櫻木紘の場合 ①

初めて恋心を持ったのは。多分、小学生の頃だった。


初めて見た彼女は周りの人たちとなにかが違う。そんな特別な雰囲気をもつ女の子。小学生なのに、どこか大人びた子。そんな子。

こんな抽象的な表現しかできない自分もどうかと思うけど。

ただ自分のなかで抽象的じゃなくて確かなことが一つある。

彼女のことが好きだということだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーー

一週間前。

いつもの朝が来た。けど、いつもより少し寒く感じる。まだ残暑が残ってもおかしくない時期なのにだ。一度布団から起き上がろうと毛布をひっぺがえしていたが、再び自分に覆わせ、二度目の就寝をしようとした時、優しいノックが二回、部屋に響き眠気を吹き飛ばした。

仕方なく、毛布をもう一度ひっぺがえし、布団を畳んで部屋を出た。

二階から一階に降りていくとキッチンの方から食事を作る音と朝のニュース番組が聞こえてくる。この音を聞くと朝なんだと自覚する。リビングのドアを開けると、ソファーで半目でテレビを見ている妹が一人と、台所でお弁当兼朝食を作ってる母。

「あっ、おはよう。まず、顔洗ってきなよ。顔、まだ寝てるよ。」

あと幼馴染みが一人。


「それじゃあ、明美さん、いってきます。」

宮森美穂とは小さいときからの幼馴染みでずっと一緒にいる関係だ。どのくらい昔から一緒にいるかというと、家が隣同士ということもあって、保育園に入る前からお互いを知っていた。

昔は泣き虫だったことや、いつも僕の服の裾を後ろから引っ張ってついてくるような子だったけど、今となっては毎朝家に来て朝食の手伝いをしたり、僕を起こしてくれたり世話をしてもらっている立場になっている。

どうしていつも来てくれるのと聞いてみると


「だって紘くん、寝坊したら困るでしょ。」

とのことだった。


小中高と同じ学校に通っている僕たちは、周りからどう見られているのか不思議に思った時があった。中学から一緒だった友人やクラスメイト数人に聞いてみるとみんな口を揃えて「普通」という答えが返ってきた。凄く恥ずかい気持ちだった。なんだかんだ言って一緒にいれば恋人関係に見えるんじゃないかと思ってた自分が心のどこかにいて自分の気持ち悪さを自覚したことがあった。


「じゃあね、紘くん。授業中は寝ないようにね。」


「だから、毎回言うけど寝てないって。」


「まぁ、頑張ってね。帰るとき駐輪場でね〜」


「うん。わかってるよ。」


これもいつもと同じ会話。これが僕の朝の日常だ。


「よぉーす。」


「おはよう、秀。」


教室のドアをくぐると一番最初に声を掛けてきたのは、小学生からの付き合いの日野秀一だった。


「さっそくでわりいんだけど今日の数学の課題見せてくんね?おれ当てられそうなんだよ。」


「朝一で声をかけた理由はやっぱりそれか。通りでおかしいと思ったよ。」


「な?な?頼むよ。一生のお願いだからよお!」


「秀の一生は何回あるのさ。はいこれ。」


「ああありがとお!恩に着るぜ。」

秀にノートを渡したあと、ホームルームまでのわずかな時間で、一限目の授業の準備を始める。というのは建前で、僕の左斜め後ろに座っている子を少しだけ見つめる。いつも通り、仲の良い子たちと話していて話しかけるタイミングじゃなかった。不意に、彼女と目があってしまった。気づかれるとは思いもしなかったので、少し変な笑顔で愛想笑いしか返すことができず、案の定、鋭い目つきの彼女からはそっぽを向かれてしまい、またしても自分の気持ち悪さに後悔していた。


一限目の数学の時間までこの事を引っ張ってしまい、まともに授業に集中できずにいたのがバレてしまったのか、見事に先生に当てられてしまい、今日の課題の部分を答えさせられた。


「おっ、良いですねえ。正解です。それじゃあ次は...日野くん。どうぞ。」


「はい!x=8です!」


「違います。いまは三角比の公式の復習です。素因数分解は前回で終了しましたよ。」


「げっ!前回のやつ写してらあ!」

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