準備 ①
「それじゃぁ、さっそく文化祭の出し物について何か案がある人挙手をして言ってください。」
秋も中盤を迎え、テストも迫ってくる中、その次のイベント、文化祭の準備も始まろうとしていた。
「はいはーい!メイド喫茶!」
「えー、それ女子が一番つかれるやつじゃーん。」
「はい!和服喫茶を提案します!」
「それも男子何にもしないやつじゃん!」
「あ、じゃあじゃあ、お化け屋敷なんてどう?」
「それいい!私それにさんせーい!」
「うちも!うちも!」
もう挙手なんてお構いなしに話は進んでいく。それを教壇から笑顔で眺め続ける石津君がなんだか少し寂しそうだった。
結局、いくつか意見が出揃ったところで、みんなネタ切れなのか、文化祭とは別の話題で各々のグループが談笑を始めていた。
見兼ねた石津が意見をまとめようと黒板に出された案を連ねた。
「よし、意見もだいぶ出たことだし、多数決をとっていきたいと思います。」
だされた案は5つ。
メイド喫茶
和服喫茶
お化け屋敷
ミュージカル
飲み物・フード系の出店
他にもだされていたが同じような意見もあってかなり統合された結果になっている。
「なぁおい、どれに入れるよ?」
秀が話しかけてきた。
「うーん。お化け屋敷も楽しそうだけど、やっぱり...」
「...へっ。だよな?」
お互い、言葉なんていらない。男なら誰だってわかっていること。僕たちには選択肢なんて最初から一つ。他はそれをカモフラージュするための飾りでしかなかった。
「おーい、次、日野君の番なんだけどー。」
石津が日野に投票の催促をだす。
「んじゃ。行ってくるぜ。」
「あぁ、僕も後から行くよ。」
そう言って一枚の投票用紙を持って、秀が席を立っていった。
結果発表。
メイド喫茶 8票
和服喫茶 4票
お化け屋敷 17票
ミュージカル 1票
飲み物・フード系の出店 3票
「えっとそれじゃぁ、このクラスの出し物は一番投票の多かったお化け屋敷に決定します。」
「なんでだよー!」
秀が雄叫びを上げている。それは僕も同じ気持ちだった。まさかこのクラスには後6人か同士がいなかったなんて。思わず俯いてしまう。
「うっ..ううう...ちくしょう..」
「しかたないよぉ。」
どこからか励まし合う声が聞こえてくる。彼らもあのどれかの落選に嘆いているのだろう。そう感じる。
その日の夜。ベッドでゴロゴロしていると一通の通知が届いた。
『残念だったね。メイド喫茶。』
『な、なんのこと?』
『とぼけてもバレバレだから。どうせ櫻木のことだから、それに投票したんでしょ。』
『....はい。そうです。』
『お化け屋敷が決まった時、櫻木の落ち込み方まじでドン引きするレベルだったし。』
『え!?見てたの!?』
『たまたまだから。視界に入ってきただけ。見たくて見たわけじゃないから。』
『それはそうだろうけど、は、恥ずかしいな。」
『はは。』
『きも、変態じゃん。』
『ご、ごめんないさい。』
『いや、無理だから。』
会話の相手は有栖川さん。以前連絡先を交換してからこういう感じの会話をするようになった。
僕にとっては、直接話すじゃないけど、有栖川さんとの関係を持てていることだけで嬉しかった。
『それで、次の勉強会いつ?』
『有栖川さんがよければいつでも大丈夫だよ!』
『....じゃぁ、明日の放課後。』
『全然オッケー!』
『んじゃ、よろしく。』
あの日の約束通り、テスト期間までの間、二人で勉強会を開いてる。
決まった日の放課後の誰もいない図書館で。
といっても、勉強会らしい勉強会を行うのは僕だけじゃなく、この世にいる全ての高校生に当てはまると思うんだけど、到底無理な話だと思う。結局は雑談をしてその日の勉強は終了する。
例えば、こんな風に。
「ちょっと、ここわかんないんだけど。」
「うん?どれどれ...?」
「....まだ?」
「あぁ、ちょっとまって!もう少しで分かりそうだから!」
「ええっと、文法的にはこうなるんだけど、答えの枠的にあってないから多分決まった文をいれるんだよな..うーん。」
「はぁ、分かんないならもういい。」
「え!もう少しだけ待ってくれない?後ちょっとで分かるかもしれないんだ!」
熱い視線を有栖川さんにぶつける。ここまで悩んで解けそうなんだから僕も意地になってしまった。
「....はやくしてよ。」
ふいっと下を向いて許しの言葉を差し出す。
「ありがとう!それじゃぁ....あ!そうか分かった!」
「ほら!これで枠に埋まって意味も通るよ!」
「ほんとだ...やるじゃん。」
「へへ、ありがとう。」
「じゃぁ、次は私が教えてあげる。なんかわかんないとこ、ある?」
「実は、数学のこの問題なんだけど。」
「こんなんも分かんないの?バカじゃん。」
「ひ、ひどいなぁ。僕、こういうタイプの問題苦手なんだ。だから、お願い。」
「...!はいはい。じゃぁ教えるけど...って何じろじろ見てんの?」
「あ、ごめん。有栖川さんって字綺麗だなって思って。」
「ま、まぁね。でもこのぐらい普通でしょ。」
「いやいや、そんなことないよ。僕も同じ左利きだけど、こんな綺麗に書けないよ。ていうか、人に見せられるレベルじゃないっていうか...有栖川さんだけだよ、こんなの見せるの。誰にも言わないでよ?」
そういって、すっとノートを寄せる。
「...まぁ、これは、その、味があっていいんじゃない?」
あの毒舌有栖川さんに同情の言葉を貰ってしまった。
「正直に言っていいよ..読めないよね...はは。」
「い、いや。別に読めないって訳じゃないじゃん。私にだってここの古文の板書ぐらい読めるレベルだし!」
「.....」
「な、なに?」
「それ、数学のノートなんだ...」
「あっ...」
なんとも言えない申し訳なさそうな顔をして有栖川さんはチラチラこちらを伺ってくる。
「あっ、問題解くから!」
そう言って、シャーペンを取り出しノートに書こうとした時、力を入れすぎたのかシャー芯が折れてしまった。
「うわ、最悪、シャー芯無いし。」
「じゃぁ、僕のあげるよ。はい。」
そう言って渡されたのが、0.5ミリのシャー芯だった。
「私、0.7なんだけど...」
「あっ、そうなんだ。じゃぁ、このシャーペン使ってよ。僕まだ持ってるから。」
「えっ、そしたらあんたのシャーペンなくなるじゃん。」
「僕、シャーペンだけは何本も持ってるから大丈夫!」
ほら!とぱんぱんの筆箱を見せつけてくる。
「...じゃぁ、遠慮なく。」
恐る恐る、紘のシャーペンを手にする。
好意を持った人の私物に触れたのが初めてだった優希は、そのシャーペンをぐっと握りしめ、問題に取り組んだ。
そんな時。
「そこのカップルさーん。ごめんねー。もう閉館の時間だから、もう終わってくれるかなー。」
「!?」
二人そろって顔が赤くなる。すぐさま二人は司書さんの言葉を訂正させるべく、言い訳を繰り返す。
「ち、違います!僕たちはカップルとかじゃなくって、その、」
「ただのクラスメイトですから!!」
「はいはい。分かったから、はやく片付けてねー。」
結局のところ、弁解の意味はなく、火に油を注いだだけのようになってしまった。
帰り道。途中まで一緒に帰って一人になった時、紘は神妙な顔つきをしていた。
『ただのクラスメイトですから!!』
「ただの、クラスメイト、かぁ。」
深いため息をつく。有栖川優希にとっての自分の地位を明確に示されたことにより、紘は少し落ち込んでいた。日も沈み、辺りは街灯がつき始め、少し冷たい風が吹き始める。進展していると思っていた関係の現在地を知り、途方に暮れる、11月。
「ただいまー。」
「おかえりーって。あんたなにニヤニヤしてんの?」
ちょうど階段から降りてきた4つ上の姉。有栖川栞に突っ込まれる。
「は、はぁ?ニヤニヤなんか別にしてないし!」
「はっはーん。最近なんか機嫌良くなったと思ったら、あんた、男できたでしょ?」
「....!できてないし!ていうか、お姉ちゃんに関係ないし!」
そう言って、誤魔化すように自分の部屋へと逃げていった。その姿を階段の下から、ニヤニヤと見上げる姉がいた。
就寝前。優希はシャーペンを持ち、ノートを広げていた。だが、机に座っているのではなく、布団の中で。
持っていたのは紘から借りたシャーペンだった。
数学の問題集を横に並べ、黙々とノートに解答を書く。そこに書き記していた字は、ある場所から少し、濃くなっていた。
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