気がかり ②

「そっか。可哀想だねぇ。」


「....何笑ってんのさ。」


「見えてないでしょ。」


「後ろ姿でもよーくわかるんだよ。」


「あはは。そうなんだ。」

振られたこと以上の詮索はしない。そのことに紘はもどかしい気持ちになっていった。


最初に聞いてきたの、そっちからのくせに。


「まぁ、もうご飯もできてる時間だしさ。早く帰ろ。未来ちゃん怒ってたよ。家事もしないでーって。」

痺れを切らしたか、紘は何も言わずにブランコから立ち上がり、帰路についた。その少し後ろを美穂は黙ってついていく。



「ただいま〜。」


「おかえり〜。ちょっとお兄ちゃん!どこほっつき歩いてたの!手伝いもしないで!」

躊躇いもなしに遠慮なく怒声が響いてきた。

しかし紘はそれに言い返すこともせず淡々と靴を脱ぐ。それをみて美穂は口を開いた。


「カラオケしてたんだって、ずっと。だから声を出すのも面倒だって、さっきから全然喋らないの。」


「なにそれ、バカ通り越して大バカじゃん!大バカお兄!」

一瞬戸惑ったが、すぐに眉を上げ、また声を上げて罵倒した。いつも通り、反論が返ってくると思い、待ち構えていたが、そのまま横を通り過ぎていき、紘はなにも言い返さず、そのまま洗面所へと向かっていった。


「...あれ?」

いつもと違う反応に戸惑いを見せる未来。その原因をなんとか作り話で納得させるよう美穂が必死のフォローに入る。


「だから声もだすのめんどうなんだって。今日は放っておこ。ね。」


「う〜ん。やっぱり大バカじゃん。」


その後食事を済ませた紘はいつも通り風呂に入り部屋に戻っていった。 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「..........はぁ。」

やってしまった。最悪だ。なにやってるんだ僕。

ずっと好きだった女の子にいきなり迫って、そりゃぁ、ああなっちゃうよな。本当に、有栖川さんもあんなことされて嫌だったはずだし。はぁ。


最低だ、僕。


部屋の電気を消してベッドの上で天井を見つめながら自分の今日の行いを激しく後悔している。

この行いは今後一生消えるものではなく、常に胸に抱えて生きていくことになる。大きな十字架を担ぎ、大学生、社会人になってもそれを下すことはできない。


「来週、どんな顔して学校いけばいいんだ...」

自己嫌悪に落ちていると、扉がコンコンと二回、ノックされる。

美穂か。

そう思って返事を返すと扉は開き、枕を抱えた美穂がいつものように入ってくる。


「今日もこっちで寝ていい?」


「...別にいいけど。」

そっけない返事で少しばつが悪い雰囲気になってしまい、美穂の口数がいつもより少ない。気がする。


「で、」


「うん?なぁに?」


「聞きたいんでしょ...今日のこと。」


「あぁー、うん。紘くんがいいならね。」


「なんだよそれ。」

美穂はわかってて聞いている。本当は僕が話したくて仕方がないこと。話すことで少し気が楽になるということに。


「紘くんが、嫌だなぁって思ったら、言わなくていいし、少し話したいなぁって思ったら話せばいいよ。それで私に何ができるかはわかんないけどね。」

心身に寄り添ってくれるのか、他人事として扱うのか、どちらかわからない返事が返ってきた。

しかし、紘は話さずにはいられなかった。

それは公園でのこと。入ってきて欲しくない領域まで足を踏み入れられたから。少しでも、美穂の優しさを感じ取ってしまったから。それが決定打だった。一度踏み込まれたなら、それに甘えずにはいられない。

僕は弱い人間だった。


「....それがさ。ちょっと言いづらいんだけど。」

少し間を開けて切り出したが、美穂は特に会話を意識することなく、携帯を聞いていた。

ただ、携帯の画面はずっとホーム画面のまま、なにも触っていない状態で。


「有栖川さんっているでしょ。」


「....うん。小学校のころから一緒だね。」


「その、有栖川さんを、放課後、委員会で、」

自分の心臓の鼓動が早くなっていくのがわかる。全身から汗が吹き出し、ベッドは既ににずぶ濡れだった。


「体育倉庫で、二人っきりになって、」

破裂しそうなほど、鼓動が増していく。


「その、僕が、いきなり、キス、しようと、したんだ。」


頬を伝う汗が布団の上で握りしめていた拳に落ちる。

紘が言い切った後、しばらく美穂は一言も発せず沈黙を貫いていた。

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