準備 ②

「櫻木くん。ちょっといいかな。」

昼休み。話しかけてきたのは、あのどこか頼りない石津だった。


「ちょっと君に頼みたいことがあって。」


「頼みたいこと?なに?」


「実は、文化祭実行委員の手伝いを、その、お願いしたいんだ。」


「え!?僕が実行委員の?」


「そう!櫻木くんだからこそやってほしいんだ。今年の文化祭は生徒会長が張り切っちゃってるもんだから、先生の反対を押し切って規模が去年と比べてかなりデカくなっているんだ。」


「へぇ。そうなんだ。」

毎年の文化祭は生徒のみの参加で近隣住民や保護者は参加できていなかったのにどうして今年は参加が可能になっているか不思議だったことに今解答を得れた。


「そんなわけで、明らかな人員不足で猫の手も借りたいところなんだ。だから頼む!櫻木くん!どうか力を貸してほしい!」

僕の机におでこを擦り付けてオーバーに頼んでくる。あまり自分の机に頭を擦り付けられるのも嫌だったが、勢いに負け、やめろとは言えなかった。


「あの、僕は全然いいんだけど、具体的になにをすればいいの?」


「おぉ!ありがとう。恩にきるよ!詳しくは今日の放課後初集会があるから僕もそこで聞くことになっているから、ぜひ出席してくれ!」


「わかった...って!今日の放課後!?」


「あ、あぁ、そうだが、何か問題でも?」


「...い、いや、大丈夫。なんとかするよ。」


「そうか!それは助かる!それじゃまた放課後に。」


そう言って、自分の席へと戻っていった。


(不味いなぁ。今日は有栖川さんとの勉強会なのに...」

チラッと優希の席を見る。すると優希もこちらに視線を向けていた。だがその目つきは鋭く、明かに不機嫌そのものだった。


『ごめん。有栖川さん。今日の放課後のことなんだけど。』


『うっさい。』


『聞こえてた?ごめん。まさかこんなすぐに呼ばれるなんて思ってもなくて...』


『ちょっと渡り廊下きて。』


このメッセージが来た瞬間、優希の方を見ると顎で廊下にこいと指示を出していた。


「その、ほんとごめん!」


「・・・・」


「もし私がこれでテストの点数悪かったらどうしてくれんの?」


「え?そ、それは...」


「あんたのせいだからね。」


「だ、だよねぇ。」

理不尽な返事だったが、好きだから、許すしかないんこういうところもまた良いものだ。


「集会が終わったら多分図書館は閉まってるだろうし、うーん。」

考え込む。その姿を悶々としながら優希は眺めていた。


(図書館がダメならファミレスとかでいいじゃん!なんでそんなこと考えつかないのよこのバカ!)

腕を組み足をバタバタと叩き出している。しかし、それに気づかず一人黙々と考える紘はある一つの答えに辿り着いた。


「そうだ!」


(きた!!)


「家で勉強会、どうかな!?」


(えぇーーーーー!!!)

予想の少し、いやかなり上をいく答えが返ってきた。


「い、家って、それって、それ...あれ、これって...」

落ち着きを取り戻せない優希は言語がグチャグチャになり、紘も少し戸惑っている。


「やっぱりだめかな。あ!今思いついたんだけど、やっぱりファミレ....」


「私は別にいいけど!!」


「あ、うん。ならよかった。僕の家だったら大丈夫だけど、どうかな?」


「私の家は元々無理だから、あんたん家しか候補ないし。」

昨日あんな顔を姉に見られたのだ。男を連れてきたら、また冷やかされるに決まっている。


「じゃぁ、放課後、ちょっとだけ待ってくれなきゃいけないけど、大丈夫?」


「それまで図書館で勉強しとくからいい。」


「そっか。じゃぁ待たせちゃうかもだけど、ごめんね。」


「別にいいし。」


「それじゃ戻ろっか。」

そう言って振り向くが優希はついてこない。何故だろうと優希を見ると。


「...二人一緒に入っていったら変に思われるじゃん・・・」


「だ、だよね!ごめんごめん。先言ってるね。」

紘が先に教室の方へ戻っていく。

姿が見えなくなったのを確認して、優希はとりあえず、息を整えた。


「ふぅ....嘘でしょ。今日、いきなり部屋行くの..」

両手でほっぺを抱えながらその場で蹲り、一人悶絶していた。幸いにも、周りには誰もいなかった。はず。



放課後。文化祭実行委員の初集会が会議室で行われていた。


「えー、お前たち、よくきてくれた。今日はこの歴史ある学校の文化祭に、革命を起こすための会議に出席してくれたことに感謝する。」

部屋全体に緊張が走る。文化祭なのになんでこんな張り詰めた会議なんだ。と、心の中で一人ツッコミを入れていた。


「今年の文化祭は一味違う。今まで生徒のみで行ってきた貧弱なものではない。近隣住民や保護者、それら全てを巻き込んだ大規模な文化祭にする!期間は2日と半日!本当は3日間と行きたいところだったが、そこは私の力不足だ。誤っておく。」


「だが!この2日と半日!内容は最高に濃く面白い文化祭にしてみせる!そこで君たちの力が必要だ!貸してくれるだろうか?否!その力、貸してもらう!」

一気に歓声が飛び交う。他の実行委員もかなり本気みたいだ。その中に石津くんも混じっている。


「今年はとんでもない文化祭になりそうだねぇ〜。」

周りとは少し違う雰囲気で話しかけてきたのは、同じクラスの実行委員の姫乃咲さんだった。


「僕だけ場違いみたいで嫌だったけど、姫乃さんも、あそこまで熱くなくて安心したよ。」


「いやいや、見た目はクールに見せてるけど、うちの心の中の真っ赤な炎は誰よりも熱く燃えてるんだゼェ〜?」


「あっ、そうだったんだ。」


「ところでさ、なんで櫻木くんこのスケット受けもったの。うち何にも聞かされてなくて、石津っちの独断で頼んだっぽいんだけど。」


「うーん、頼まれたからかな。単純に。」


「ほーん。そうなんか。」

そこで会話は終わり、再び、会長の熱い演説へと意識を向ける。



「....では!今日はこれにて解散!!」


「ありがとうございましたー!」

一同揃ってお辞儀をする。

結局のところ1時間ほど会長の文化祭に対する熱い思いを聞くだけで、特になにも進展しない会議だった。


「ねぇ、姫乃さん。今日こんな感じで終わっちゃったけど大丈夫なのかな。」


「まぁ、なんとかなるっしょ!あぁ見えて、会長はできる人だからさ。」


「はは..大変そうだなぁ。」


「その大変そうな仕事を自ら引き受けたのは自分でしょぉ〜。」


「そうだよね、ダメだダメだ、こんなこと言っちゃ。」


「ふふ、ほんと櫻木くんは『善い人』だよねぇ。」

妙に善い人の部分だけ協調して言ってきた姫乃さんに少し違和感を感じた。


「どういうこと?」


「櫻木くん、2年生から同じクラスになったけど、すぐわかったよ。あぁ、この人は善い人なんだなって。」


「あ、ありがとう。そんなこと言われたの初めてだよ。」


「ふっふーん。くるしゅうないぞぉ。」


「でもね。」


「うちもそうなんだよ。」


「え?別に僕は姫乃さんは悪い人だなんて一回も思ったこと...」


「ちっちっち。違うよ、櫻木くん。私が言ってるのは、善い人に見られたいってところ。」


「へ?」


「へっへーん。まっ!そゆことで!」

そう言うと、玄関に向かって無邪気に走っていく。だが、一度立ち止まりこちらに振り向く。


「文化祭!一緒にたのしくしよーねぇー!」


「うん!」

そう言ってまた走り出す。なんだか、ずっと姫乃さんのペースに乗せられて少し疲れた気がした。


時は少し前に戻る。

図書館の前の化粧室。放課後ということもあってか、利用者はほとんどいない。だがそこにかれこれ1時間弱、鏡の前でずっと自分と向き合っている女子生徒が一人いた。


「うーん。なんか前髪上手くいかない...」

鏡の前で自問自答。

これから意中の相手の家に行くのだ。身だしなみや体調、すべてのコンディションを最高にしていきたいところ、どうしても前髪のノリが想像通りにならないことに小一時間、格闘していたのだった。


「って、やば!もうこんな時間!」

約束の時間まであと数分、一体鏡の前でどれだけいたのだろう。荷物をまとめ、待ち合わせの昇降口まで走る。


「あっ、おーい!有栖川さーん!」

大きく手を振って、こっちこっちと呼ばれた。


「ごめん、待たせたね。じゃぁ、その、行こっか。」

言葉はなく、ただ頷くのみ。既に優希は緊張モードに入っている。

家に行くまでの距離。二人きりで初めての下校。お互いの関係性は曖昧なままだが、二人で帰っているという事実だけで、優希にとってはお腹いっぱいだった。

しかし、家に着くまでずっと下を向いて歩き、まともに会話もできないまま目的地である、櫻木家に到着してまった。


「ここだよ。さっ、入って。」

紘が玄関の扉を開ける。中に入ると自分の家とは違う、別の家の匂いがした。一歩一歩ゆっくりと歩く。靴を脱ぎ、おじゃましますと一言。靴を揃えようと足元を見ると、櫻木の靴と中学生ぐらいの女の子の靴。そして自分とそっくりの靴が並んでいた。首を傾げ、不思議に思っていると、そのモヤモヤは一瞬にして晴れた。


「おかえりー。今日は遅かったね...って、あっ。」


「.....っ。」


リビングから出てきたのはエプロンを巻いて夕食の準備をしていたであろう美穂だった。

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