気がかり ③

「...あの、以上...だけど。」

沈黙に耐えきれず、返事の催促をだす。

重く閉ざされていた美穂の口がようやく開く。


「そうなんだ。それで?」


「それでって...なに?」


「したの、キス。」


「いや、してないって!」


「なんでしようとしちゃったの?気の迷い?」

問いただしが激しくなっていく。まるで美穂の感情と同調しているかのように。


「その、昔から気になっていて、自分の中ではいい雰囲気になってた...つもりなんだけど。」


「そうじゃなかった。」


「....その通りです。」

そこで美穂は携帯の画面を閉じ、布団から起き上がりこちらに体をむける。


「紘くんはさ。」

じっとこちらを見つめながらゆっくりと話しだす。


「有栖川さんと仲良いの?」

直球の質問が飛んできた。それを聞かれるとかなり答えづらい。僕にとっては仲が良い、と思っているけど、有栖川さんもそう思っているのかはわからない。自分だけが一方的に思っていることが他人にとっては単なる安易な関係になっていることなんて珍しくない。その関係をお互いがしっかり認識していれば良いのだけれど、しかし、多くの人はそれができずなんとなくで関係を保っている。曖昧で不安定な関係。

言葉にすれば分かってしまうことなのにみんな口にできずにいる。そういうものだと割り切っていたけど、今目の前に突きつけられているその問いの答えを僕はまだ口にすることができなかった。


「紘くん?」


「ごめん。よくわからない。」


「紘くん、よく言うよね。言葉にしなきゃわかんないって。自分のことはいいんだ。」

ぐうの音もでない。その通りだった。


「まぁ、拒まれたってことは、可哀想だけど結果的には振られてる...ってことなんだよね。」


「切り替えてかなくちゃ。」

美穂からの励まし。僕がよく落ち込んでいると、なんだかんだ言って献身的になってくれている。こういう時の美穂には本当に助かっている。感謝してもしきれないほどに。


「....そう、だよな。」

暫しの沈黙。紘は切り替えなくてはいけないことを理解はしている。しかし、長年の恋を簡単に割り切れるほど、まだ人間ができていなかった。

それを見据えた美穂はさらにアドバイスを付け加える。


「まぁ、そんな簡単には無理だよね。でもまず、紘くんはやらなきゃいけないことが二つあります。」

顔をあげ、美穂を見つめて問いかける。


「一つ目は、有栖川さんにしっかり謝ること。携帯で送るのもいいけどやっぱり直にあって謝るのがいいと思うよ。」


「そうだよな...」


「一応連絡とかしといたら?」


「連絡先とか、知らない。」


「...あぁー、そっか。じゃぁ学校で直接言うしかないね。」

美穂は手のひらをグッと握る。それは決して紘には見えないように、静かに、力強く、布団の下で。


「大丈夫だよ。紘くん。私が見といてあげるから。ヤバそうだなってなったら出てきてあげる。だから、ね。」

そう言うと、紘の膝に優しく手を乗せ摩る。そのせいか紘は段々と落ち着きを取り戻し、少し冷静になっていた。


「そ、それは!.....分かった。」

何か思い留まることがあったが、紘はそれを飲み込み話を聞いた。


「うん。大丈夫だから。私がいるから。」

幼馴染み。昔から一緒にいる兄妹のような存在。だからこそ、お互いのことを知り尽くしているからこそ、踏み込める。深い、深いところに。

しかし、深く踏み込めるからといって、決して人には見せないそんな部分だってある。

彼にも。彼女らにも。


「で、もう一つなんだけど。」


「うん。それって..」


「鏑木さんのこと。どうするの。」


「え!?なんで美穂が知ってるの!?」


だからといって決して見れないと言うわけではない。こんな風に簡単に見られてしまうことだってある。もちろん。

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