SIDE ウッド~卑劣な外道と悲惨な末路~

 ローティが、ビホルーダ化した直後。

 ウッドは遥か上空で、よがり狂っていた。


「ウフハハ、ウッハ、フッハアァンッ!!!

 トレッビアーンッ! アレッグリーアッ! ワァーンッンーダホォーーー!

 ビューティフル! 超悦至極大歓喜イィッ!!!」


 宙を回って自分を抱きしめ、愉悦の涙を流しながらも、狂喜の乱舞を披露している。


 ドーパミン。

 エンドルフィン。

 オキシトシン。

 エンケファリン。

 オピオイド。


 そのほか魔族のみが生成できる、特別な麻薬も噴出している。

 頭の中で麻薬らが、シャワーのように射出されてる。

 ダークユグドラシルの実から精製した覚醒剤を吸った以上の、圧倒的な歓喜。

 射精と興奮オルガズム。出世と歓喜。ありとあらゆる美酒や美食に、長年の鬱屈が解放されたカタルシス。

 一般の人間が生涯で感じ得る喜びを、すべて凝縮したに等しい幸福。


 ウッドは感慨に浸る。

 

「長かった。本当に長かった。

 人魔大戦での敗戦から300年。ずっと準備し続けた。

 必要な素材があると聞けば、下等な人間を装い人間のパーティに同行する屈辱も味わった。


 ウッドにとって、それは辛酸を舐めるに等しい。


「人間の悪臭に内心で顔をしかめながら、牛糞の煮物のようなナベを突ついた。

 つまらない冗談に愛想笑いを浮かべ、下等種族の分際で語る、仲間だの守るだのの言葉に吐き気を覚えた。

 目的の遺跡で目的のアイテムを見つけた時には……。

 リーダーの背中をブッ刺して、残りも皆殺しにした時は…………」

 

 ウッドはうっとり、瞳を細める。


「あの時だけは、楽しかったなぁ…………」


 今はあの時の快楽を、何千倍にもしたかのような歓喜が全身を包み込んでいる。

 

 ウッドは長らくの間、様々なことをやってきた。

 姦計を巡らせ邪魔者を陥れ、障害になる敵と、有能なる味方を削っていった。

 功臣が多すぎた場合、魔神王からの寵愛も分散される。

 計画が破綻しないギリギリを狙い、必要最小限の人数まで削った。

 ヒヤリとするようなスリルも、今となっては快楽の源である。


「私は勝った!

 勝利した!


 魔神王様の寵愛を、ひとり占めでひとり勝ちイィ!!!


 完全なる勝利!

 完璧なる人生!!

 

 魔神王ヴリトヴィリラの唯一にして最高の家臣としての世界が、今日まさに始まるのである!!!!!」


 その時だった。

 ビホルーダを凌ぐ魔力が、街の中に現れた。

 スライムだった。

 緑色のスライムが、ビホルーダ以上の大きさを見せている。

 そして緑のスライムは――

 

 ビホルーダを潰した。

 

 そのまま食べた。

 

 ペッと吐き出し、震えて言った。

 

(まずい。)


 300年の苦難を乗り越え作り上げたビホルーダは、紙風船のようになってた。

 子供に踏まれて、ぺしゃりと潰れた紙風船のように。

 300年かけた苦渋と苦労と困難の結晶が、子どもの小遣いで入手できるオモチャのような形になってた。

 ウッドは叫ぶ。


「冥曜星様アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」


「ノオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!」


 目から涙が溢れ出す。。

 脳内に満ちていた快楽麻薬が、涙となって外に流れる。声が悲鳴となって漏れる。

 頭と心が、からっぽになっていく。

 

「ウワアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」


 ウッドは逃げた。

 翼を広げ、超高速で逃げ去った。

 ビホルーダが殺されたことを嘆き悲しみはするものの、仇を討とうとは考えない。

 敵は強大なるビホルーダを、一瞬で葬った。

 自分で勝てるはずがない。

 

 あらゆる怒りも悲しみも、自分の保身が大前提。

 木曜星のウッドとは、そういう卑劣な男であった。

 人間たちを見下す一方、自分が仕えるべき主にですら、そのような対応なのだ。

 500メートルも離れるころには、涙もすっかり引いていた。

 

  ◆


 空を駆けるウッドの視界に、避難民たちが入る。

 ウッドは口角をいびつにゆがめ、ウクフと笑った。


「私が受けた怒りと理不尽、晴らさせていただくとしますか」


 右手に魔力を携える。

 攻撃魔法に、悪意と殺意をたっぷり込める。


「まずはコレで逃げるのを妨害。それからゆっくり、大虐殺。

 冥曜星様を葬り喜んでいる連中は、仲間の喪失に愕然とする」

 

 ニチャアァ……。

 邪悪な笑みが思わずこぼれる。

 喪失の溜飲も、下がろうと言うものだ。


「食らいなさいッッ!!!」


 ウッドは、攻撃の魔力球を投げた。

 理不尽な怒りと憎しみを込めた、渾身の魔力級。

 地面に落ちれば、かなりの爆発と惨劇が巻き起こる。

 が――。


 ぺちんっ。

 

 弾かれた。

 小さなイエロースライムに、触手でぺちんと弾かれ終わった。

 青いブルースライムが、イエロースライムに尋ねた。

 

(いまのなに?)

(しらない。)


 変なゴミが飛んできたら、とりあえず払う。

 黄色いスライムことキースラは、そんな程度の気安さであった

 そんな程度の気安さで、ウッド渾身の魔力球を弾いていた。


「グオノレエェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!!」


 ウッドはキレた。

 彼我の戦力を考えることも忘れ、キースラを潰そうと突撃をしかけた。


「殺してやる!

 殺して殺して殺して殺して――――ぐぼほおぉ!!」


 キースラのタックルを、みぞおちに受けた。

 地面に転がり、無様にのたうつ。

 魔族の誇りたる翼も、滑稽に汚れた。


(だれ?)

(しらない。)

(てき?)

(てき!)


((たおす!!))


 キースラとブルースラが、ウッドに向かった。


「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 超高速のスライムに、ウッドは成す術もなく蹂躙された。

 攻撃されているというストレスで、ひとり勝手に惨めに果てる。

 仰向けに倒れるウッドの上でキースラが触手を伸ばし、└(・・)┘に近いポーズを取った。


\たおした!!/


 ブルースラが言った。


(ああっ!!)


 馬車が先に進んでいる。

 あまりにも呆気なく倒されたウッドは、敗北どころか戦いに気づかれることもなかった。

 キースラとブルースラは、慌ててぽよぽよ、跳ねながら追いかけた。


((まってー!))


 単なる盗賊。あるいは羽虫。

 卑劣に卑劣を重ねたウッドは、そんな程度の末路を遂げた。

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