあった。


振り返り、閉まっていく扉の向こうには未だ佇む美穂の姿が残っていた。

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