櫻木紘の場合 ⑤
「あれ、なんでいるの?」
ボーリングから帰ってきて自室に戻れば、隣に住む幼馴染みがベッドの上で漫画を読みあさっていた。
「いいじゃんべつにぃ。」
こっちには目も向けず、視線は漫画から離さずふやけた返事が返ってきた。
「まぁいいけどさ。ところで聞いてよ。今日ボーリングでストライクとってさ!すごいだろ?」
「・・・・そうだねぇー。」
返事に5秒ほどのタイムラグがあった。こういう時は大体話に興味がないってことは長年の経験から察しはつく。
なので、この話はここで切り上げて、別の話題に変えるのが得策だ。
「そういえば、次のテストのことなんだけど..」
「だれといったの?」
「え?」
「だからぁ、だれといったのか聞いてるんだけどー。」
珍しい。美穂がこういう時に話を続けようとするなんて。今までにも何度かこういう機会があったけど、久しぶりだったから少し驚いた。
「いつも通り秀と....」
「日野くんと?」
「美穂は分かんないかもしれないけど、4組の鏑木さんと五十嵐さんって人なんだけど。」
そう言った瞬間、ぺらぺらと読み続けていた漫画を一時中断し体を起こす。だけど、視線は相変わらず、こちらには向けず背中だけが僕に映る。
「知ってるよ。同じクラスだもん。鏑木志保さんと五十嵐佳奈さん。席も近いしね。」
「...そうだったんだ。気づかなかったよ。」
そういえば美穂も4組だったということを今のいままで忘れてしまっていた。失敗失敗。
「で、五十嵐さんはめちゃくちゃ上手だったんだけど、鏑木さんは僕と同じであんまり上手くなくて2人でずっとガーターばっかりでさ。」
「...そうなんだ。で、なんでそのメンバーで遊ぶことになったの?」
「え?えーと、鏑木さんが去年同じクラスでそれで僕のことを五十嵐さんに教えてーって感じで・・・」
「ふぅーん、そうなんだ。」
「・・・うん。」
「紘くんって、やっぱりちょっと女たらしなところあるよね。」
「へ?」
「中学生の時とかも彼女いなーいとか言っときながら、ちょくちょく女の子と遊んでたよね。」
それは、誘われたから行っただけで、決して自分から誘った訳じゃ..と弁解をしようとしても。
「テスト期間中の時だって勉強してるのにメッセージがきたらすぐそっちに夢中になって勉強やんなくなるし。」
「やっぱり、たらしだよ。紘くん。」
と、こちらに一度たりとも目を合わせず、自分の一方的な意見を好きなだけ言った後、またベッドに寝転がり、先程の漫画の続きを読み進めだした。
「って、僕の意見は無視ですか。」
「ちょっと静かにしてくれるー?」
枕に顎を埋めながら、少しこもった声で注意する。参ったことにそれからはまったく僕の話は聞いてくれなかった。
しばらくしても、彼女は一向に帰る気配がなかった。いつもならとっくに家に戻るはずの時間帯なのに。今日は少し様子がおかしい。
「なぁ、そろそろ夕飯の時間だと思うんだけど、美穂ん家はいいの?」
「・・・邪魔なんだ?」
「いや違うって!いつもだったらもうそろそろ戻る時間だなって思って聞いただけだよ!」
「・・・・まだ、漫画途中だし。」
「また後で読めばいいんじゃない?それか続きの本持っていっても...」
「じゃあ、お風呂入ったらまたくるね。」
「え!?明日学校なんだけど...」
「読みたいんだもん、いいでしょ?」
「まぁ、いいけどさ。寝不足になっちまうかもよ?」
「大丈夫。ちょっと夜更かししたぐらいじゃならないよ。」
「ちょ、ちょっとまって!」
『じゃあまた後で〜』と言い残して彼女は部屋を後にする。
こまったこまった。
ーーーーーーーーーーーーーー
「これの続きはー?」
「まだ買ってないよ。」
「買っといてよ〜。続ききになるじゃん。」
「ていうかもう11時だぞ。早く戻ったほうがいいんじゃない?」
「....ふん。」
これは困った。美穂がこうなったら答えを見つけるまで機嫌は変わらない。しかもノーヒントで。
「で、なんで不機嫌なの?」
「べつに不機嫌じゃないんですけど。」
「はぁ。美穂の悪いとこだぞ、それ。言葉にしなきゃ分かんないことだってあるんだ。態度や表情だけで分かることだってそりゃあるけど、大抵は言葉にしなきゃ...」
「だからぁ、不機嫌じゃないんだって。漫画の続きが読めなくてちょっと不機嫌なだけだよ。」
「自分で不機嫌って言っちゃってるし。分かったよ。明日買ってくるよ。ちょうど僕も読みたかったし。」
「じゃあ、私もついてくね。」
「あぁ、べつにいいよ。」
「よし、そろそろ戻ろっかな。」
「え?あぁ、そうなの?」
「明日は自分で起きてよね。毎回毎回私が起こさなきゃ起きないのなんとかしてよ。」
「分かった分かった。おやすみ。」
「二回返事は何も分かってない証拠。まぁ、いいけどね。おやすみ。」
そうして、結局何に納得したのかわからないまま、美穂の機嫌は直っていき、自分の部屋へと窓伝いで戻っていった。
「いい加減にしてくれよ...」
あまりの唐突さに苦笑いが出てしまう。
まぁ、いいか。今日は寝よう。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
次の日の放課後。約束通り、本屋へ美穂と向かった。
「あったあった。」
目当ての漫画を見つけた。さっそくレジに行こうとしたけど、美穂は雑誌コーナーで黙々と立ち読みを続けていた。
「....漫画あったけど、まだ見てく?」
「...うーん。もうちょっとだけ待って。」
なんだか目的の漫画のことなんか忘れてずっと雑誌に夢中になっている。
「ねぇねぇ。このアクセいいと思わない?」
「え?うーん。美穂にはもう少し落ち着いた感じの方が似合うと思うよ。」
「そっか、じゃぁこの中で言うとどんな感じの?」
「そうだなぁ。これとか?」
当たり障りのない無難だけどいいデザインのネックレスを指差す。
「こういうのねー。分かったぁ。」
何か考えながら納得した感じの返事だった。
それから少し別の雑誌を立ち読みした後、僕たちは目的の漫画を一冊だけ買って本屋を後にした。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
その夜、またしても美穂はぼくの部屋に居座っていた。
「漫画なら貸すのに、どうしているんだよ。」
「だって、紘くんの買ったものその日に借りるなんて図々しいことできないもん。」
数分後、漫画も読み終えひと段落し、美穂はベットの上でスマホをいじり続けていた。
その傍ら、僕は、もうすぐ始まるテストに向けてカタチだけの勉強に取り組む。教科書と問題集を開いて分からないとこは答えを見ながら空欄を埋める。大体は答案を写しただけの勉強した気になる一番駄目な勉強方法だけど、それには理由がある。もちろんそれは美穂のことだった。目的を果たしたのに一向に帰ろうとしない。なんで?
「美穂、もうそろそろ...」
「ねぇ、これなんてどう?」
見せられたのはネックレスの通販サイトのページだった。今日の放課後雑誌で見たようなシンプルイズベストといったネックレスの商品ページをほれほれと見せつけてくる。
「なんだよ急に。」
「今日、本屋で見ててちょっと欲しくなっちゃったんだ。一緒に選んでよ。」
こっちこっちと僕を手招きしてくる。仕方なく、僕もスマホを片手にネックレス探しの手伝いを始めた。
「あ〜これもいいね。」
「いや、これもいいと思うよ。」
「どれどれ?」
と言って、僕が見つけたネックレスのページをみせた瞬間。
メッセージの通知が一件届いた。
同時に美穂の表情も固まってしまう。何が誰から送られてきたのか確認をしてみる。
『こんばんわ!いまってなにしてますか?』
鏑木さんからのメッセージだった。この前のボーリングに行った帰りに連絡先を交換して初めて送られてきた、『よろしくお願いします!』以来のメッセージ。それを見た美穂は昨日のようにまた不機嫌になり、携帯を手放しベッドに寝転がりだした。
「あー、鏑木さんからだ。」
「・・・・はやく返事してあげたら?」
「....いや、今日はしないよ。それよりネックレス探すんでしょ?ほら、はやく携帯持って。」
「鏑木さん、可哀想じゃん。いいの?」
「美穂との約束の方が先だろ。ほら、時間も時間なんだしさっさと探すよ。」
「先なら、仕方ない、か。」
そうして、一瞬怪しい雰囲気になったが無事期限を取り戻してくれた。
「だからそっちよりこっちの方がいいって。」
「紘くん、何にも分かってないよ。こっちが一番だって。ちゃんと見てみて、ここのデザインとか。」
「ふーん。」
と言いつつ、そのデザインに目を凝らす。
確かに良いかもしれない。けれど、自分が選んだのだって譲れない。これが一番美穂にはあっていると思うんだから、こっちの方も推していきたいところだ。
「まぁ、これもいいけどさ、これだって..」
次は自分が選んだものを力説しようとした時、さっき聴き慣れた音が今度は美穂の携帯から聞こえてきた。
『今日はどうだった?』
『美穂のことだから、なんとかなったんだろうけど。』
『あんた、ただでさえ重いんだからバレないようにね!』
「...なにこれ?」
「...っ!」
「ちょっと!勝手に人の携帯見ないでよ!」
「み、見せてきたのはそっちじゃないか!ていうか美穂だってさっき僕の見たくせに!」
「それとこれとは話が別なの!....もう、だれがおくってきた..の...」
そのメッセージを読んで、美穂は再び、動きを止めた。眼から光は消え、視線は虚を見続けている。
「あー、なんだ。別に良いと思うよ。」
「...え?」
「普通だと思う。ていうか、どっちかっていうと軽いんじゃないかな。」
「そ、そうなの?」
「うん。だからあんまり気にしない方がいいと思うよ。」
「紘くん...」
「体重のことくらい。」
「...え?」
「体重でしょ?美穂ぐらいなら全然気にしなくてもいい。ていうか、逆にもっと食べなきゃいけないと思うんだけど。」
「....っっ!あっそ!ご忠告どうも!」
いきなり大声をあげたかと思えば、急に窓際に向かい自分の部屋へと戻ろうとした。
「ちゃんとネックレス探しといてよ。」
なんて捨て台詞を残して窓を思いっきり閉められた。
「.....はい。」
誰もいない部屋で、そこにはもういない彼女に、心の底からの返事を送った。
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