第2話

 貴方の支配者は誰かと問われ、いやそんなものは居ない、私は在るが儘に有ると斬って返せる者は、恐らく僅少な筈だ。そして幸せだ。

 貴君がまだ幼少であれば父母や教師、或いは不幸にも学友や兄、姉。長じれば勤務先の上司や取引先、等々、誰にも思い当たる先はある、そしてはそれは至極自然な事。

 そして支配とは、実に相互の関係にある。

 王、など、その最たる物。

 その地位に君臨した瞬間から戦いは始まる。己の克己と外敵と、総てを相手にした戦いが。

 故に。支配など大した事では無い。

 多くの者は無能で無自覚であるが故にその地位に就く。

 だが例外的に、局外に在って盤面を支配する者が時に存在する。

 王家。その名は極稀に、名を秘してそう称され、囁かれる。

 ウェンスノーセ合邦に王家などは実在しない。

 似たものは在るが、その名に権威や格式を感じ取る国民は余りに少ない。象徴としてもこの国に君臨したその在位は短く断続的に過ぎ、とうてい、自ららが戴く「王家」とは誰も認めてなどいない。

 王が治めるにウェンスノーセは抱える事情が余りに複雑に過ぎた。

 まず、貧困。

 雪勝ちな山塊の麓にへばりつく様に人々は暮らしている。なぜわざわざこの様な場所に好き好んで暮らすのか。

 そして、人種、民族。

 狭い国土は20前後の部族と10以上の人種、宗教に彩られ混淆し、誰が治めても何処かで不平が挙がる。そういうふうに出来て上がってしまっていた。

 自然、合議と遵法の風土がこの地に育まれた。

 その、王党派と議会連合、最後の決戦の戦場。

 連合軍の主軸に、大魔導、ホリッシュロートンの名を見て取る事が出来る。

 だがこれを唯一最後に、その名は歴史から姿を消す。

 険阻な国土は、人々にそれを克する力を養わせた。

 魔導の力は小国、ウェンスノーセが他国の干渉を撥ね退ける盾であり、渇望される矛でもあった。

 国内が納まって後、その魔力は請われて国外に猛威を振るった。

 だがそこにも、ホリッシュの名は無かった。

 これに興味を抱く者は時の狭間にただ絶望するしかない。

 事実は家内で、口伝でのみ継承されているのだから。

 決戦に臨み、既に初代は政治的存在と化していた。

 彼はこの時点で戦後を睨み、活発に活動していたのだ。

 遂に敵対することとなった水竜遣い、ダンスタールに向け最後の瞬間迄で懸命に念話を送っていた。

 ここで我等が潰し合いを演じて誰が喜ぶと思う。

 この小邦は近隣に刈り尽くされようぞ。魔力のみをだ。

 我が子女も質に出そう。ここはたって退いてくれ、ダンスタールよ。

 世界を焼き尽くす程の力を手にしながら、溺れず、奢らず、初代はそれを直に振るう事無く、それを担保に世界に向け精力的に働き掛け続けた。

 小国、ウェンスノーセ。それが魔の強国として世界の表舞台に躍り出たのは、初代のそうした入念な工作の結果だった。

 魔の強国、などと嘯いても、それは一握り、個の資質に依存した劣弱なものに過ぎない。

 それを。決定的な局面で、決定的な戦力として然るべく、投じる。

 「戦勝代理人」

 ウェンスノーセ魔導傭兵は大陸各国が大金を積みその力を要請した。

 初代はそれを慎重に吟味し、勝つべくして勝ち続けた。一つの大戦で両陣から参戦が求められるなどざらで、兵力の多寡ならず、質、将の優劣まで見極めた上で容易に勝ちを拾う事が出来、その評価は留まる処が無かった。

 初代が築いたのはしかし、唯の常勝軍では無かった。何より重要なのはそれを求めて集まる資金、そして情報、かくも二つの大河をこの小国に招き寄せる事に成功した事績こそが悠久の繁栄への約定であった。

 至強たるは当然、最強たらんことは次善、勝つべきに勝つや必然。

 それも今や昔。

 かつて世界を席捲した魔導軍は四年に一度の展示行進を彩る儀仗兵に成り果てた。

 魔導そのものも今や、巧業に換わられつつある。

 魔導と巧業の融合である、導機も盛んに製造されているがそれもやがて廃れてゆくのだろう。

 それでも。


 その家。首都チェスレムの郊外に立つ家は、だからそうした背景を持つとは到底思い至れない程のささやかな物だった。せいぜい地方の名士くらいの大きさで、家政婦が二人いる外は執事もメイドも置いていない。


「少し、瞑くなりましたな」


 当主はぼそりと呟き。

 掌を掲げながら。


<光明>


 高速詠唱した。


 最も初歩の魔述。

 だが、なればこそ、述者の導力を問われる。


 顕れた光は。


 強くも無く、弱くも無く。

 熱くも無く、寒くも無く。


 只、光としてそこに在った。


 ほう、と周りに嘆声が漏れる。


 なに、余興ですよ。


 当主は賛辞を憮然と下す。



 そう、余興なのだ。

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