準備 ③


「あっ。」


「・・・・」

お互い、目が合った瞬間固まってしまった。

お互い知らない人同士というわけではなく、かといってそこまで仲がいいわけではない。

微妙な関係。


「そういえば美穂には言ってなかったっけ。今日は勉強会をするために有栖川さんにきてもらったんだ。」


「ふーん。そうなんだ。」

目を細め、優希の方へ視線を向ける。


「なになにー?お客さん?」

玄関のいつもと違う雰囲気に気づいたのか、未来がやってきた。


「って!えっ!?おんなのひと!?おかーさん!お兄ちゃんが女の人連れてきたー!」


「なっ!お、おいやめろよ未来!なんでわざわざそんなこと報告するんだよ!」


「...えーどんな子〜?」

未来の呼び出しに応えて母親も夕食作りを一旦やめ、この家に集う全ての人が玄関に集合した。


「って、あら?優希ちゃんじゃない?有栖川さんとこの。」


「は、はい。どうも。」


「やだ〜!久しぶりねぇ。こんな大きくなって!覚えてるおばさんのこと?」


「お母さん、知ってる人なの?」

未来が母に問いかける。


「この子ね、小学生の頃から紘とよく同じクラスで隣の席の子だったのよ。よく覚えてるわぁ。」


「ほぇー。そうなんだ。」

照れているのか。優希は話の最中に徐々に顔が下を向いていき、頬を赤らめた。


「今日、ご飯食べてくでしょ?まっててね、おばさんご馳走用意するから。」


「え?あ、いや、その私は...」


「遠慮しないで。せっかくきてもらったんだから。」


「いいじゃん!いいじゃん!食べてってくださいよ、優希さん。」

未来がキラキラと輝く瞳で優希に懇願する。

その瞳に負けたのか優希は頷き、夕飯を櫻木家でご馳走になることになった。


「じゃぁ、夕飯できるまで勉強してこっか。あっ、でも家に連絡とかしなくても大丈夫?」


「....一応しとく。」


「よし、じゃぁいこっか...って言いたいところだけど、ちょっとだけまっててくれる?すぐ片付けるから!」

そう言って、紘は猛ダッシュで自室へ駆け込み部屋の掃除を始める。

一人玄関に取り残された優希は一緒にいた美穂とも特に喋ることがなく重たい空気が漂っていた。


「....紘くん、部屋散らかってるからもう少しかかると思うよ。」

最初に口を開けたのは美穂だった。

紘の母が優希の思い出話を語っている最中は黙り続け、終始不機嫌そうな顔をしていたが、二人きりになると、その表情もいつも通りに戻っていた。


「...そう。」

なんであんたが知ってるの?

そうとは聞けず、優希の疑問がまた積もる。

それからは会話はなく、紘が降りてくるまで、お互い目も合わせずにいた。


「おまたせ。多分大丈夫だから。来て。」

告げられると、d優希は靴を脱ぎ、階段へと向かう。美穂の横をちょうど通りすぎる瞬間、美穂が紘に問いかけた。


「ねぇ、紘くん。私も一緒にしちゃダメかな。」

なんとなくこうなるだろうと優希も薄々感じていた。同じ家にいて、同じ高校の生徒がいたら、流れ的に一緒についてくるだろうと。それぐらいは受け入れようと、優希は思っていた。


「もちろんそのつもりだったけど。美穂が教えてくれた方が助かるし。」

しかし、まるで美穂を最初から頭数に入れていたような返事をした紘に少しばかり怒りを感じてた事だけは想像していなかった。


「じゃぁ、明美さんに言ってくるね。」


「先に上行ってるから。」


「い、行こうか、有栖川さん。」

コクリと頷き、階段を登る。一段一段、ゆっくりと。

初めての男の子の部屋。

初めての好きな人の部屋。

唐突に決まったことで、優希は午後からそわそわしていた。

準備も万全にして行きたかった。

足の匂いとか大丈夫かな。

髪型変じゃないかな。

いくつもの不安を抱えながら、ようやく扉の前にたどり着く。


「おじゃまします。」

気合を入れて入った部屋は普通の部屋だった。

左側にはシングルベットがあり、本棚がある。漫画ばかりだ。真ん中には小さなテーブルがある。右側はクローゼットと勉強机があり、机の上にはいくつものプリントが鎮座している。普通の男の子の普通の部屋。だが優希にとってその普通はかけがえのない、大好きな男の子の部屋だった。


「て、適当に座ってて、いま飲み物とってくるから。」

二人きりの空間に紘も緊張しているのだろうか。少し上擦った声で優希に話しかけて、部屋を後にした。


(これが、いつも櫻木が寝てるベット.....)

一人になった優希は部屋の隅々を見渡した。どんなに細かいことでも紘のことを知りたい一心で。

当たりまえの行動だろう。誰しも好意を持つ人の部屋に入れば、どんな部屋なのか気になってしまう。しかし、優希の行動は少し上をいっていた。


(...ちょっとだけ...ちょっと嗅ぐだけ...)

少しずつベットに近づく優希。

だが、あと一歩のところで扉が開く音がして、その行動は思い踏み止まる結果となった。


「なにしてるの?」

扉を開けたのは美穂だった。


「別に..座ろうとしただけ。」

そう言い訳をして、目の前のベットに座る。

それを見た美穂はまた目つきを細め、あの不機嫌な顔になった。


「.....ちょっと、いきなりさぁ。」


「ジュースもってきたよー。」

美穂に続いて紘もジュースを持ってやってきた。


「なに扉の前で立ってんの?早く座ってよ。」

部屋に入れない紘は美穂に催促をだす。


「ごめんね。ジュース持つよ。」

振り向いた美穂の顔は笑顔だった。流れるようにお盆を受け取り、テーブルにグラスを並べる。


「あ、有栖川さんも喉乾いてない?飲みなよ。」

そう言ってグラスにオレンジジュースを注ぐ。その横で美穂は早く絨毯に座れと言わんばかりの眼差しで優希を見つめていた。

それを察したのかは分からないが、優希はベットから降りて、オレンジジュースを、口へと運んだ。

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