気がかり ④
「で、どうするの?」
表情は変わらない。眉を細めたり、口角をあげるでもなく、ただ紘を見つめ続けていた。
「どうするって....」
「まさか、振られたから自分に好意を持ってくれている子に慰めてもらおうとか...」
「そ、そんなこと!....あるわけない。」
「...最っ低。」
一瞬の躊躇いを見逃さなかった美穂の目は、汚物を見るそれに変貌した。
「ぼ、僕はそんなこと絶対しない!そんなの鏑木さんが悲しむだけじゃないか!」
「....じゃぁ、どうするの?」
「断る...しかないよ。」
「うん。よく言えました。」
「もし、紘くんがそのまま付き合うとか言ってたら、縁切ってた。ほんとに。」
「えっ。そこまで?」
「私、人の気持ちを裏切るようなことする人とは絶対に関わりたくないもん。」
「う、うん。それは僕もだけど。」
「来週は忙しいね。じゃぁおやすみー。」
「あっ、うん。おやすみ。」
あっけない終わり。でもどんなことでも美穂は真剣に相談に乗ってくれる。
僕も美穂を助けてあげたい。
いつも助けてくれている美穂に僕は何をしてあげられるんだろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
翌週。
朝、目を覚ますと、時間はいつもより30分早い時刻を指している。二度寝もせず、誰に起こされたりもせず、自分だけで起床した。
今日の紘はいつもと違う。目的があるからだ。
学校につくと、あの席を見る。いつも三人でよく喋っていたはずの光景は今日はなく、優希は一人机に頭を埋めていた。他の二人はどこにいるのか。そんなことを考え、探そうとしたが、そんな意味はなく、二つの視線が僕に刺さって、二人の所在を確認できた。
胸が痛い。同じクラスメイトを体育倉庫で襲うなんて、立派な犯罪を犯していた真実を再び思い出してしまう。
有栖川さんが喋ったのか。そんなはずはないと言い聞かせ、あの場所の状況から二人は読み取ったはずだろう。
(今話しかけるのはちょっとまずいかな。)
騒がしいホームルーム前の教室で話しかけに行く勇気は僕にはなかった。
自分の席に着き、教科書を引き出しにしまいながらもう一度彼女の席を見る。だが、顔はずっと窓に向けられていていつも見ていた横顔も今日は見ることができなかった。
放課後になり、昼休みになんとか優希を呼び出すことに成功した紘だったが、不安はさらに増していった。
昼休みが終わるギリギリの時間、みんながざわざわと動きだし昼からの授業の準備を始めている最中に声を掛けた。だが、優希は目も合わせようともせず、頬杖をつきながら返事を返してきた。
「目も合わせてくれなかった...本当に僕はなんてことを...」
ふと、後ろを見ると木の後ろでこちらを観察している女子が一人。
「美穂のやつ...ほんとにきたのか。」
そんなことを考えていると、奥の校舎の影から優希がやってきた。表情はいつも通りの冷たい顔をしている。少し周りを警戒しながらこちらにやってきた。
「あっ...きてくれてありがとう。」
「...それで、なに?」
「うん、この間のこと。謝りたくて。」
「誤って済む問題じゃないってことぐらい分かってるんだけど、どうしても..謝りたくて。」
「・・・・」
眉一つ動かない。さっきと同じ表情。
それでも紘は引かず、自分の思いをぶつけた。
「この前は本当に!ごめん!有栖川さんにとってはすごく怖かったと思う。あんな誰もいないところで男と二人なんて、僕にできる償いがあるならなんでもするし、それで許してもらおうなんて思ってもない!それに、あんなことしたのは、ずっと...前から...僕は!」
「もういいから。」
「...え?」
「もういいって言ってんじゃん。」
「な!なんで!?あんなことしたのに?」
「あーもうっ!私が!いいって!言ってるんだから!いいの!」
「...そ、それは、ありがとう。」
「そのかわり。」
「あんた、さっきなんでもするって言ったよね?」
「う、うん。」
「じゃぁ、これからテストが終わるまで私に...付き合ってもらうから!」
強い風が吹く。その風が二人の時間を一瞬だけ止める。
「返事は?」
「は、はい!」
「...ふんっ。じゃぁ、明日からよろしく。」
そう言って振り返り、優希は元来た道に戻る。
「ちょ、ちょっとまって!」
歩きだしていた優希の足が止まり、顔だけが振り返る。
「なに?」
「その、連絡先、交換しといたほうがいいんじゃないかって!メッセージとかで教えることもできるし。」
「....別に..いいけど。」
こうして、有栖川優希との間のモヤは晴れたのかは定かではないが、一筋の光ぐらいは見えるようになった。
優希が去った後、紘は未だにそこを動けずにいた。
一人拳を握りしめ、携帯を眺めている。その視界にはまだ震えている自分の両足と新しく登録された『優希』という友達の画面が写っていた。
「良かったね。丸く収まって。」
遠くから観察していた美穂がようやく姿を現すと紘はこの場にいるのが自分一人ではないことに気づく。
「うん。勇気出して言った甲斐があった。」
「じゃぁ、もう後一人、頑張らなくちゃね。」
校舎裏から一人、正門に向かって歩いてくる。
その彼女は、携帯の画面だけを見つめながら、頬を赤く染め、口元も緩みきって歩いていた。先ほどの彼女の表情からは想像できないほどに。
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