有栖川優希の場合 ④
委員会の今日の内容は特に変わったものではなく、いつも通りの各施設の掃除道具のチェックだった。
だが、優希にとってはこのいつも通りに意味がある。
チェック場所は各学年各クラス毎に割り振りられており、それを毎回ローテンションして担当していくシステムになっている。そして今回、優希のクラスが担当するのは、主に体育館周辺の施設全般だった。
「はい。それじゃあ全員集まったみたいなので、今後の美化委員会としての方針の確認をしていきたいと思います」
美化委員長である3年の日々が全体に語りかける。といっても、この号令は毎回繰り返されており、特に変わることもなく、昔からの方針をただ毎年繰り返しているだけの至って簡単な作業。他の委員会と比べると、美化委員は比較的楽、いや、ほぼ何もやっていないかのように感じる。そんな委員会だった。
「えっと、今回の担当は体育館周辺だから、先にトイレから見ていこうか。」
隣に座っている同じクラスであり、幼馴染ともいえる櫻木紘はこちらの様子を伺うように少し愛想笑いをしながら優希に尋ねる。
「....はいはい。」
「よし。じゃあ、さっそくいこっか。」
無愛想な返事で会話を成立させる。一見するとあまり相性の良くなさそうな二人だが当の本人である櫻木はそんなしかめっ面に対し、笑顔で対応し、二人の意外な関係性を表している。
そして最初の目的地である体育館前トイレに到着し、それぞれがトイレ内の用具に不備がないか確認する。
「どうだった?」
「....別に大丈夫っぽい。」
「そっか。じゃあ次いこっか。えっと、次は...」
「体育館内の用具室の...」
「体育館前の用具室でいいでしょ。」
櫻木の言葉を遮るように、優希は言葉を挟む。
「えっ、あ、うん。そうだね、そっちからいこっか。」
櫻木も一瞬驚いた様子だったが、すぐに優希の意見に賛成し、次の目的地へと足を進めた。
体育館前の用具室も何の問題も起きず、無事に点検が終了し、残すところ後一つの点検場所、体育館内用具室へと二人が向かっている道中。
「それにしてもさ。」
櫻木が、突然話しかけた。優希は、いきなりの会話に驚いていたが、なんとか顔には出さずに平然を装えていた。
「有栖川さんが、委員会の手伝いに来てくれるなんて珍しいね。」
「...なにそれ。めっちゃ嫌味じゃん。」
「え!?いやいや、違うって!だって、本当に久しぶりだったからさ。そりゃあ、最初は有栖川さんと一緒の委員にまたなれてよかったって思ったし、嬉しかったけど、一回目以降、全然きてくれなかったから、ちょっと心配だったんだよ。」
「....!あっそ..。」
そう言われた瞬間、優希は顔を真横にずらし、絶対に櫻木に顔を見られないようにした。もう冬も近いこの季節で、外も肌寒い中、一人だけ、まるで常夏のなかにいるのではないかと錯覚するほどに、優希の顔は赤くなっていた。
嬉しさ半分恥ずかしさ半分。
結局のところ良いことづくめで、今の優希は覆われていた。
「だからさ、今日は来てくれて、ありがとう。」
顔は見えてないが、それでも櫻木は優希に向かって純度100%の笑顔を放った。それは優希がまともに見れば、卒倒してしまうであろう、輝かしい笑顔だった。
少し歩くこと2分弱。体育館の外から中へ行くのには、あまり時間は必要ない。この調査が済めば、各委員は報告は次の登校日の放課後までに委員長に提出すればよいので、僅かな時間ながら、他クラスの美化委員が調査を終え、下校する姿が見えた。
「あとはここだけだね。さっさと終わらせよっか。」
またニコニコして語りかけてくる。やはり、優希は顔を合わせようとしない。それもそのはず、今いる場所こそが、優希が考え出した一世一代の大作戦の舞台なのだから。
「で、うちらはどうすればいいの?」
時は少し戻り、昼休み。優希、美紀、文香の三人は、放課後に決行されるであろう作戦会議を始めていた。
「うん...って言っても、そんなやることないんだけどさ。」
「いいっていいって!早く言ってよ!」
「ウチら頼られると強いから!ね!?」
二人は目を輝かせながら、優希が答えるのを待つ。
「えっとさ。その...見張ってて欲しいんだ。誰も来ないように。」
「....えっ、それだけ?」
(よ...よし!ここまでは計算通り!あとは!)
体育館内用具室では体育館内の部活の騒音が漏れており、生徒たちの声がよく聞こえる。だが、この部屋とコートとは、近いようで遠い存在。そもそも物置部屋に近しいこの部屋には滅多に人が訪れるということがなく、人がくる気配が微塵もない空間だった。鍵も外からレバーを下ろせばすぐに閉まってしまう、そんな部屋。第一、まともに使われていないのなら、点検なども不要だと誰しもが思うだろうが、生憎、美化委員は良くも悪くも昔からのやり方を変えようとせず、未だに数年前からの計画表通りに事を進めている委員会なのであった。
しかし、それは、今の優希にとってはとても好都合なことだった。
「人がまともにこないなら別にウチら必要なくない?」
「ち..ちがうの。私と櫻木をちょっとだけあの部屋に閉じ込めて欲しいの。」
「あーなるほどねぇ。」
どうやら二人は納得したような表情に変わり、それ以上のことは聞かず、作戦会議は終了になった。
「えーっと、こっちのモップとかもまだなんとか使えそう。有栖川さんのほうは?」
「....大丈夫っぽい。」
「そう?じゃあここも大丈夫そうだね。...って、以外と時間かかっちゃったみたいだけど、有栖川さんは、予定とかいい?」
「べ...べつにないし。」
「そっか。じゃあ僕たちも帰ろか。」
そう言うと、櫻木はこの部屋唯一の扉に手をかける。
だが。
「あ、あれ?扉が開かない?」
ガタガタと何度も同じ事を繰り返してもびくともしないその扉は、二人をこの部屋に閉じ込めてしまった。
(...計画通り..!)
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