第一章
気がかり ①
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「おい、なにないてんだよ!」
部屋の隅っこ。まわりには積木が散らばっている中、他の園児は誰もおらず女の子が一人泣いていた。
「うぇ?ひろくん...?」
「もうだいじょうぶだから!あいつらこてんぱんにしたからさ!」
そう言って指をさした方向に、泣き喚く男の子が二人。先生も流石に気付き今は介抱の真っ最中だ。
「つぎ、みほちゃんいじめたらゆるさないからなっていったから!もうなきやんでよ!」
よく見ると、紘の顔には爪で引っ掻かれたような痕がいくつかあることに美穂はその時気づいた。
「こら!紘くん!なんで泰平くんたちをいじめてるの!」
事情を聞いてきたのか、介抱をしていた先生が紘目掛けてやってきた。
「ふん!あいつらがわるいんだもん!」
「いいから!ちょっとこっちきなさい!」
そう言って腕を掴まれ先生に連行される。
連れて行かれる最中、紘は後ろを振り向き美穂に向かって笑顔で親指を立てた。
それをみているだけの美穂は、紘の説教が終わるまでそこから動くことができなかった。
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夕方。ちょうど6:30を過ぎた頃。誰かが帰ってきた。
「ただいま〜。」
「おかえり〜。手、洗ってきなぁ。」
「はいはーい。」
手洗いを済ませ、制服を脱ぎ、部屋着に着替え完全家スタイルに戻った未来はいつも通りキッチンへと入っていく。
「あれ?お兄ちゃんまだ帰ってきてないの?」
「そうなの。なんだか委員会があるって美穂ちゃんがいってたけど。」
「普通ならさすがにもう終わってるんですけどねぇ。電話も出ないしちょっとおかしいなぁって。」
「まっ、どーせ秀一くんとかと遊んでるんだよ。家事もしないで。」
「うーん。そうなの?」
「...私、ちょっと探してきてもいいですか?」
と、包丁をまな板に置き、こちらをみて美穂は提案した。
「確かにねぇ。ちょっと探してきてくれる?美穂ちゃん。」
「いいっていいって。どうせ遊んでるだけなんだから。」
「はは。それならいいけどね。じゃあ行ってきます。」
「よろしくねー。」
美穂が紘を探しにいく理由は十分にあった。
一昨日の朝の事。美穂はずっと気がかりだったのだ。鏑木が紘に告白するんじゃないか。告白されたら彼はどう答えるのか。考えは泡のように溢れ彼女の不安を埋め尽くす。昨日はなんともなさそうな感じを振る舞っていたが、その素振りはいつにも増して落ち着きがなかった。その時から不安は確信へと変わり、紘は告白されたのだと気付いたのだった。
探すからといってあちこち走り回るのではなく、美穂の行き先は決まっていた。家を出て南に数分歩いたところにある公園。そこの隅の方に設置されている錆びたブランコに一人。下を向きながら座っている男がいた。
「やっぱり...」
ブランコの前の柵まで歩く。紘も美穂に気づいたのか、目線だけこちらに向けると再び視線を地面へ落とす。
「何してんの。もうご飯だよ。」
「・・・・・。」
返事はない。早くこの場から消えて欲しい雰囲気を出しつつ、何があったか尋ねて欲しいというややこしい雰囲気も出していることは美穂は見抜いていた。
一歩。また一歩と、
「そんな俯いて、どうしたの。」
距離が近づく。
「関係、ないよ。」
「あるよ。」
「...なんで?」
「幼馴染みだから。」
スッと。地面だけを写し込んでいた紘の視界に突然美穂の顔が入ってきた。
「わっ!」
「ふふっ、やっと顔あげた。」
目の前に現れたかと思えばまた元の位置に戻り今度は美穂が背中を向け、目線を合わせなかった。
「何かあったかいってみなよ。聞いてあげるから。」
沈黙が続く。紘は口を開かず、美穂は口を開くのをただ待つ。少し肌寒い風が吹くがきっと彼らには関係ないだろう。目線を合わせずただそこに立っているだけだが、お互いの考えは最初から気付いていた。
紘は必ず話してくれる。
美穂は必ず折れてはくれない。
そろそろ潮時かと、紘の重く閉ざされていた口がようやく動き出した。
「......振られたんだよ。」
「そっか。」
振り向きもせず、ただ一言、そう呟いた。
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