第19話 強敵と圧勝

 城壁の上空。

 スライはただの跳躍によって、鳥のような位置から状況を見下ろしていた。


(巨大な怪物が近づきながら、こちらに触手を伸ばしてきている――か)


 それを防いでいるのは、魔法使いのローザ。

 雷撃の雨を弾幕にして、近寄ってくるのを防いでいる。

 ビホルーダの全身を、改めて見る。


(しかしあのモンスターは…………)


 思うところを感じ取り、オリハルコンの剣を取り出す。

 炎をまとわせ、槍へと変える。

 槍がたずさえる魔力は、大巨人のティーターンを葬った剣の三倍。


 敵の触手が危機を感じた。

 素早く引っ込む。


『アレはなんですの?!』

『わからん…………が、すさまじい力だ』

『太陽みたいな力と輝きを感じるですにゃ……』


 城壁の者たちが、スライを見上げて口々に称える。


『あの炎、わらわクラスの上級魔族が命と引き換えにして放つとか、そういう威力に見えるのじゃが…………』

『つくづく底が見えない人です……』

『負けていられない、です………!』


 スキールたちも、そんなこともつぶやいた。

 特にルールーは、いまだ本気で追いつくつもりだ。

 自身の魔力を、限界以上にまで高める。


 それほどの魔力がこもった槍を、スライはビホルーダに向けた。


「極炎槍!!!」


 音を超える速さの槍は、ソニックブームを巻き散らしながら突き進む。

 隕石めいた衝突を、ビホルーダは防いだ。

 触手を重ねてバリアを張った、力技で受け止める。


 ビホルーダ、炎の槍に押されていく。

 バリア越しにも伝わる熱が、触手の表面をじりじりと焼く。

 衝撃の余波と熱波が、地面や石造りの建物たちを、ガラス細工のように溶かす。

 城壁の冒険者たちが、手を合わせ祈った。

 あの一撃で、押し切れるように。

 倒し切れるように。


 しかし願いは崩れ去る。


『AAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』


 ビホルーダは、渾身の力でカチあげた。

 槍を上空へ飛ばす。

 槍は空に吸い込まれ、空の大気を消し飛ばす。

 槍を飛ばしたビホルーダの触手は、その半分が灰と化してた。

 逆に言えば半分だ。

 軽症で済んだ触手が、まだ半分も残っている。


『あれほどの炎でも、倒し切れぬとは……』

『悪夢……ですわぁ…………』


 クルルとローザが、心の底から絶望した。

 そんなふたりに、ぽつりと一言。


「あんなもんだろ」


 スライであった。

 レッドスライムのレスラーとの合体を解除したスライが、淡々とつぶやいていた。


(ひろう……)

「お疲れ」


 疲労でぐったりとしているレスラーをやさしく降ろし、魔法袋からエリクサーを取り出した。


「みんな手の甲を出してくれ」


 みなは手の甲を出した。

 スライはみなの手の甲に、一滴ずつ垂らす。


「エリクサーだからな。一滴舐めれば、全回復するはずだ」


 みなは半信半疑で、ぺろりと舐めた。


 ギュオオォンッ!!!


 大回復する。


 スライはそんなエリクサーを、ごくごくとラッパ飲みした。

 並の魔道士なら一滴でも全回復するエリクサーでも、スライが相手ではラッパ飲みが必要となる。


「行ってくる」


 スライは城壁から飛んだ。


 残った触手が飛んでくる。

 剣や魔法で弾いて進む。

 超高速の触手らを、粉雪でも払うかのように払う。

 会話ができるほどの距離に近づく。

 触手が迫る。

 一喝する。


「動くなッ!!!」


 触手たちは、ビクッと止まる。


「間に合うようでよかった」


 スライは意味深につぶやいた。

 懐から筒を出し、緑のスライム――グースラを出した。


(ぐー……)


 寝ていたグースラを、指でトントンとやさしく起こす。


(ほんごしゅじん、おはよう。)


「おはよう」


 スライはグースラに手を当てた。


(ごちそう?!)

「ごちそうだ」


 グースラは、ぷるぷるぷるっと左右に震えた。

 その歓喜、チュールを見つけた猫のごとし。

 スライはグースラに、自身の魔力を注ぎ込む。

 わずか一滴であろうとも、並の魔道士であれば全快させるエリクサー。

 そんなエリクサーをラッパ飲みしたスライの魔力が、スライムに注がれる。


 グースラは、みるみるうちに大きくなった。

 手のひらに乗るサイズから、並の人間よりも大きく。

 並の人間のサイズから、周囲の建物よりも大きく。

 ビホルーダの大きさも、軽々と越える。

 膝下にいるカメを見下ろすかのような差になった。


『?!?! ○×△$■っ!!! ◆□$ДД○××●ッッッ!!!!!』


 ビホルーダは恐怖した。

 理性ではなく本能で、目の前の存在に恐怖した。

 必死になって無数の触手で、グースラを攻撃する。


 まるで効かない。

 ぺちぺちぺち。

 むなしい音を立てるだけ。

 哀れなる雑魚。

 グースラは、スライに尋ねた。


(たべていいの?)


「いいぞ」


(よろこび!)


 グースラは、触手を伸ばしてぺちっと潰した。

 そのまま食べる。

 グースラは、泣いているかのように震えた。


(まずい)


「そうか」

(ひともいる)


「まずいのは吐き出して、人は治してあげなさい」


(ごほうびは?)

「特級薬草の食べ放題だ」

(がんばる!)


 グースラは、ぷるぷると震える。

 中をかき混ぜるかのような動き。


 混ぜること十分。

 グースラは、ナニカをペッと吐き出した。

 まず目についたのは、抜け殻のようなビホルーダの残骸。

 スライは叫んだ。


「仲間を食われたやつは、グースラの前にこい!」


 薬草は苦い。

 スライムの大半は、薬草を嫌う。

 しかし何事にも、例外はある。

 グースラがそれである。

 スライが確認した53万スライムのうち、たった一体の『薬草が大好きなスライム』である。


 薬草。

 上級薬草。

 毒消し草に世界樹の葉。


 様々なモノを食べているうちに、体が緑色になった。

 そして緑になったころ、癒しの力がその身に宿った。


 触れた相手の傷を治す。

 重傷も治す。

 死んでいようと、三時間以内なら復活させれる。


 普通におかしい。

 しかしそれができてしまう。

 スライがスライムを、『神より偉大』と称した理由の一端である。


『本当か……?』

『本当に、食われたみんなが蘇るのか……?』


 城壁にいた者たちが、ゆっくりと降りてきた。

 半信半疑といった様子だ。

 普通ならあり得ない話だが、みなはスライの力を見ている。

 だから思ってしまうのだ。

 

 ――あり得るのかもしれない。


 グースラの内部で、治療が進む。

 治療のたびにグースラの体が光り輝き、ぎゅーんと縮む。

 中から人が、ずるりと出てくる。

 先ほど食われたモヒカンだ。


『モヒカン! 生きているのか?!』

『心臓は動いている……!』

『奇跡だ……!』


 グースラはそれからも、触手に食われた者を吐き出す。

 冒険者たちはみな、仲間の無事に涙をこぼす。

 スライは思った。


(いいことをすると気分がいいな)


 自然な笑みが、自然とこぼれる。


 それからもグースラは、治療を続けた。

 ひとりをペッと吐き出すたびに、体がじわりと縮んでいった。

 最終的には、体長2メートルほどにまで縮んだ。

 そして最後に――


 ローティが出てくる。


 クルルがガシッと抱きとめた。

 生まれたままの姿になっているローティにマントを羽織わせ、複雑な表情で抱きしめる。

 しばしそうしていたが、スライに言った。


「私たちが間違っていた」


 頭を下げる。


「今となってはどうしてあれほど、キミを軽んじていたのかわからない」

「愚かであった。

 そうとしか、申し上げることができませんわ」


 クルルとローザは、ふたり並んで謝罪した。

 ふたりも、リスティことアクーアによる精神汚染を受けていた。

 まっとうな知能を思考力を、無残なほどに下げられていたのだ。

 スライは尋ねる。


「これからどうするんだ?」

「裁判を受ける。愚かなる私たちは、許されないことをした。

 もしキミがいなければ、取り返しがつかない大惨事となっていた」

「そうか」


「わたくしたちも取り込まれ、醜いバケモノになるところでしたわ」

「しかし裁判を受ければ、どのような結果になっても人として死ねる」


 ふたりはぺこりと礼をして、スライたちに背を向けた。

 気絶していたローティを背負い、王都へと向かう。

 自分たちの罪に向き合い、償うために。


 同刻。

 ルールーたちは、ダーク・ユグドラシルに勝利していた。


「ルールー様が、これほどとは……」

「流石はお嬢さまです……!!」


 強くなりたい。

 スライの役に立てるように。

 肩を並べて戦えるように。

 その一心で覚醒し、ダーク・ユグドラシルを瞬殺していた。

 健気さが生み出す、究極に近い力であった。


 錦の御旗のように感じていたビホルーダが消滅し、ダーク・ユグドラシルも倒された。

 魔物たちは恐怖に怯え、散り散りになっていく。


 災厄を打ち払い、勝利した瞬間であった。

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