櫻木紘の場合 ②

「悪い。まった?」


「遅い。30分もまったよ。わたし。」


「えっ!ほんと?それはごめん。委員会の作業が少し長引いちゃって。」


「また一人でやってたの?大変だねぇ。」


「いやいや、別にどうって事ない仕事だったからいいんだよ。っていうか、今日はほんとごめん!こんな待たせちゃって。」


「あー、いいよ別に。私もいまさっききたばっかだし。」


「って、なんだよそれ!30分とかちょっとリアルな数字だすなよ。信じちゃったじゃないか。」


「じゃあ、スーパー寄って帰ろっか。」


「すぐ話逸らすし。・・・まあいいや。今日はなに買うんだっけ?」


「えーっとね、玉子と白菜、あとしめじとー。」


こうして、週に一度、美穂の両親の帰りが遅い日である今日、美穂を家に招いて夕飯を食べるという恒例行事のため、一緒に帰る。今晩のメニューが大体予想できる買出しリストを思い返しながら、少し肌寒い放課後の校門を後にした。


「よし。じゃあ僕が白菜とか取ってくるよ。美穂は玉子とかたれとか買ってきて。」


「だーめ。野菜は私が選びます。」


「え?どうして?」


「紘くん、適当に取ってきちゃうでしょ。野菜とかはねちゃんとよく見て選ばなきゃダメなの。葉っぱの色とか重さとか芯の切り口とかー」


「あー、わかったよ。僕が行くのはやめるよ。じゃあ、野菜選びは美穂に任せて、玉子とかたれをー」


「それもダメです。」


「ええっ?じゃあなにすればいいの!?」


「紘くんは、ちゃんとわたしの後ろについてくるだけでいいよ。」


「なにちょっとかっこいいこと言ってるのこの人は。それって僕いる?」


「とっても重要です。」


「美穂、まさか..」


「最後に荷物運んでもらうから。」


「...やっぱりね。」


そして、金魚の糞のように、僕は美穂の後ろに張りつき指示された通りの行動をとり、二人で家路についた。



その後、重い荷物を全て運ぶという男の性を全うした僕は、疲れ果てソファーに座って夕飯を待っていた。

台所では母と美穂が今晩のメニューであるすき焼きのための下ごしらえをしている。しばらくすると、部活を終えた妹が帰ってきた。


「あっ、美穂ちゃんごめーん。部活の掃除長引いちゃってさ。」


「いいよ、いいよ。はやく手洗ってきなー。」


「すぐ手伝うから!」


そう言って、リビングから手洗い場まで一直線に向かっていった。


支度を終えた妹は部屋着に着替え、完璧なお家モードへと変化した。


「ちょっとお兄ちゃん、そんなとこでボサッとしてないで手伝ったら?いっつも美穂ちゃんにやらせてんじゃん。」

痛いところを突かれてしまった。だがこちらにはそれを言い負かすだけの材料は既に持っており、表情は何一つ変えず反論した。


「どの口がそれをいうか。未来だって毎朝アホ面でソファーに座ってるじゃないか。」


「ーっ!う、うるさい!仕方ないじゃん!わたし、朝は弱いもん!だから仕方ないの!」


「ふんっ!そんなこと仕方ないで済む問題じゃない!改善できるじゃないか!しっかり朝早起きしてバッチリ起きてー。」

「あーもういいから。その喧嘩何回目だよ?未来ちゃん、こっちおいでー。」

「はーい!今行きまーす!」

美穂に喧嘩を中断され、今回はここで終了。今の言い分だと多分僕の方が優位だったからこの喧嘩は僕の勝ち。よしよし。と、一人勝利に浸っていると、台所に駆け寄っている未来がこちらに振り向きながら、指で目蓋を伸ばし、舌を下まで出してきた。相変わらず、可愛げがない妹だった。


食事と風呂を済ませて、ゆっくりくつろぐ。これが一日の中で一番幸せかもしれない。美穂も食事を済ますと着替えを取りに一旦家に戻っていった。毎週この日は、週末ということもあって未来の部屋でお泊まり会が開催される。夜遅くまで喋り明かすのが楽しいそうだ。だが、


「おきてるー?」

二回ノックをして聞こえてきたのは、美穂の声だった。

こちらの返事を待たずに扉を開ける。

「へへ、未来ちゃん寝ちゃったから。話し相手になってよ。」


「また?まぁいいけどさ。」

そう。大体いつもこういう流れになる。夜中まで語り尽くすと息巻いている未来はほとんど日頃の部活の疲れのせいか、お喋りがまともにできずに眠ってしまう。そうして、暇を持て余す一人がこっちにきて、暇つぶしにつき合わせられるのだ。

「ねえ。もうすぐテスト期間だけど、勉強してる?」


「ううん。まだ、いいかなって思ってる。」


「はぁ。やっぱりねぇ。紘くんはいっつもそうだよねぇ。」


「まぁその時になったら始めるから。いざとなれば美穂もいるしね。」


「もうそろそろ私に頼るのはやめてほしいんだけどなぁ。」


「これからもずっと頼ってくから、覚悟しといてよ。」


「私は紘くんの保護者じゃないんだけど...あっ、そういえばさ。」


「なに?」


「告白されたときの良い断り方ってしらない?」


「えっ!?こ、告白!?」

あまりの驚きにガバッと布団を剥がし起き上がってしまった。まるで漫画のように。


「そう、なにかない?」

相談してきた美穂は表情一つ変えずに携帯を触りながら動かない。ただ唯一、視線だけは紘のほうをバレない程度に観察していた。


「い、いや。断り方っていっても、うーん、僕告白とかされたことないから、どう、言えばいいんだろう。」

先程と打って変わって口数が異様に増えてしまい、動揺を隠しきれない。それを美穂に悟られないようにするが、彼女のことだ。既に動揺していることはバレているはず。


「うーん、やっぱそっかぁ。まっ、いいや。」


「いいやって...どうするの?」


「やんわりとお断りしよっかなって。」


「う、うん。そうなんだ。」

なぜか少しほっとした。自分にはわからないが、胸を撫で下ろしたのだった。


「断る理由とかは何かあるの?」


「理由っていうのは特にないけど、今はいいかなぁって。」


「あ、ああ。そうなんだ。」

これはただの好奇心だ。なにが心配で聞いている訳じゃない。


「そういえば、紘くん。さっき告白されたことないっていってたけど、ほんと?」


「そうだよ!今まで一回もね。どうせ僕は美穂みたいにモテないよ!」


「ふふっ。そうかぁ。モテないかぁ。残念だね。」

そういうと、枕に顔を埋めながら笑いだす。


「ふんっ。見てろよ!僕だってそのうち告白の一つや二つされてみせるから!」


「はははっ!.....まぁ、頑張って。」

枕から顔を横にしてこちらを見つめる。その表情もまた紘を馬鹿にしている顔だった。


「それじゃあ、寝るねぇー。おやすみぃ。」


「おやすみ。」


いつものたわいも無い会話。どこにでもあるようなありふれた日常。それが僕にとっては幸せだったことに気づいたのは、まだ先のことだった。

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