有栖川優希の場合 ⑤

(よしっ!...よしっ!)

「まずいなぁ...鍵が掛かってる。こんなところ今の時間じゃ誰もこないし...どうしよう。」

(よしよしよし!上手くいってる!)

優希の計画通り、櫻木は鍵が掛かっていることで取り乱してしまっている。


「有栖川さん!まずいよ!鍵が掛かって扉が開かないんだけど、携帯とかいまもってないかな?」


「....いや、もってないし、ていうか取り乱しすぎだし。」


「だ、だよね。ごめんね。でも、どうしよう。携帯もないんじゃだれかを呼ぶこともできないし、体育館の部活が終わるのはまだ1時間以上あるし...うーん。」


「...いいじゃん別に。」


「えっ?」


「...別にそんぐらいならいいじゃんっていってんの!それともなに?私と1時間も一緒にいられるのは嫌っていうの?」


「えっ!いや!違くて、そういうんじゃなくて!あ、有栖川さんは迷惑じゃないかなと思ってさ。」


「わ、私は別にいいんだけど..。」


「そ、それならいいんだけど。」

「・・・・」


「・・・・」


そしてお互いが黙り込んでしまい、より一層二人だけの空間ということを浮き彫りにしてしまう。

静寂の中時間だけが過ぎていく。


(まずいまずい!何か喋らなきゃ!何か何か何か!じゃないとこのままじゃ・・・!)


「て、ていうかいつまでそこに立ってんの。...座ったら。」


「あっ、そうだね。じゃあ。」

といい、座るのは、優希の近くでもなんでもなく、立っていた扉の前でそのまま座った。


(えっ?遠くない?)


「そういえばさ、有栖川さんとこうやってよく喋るのほんと久しぶりだよね。」


「なに、急に。」


「僕たち、小学生のころから今まで同じ学校だったのにさ、こうやってしっかり面と向かって喋るのってなんか、あんまりなかった...からさ。」


「そうだっけ。」


「うん、そうだよ!だって、有栖川さんに喋りかけようとしてもいっつもタイミングが悪いっぽくて喋れなかったから。」


「ふ、ふーん。あんたも不幸ね。」


当然だった。優希は小、中、高とずっと櫻木を見ていて、近づいてくる瞬間に別の場所に移動してしまっていた。照れ隠しで気になる異性とはまともに喋れないことは、自分でとうの昔から気付いており、その結果が今の二人の現状、昔から知っているがあまり喋っていないただの知り合いのような幼馴染みになってしまっていた。


「だから、その、嫌われてるんじゃないかって思ってたんだ。有栖川さんに...」


「べべ別に嫌ってるとかそういうんじゃにゃいし!たまたまでしょ!」


「良かったあ。嫌われててこんなところに二人きりなんて絶対嫌じゃないかと思ってたんだ。」

「...ふん!」


「ははっ...ところでいま、噛まなかった?」


「.....!!うっさいし!べつにいいじゃん!ばか!」


スルーしてくれるわけではなかったらしい。だが、なんだかんだで、最初に比べ、二人の壁は段々と薄くなっている感じがしていた。


「櫻木ってほんっと昔から性格だけは変わってない。そうやって小ばかにしてくる感じ。高校生になってから急に優男みたいな感じになったくせに。そうやって、いろんな女の子取っ替え引っ替えしてるんでしょ!」


「えぇ、僕ってそんな印象だったの?ていうか、僕、有栖川さんのこと小ばかににした覚えなんて...っていうか取っ替え引っ替えなんてしてないよ!?彼女なんて今まで一回もいたことないし!」


思いもよらない情報がでてきて優希は、少しの安堵を得た。


「あ、あるし!小学生の時とかいっつもそうだったじゃん!」


「しょ、小学生の頃って、有栖川さんそんな昔のこと覚えてるんだ。」


「そうだったんだから、嫌でもおぼえてるっつーの!ばか!」


「ご、ごめん。もうしないから!...あっ!」


ずっとこっちをみていた櫻木が急に視線を右にずらした。


「えっ?な、なに?」


優希にはその櫻木の行動が理解できず、ただ戸惑っていた。


「いや、その、み..みてないから!安心して!」

「見てないって......っ!!!」


一瞬で理解できた。優希はちょうど櫻木と真正面。面と向かっていた。つまり、そこから見える櫻木の視線には、優希にとっては決して見られたくないものが彼にはしっかりと見られてしまっていた。


「っばか!へんたい!」


「み、見てないから!もう見ないから!」


「やっぱ見てんじゃん!ばか!」


(もう見ないからって、私のなんて別に見たくないっての?)


恥ずかしさと不満が同時に優希に襲いかかりモヤモヤしていると、櫻木は、話を戻し、小学生の頃について喋り出した。


「でもさ。なんだかほんっとに懐かしいね。小学生の頃ってさ、僕達って何回か隣の席になったこと覚えてる?」


「当たり前じゃん。いっつもばかにされてたんだから。」


「あの時はほんと楽しかったなぁ。」


「...あっそ。」


そして、また静寂に包まれる。だが、その静寂は最初の時と違い、暖かく、優しい、安らかな静寂だった。


「...でさ、あんた。どうすんの?」


「えっ?どうするのって?」


唐突に切り出し過ぎたか。だが今となってはもう遅い。このまま勢いでいくしかなかった。


「....決まってんじゃん。昨日、その、告白..されてたじゃん。鏑木って子に。」


「えっ!えっと、みてたの?」


コクっと、ただ首を縦に振る。


「あれはその、僕のなかではその、もう決まってるっていうか...その..」


「付き合う...の?」


櫻木の言葉を遮り、優希は結論を急かした。彼女の目には少し、涙が溜まり、今にも崩壊して涙がその頬を伝おうとしている。


「い、いや!っていうか、僕には他に好きなひとが..!」

勢いよく立ち上がったかと思えば、言葉はそこで止まり、また座り込む。

再び、静寂。今度は緊張の空気。櫻木は言葉に詰まりその先がでてこない。


(なにそれ..。他の人って。なんで黙り込むの?私以外の子ってこと?)


チラッと、また櫻木の視線は、優希の足元に向けられる。

「..!!!またみたでしょ..。」


今回はすぐに気づき、すぐにスカートを押さえ絶対防壁を作り上げた。


「えっと!その!...ごめん。」


空気が段々と凍りついていく。男女二人だけの空間。その場の雰囲気を読み取ったのか。櫻木は声を大にして話した。


「大丈夫!絶対、そっちには行かないから!だからその...安心して!」


優希は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。


(な、なにそれ!私ってそんな魅力ないの!?周りの子と違ってチビだから!?それとも...他に、いるから!?)



(そんな奴に、絶対に...負けないから!)



スッと立ち上がり、優希は櫻木の方へと歩み寄っていく。櫻木は、目を丸くし、優希がこちらに近づいてくるのをただ見つめていた。


「私はさ、別にこんぐらい見られても、問題、ない、か、ら。」


そういうと、優希はスカートの縁を掴みゆっくりと上にずらしていく。そして、それが見えるか見えないかの瞬間で、優希の腕は止まる。櫻木は、視線を彼女の顔に向けると、顔は真っ赤に染まり、目には涙が溢れていた。

それを見た櫻木は、彼女の腕を掴み、ゆっくりとスカートから離していく。そのまま腕をさらに下まで下ろし、自分と同じ高さに、彼女の顔を持ってくる。

そこから言葉はなかった。聞こえるのは、遠くから聞こえる体育館シューズが床蹴る音と生徒の声、そしてより聞こえてくるのが、お互いの息遣いだった。

優希の鼓動が速さを増す。今までにないほど、身体が熱くなり、手足の感覚も無い。


(うそ...こんなことになる予定..だったんだけど!こういうことする気..まんまんだったんだけど!ちょっと展開がはやすぎてなにも考えられないしどうしよどうしよどうしよどうしよ!)


櫻木の顔が近づいてくる。その行き先は、ただ一つだけ。残り数秒でお互いの距離はゼロになる。


(うそ、うそうそうそうそうそうそうそ!)




ドンッ。




扉にものが当たる音がした。

だが、扉の向こう側にはだれもいる気配などない。

その音は内側から。櫻木の背中が、扉にぶつかり、響いた音だった。


優希が残り僅かのところで、櫻木の両肩を押し、振り払ったのだった。


息遣いがより鮮明に聞こえる。


二人はまるで時が止まったかのように動かなかった。彼ら彼女らにとってはどれくらいの体感時間だったのだろうか。何分、何時間、もしくは永遠と。それほどまでに長く感じた一瞬だった。


「ごっ!ごめん!」


下を向きながら、声だけは大きく放ったその言葉を最後に、櫻木は部屋の隅に移動し、優希との距離を取った。


再びの静寂。だがこの静寂は、今までのどの静寂よりも重く冷たく辛い静寂。この場にいることが苦痛に感じる最悪の状況だった。


優希の思考は止まっていた。なにも考えられないまま、残りの約束の時間が過ぎるまで、ただ扉の前で座り続けていた。





「さぁーって!そろそろ行きますか!」


「今ごろなにやってるかねぇ、あの二人は。」


「なにやってるかもしれないよ。」


「ちょっとやめなよぉー、そういうの。」


二人は、朗らかに、体育館内の扉の前に立つ。


「じゃあいくよー?せぇーのぉー、どぉーん!」


勢いよく扉を開けた目の前には、放心状態で座り込んでいる優希と隅で座っている櫻木の姿があり、一目で自分たちが想像していた未来とは180度違うことを理解した。


「えっと...どういうこと?」


すると、櫻木はとっさに立ち上がり、優希の前に立つ。

「ほんとに...!ごめんっ!」


そう言った瞬間、彼は勢いよく飛び出していった。そして、走り去る彼の目からも、優希と同じ涙が流れていた。

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