第18話 救援要請と救援

「ブレイクスラッシュ!」

「サンダーボルト、ですわぁ!!」

「ヒャッハー! 地獄の生タマゴだぜぇ!!」


 城壁の上。

 騎士クルルと魔法使いローザに、かつてスライに生卵を投げつけた冒険者・モヒカンエースも戦っていた。


 サイやスキールが討ち漏らした、空の敵を迎撃している。

 クルルが迫ってきたワイバーンを盾で受け止め剣で裂けば、ローザは雷を射出する。

 モヒカンエースが、羽の生えたフライゴブリンに卵をぶつけて視界を奪う。

 支援係りの猫耳少女が、ローザに近づく。


「魔力のポーションですにゃ!

 数に限りがある、とっても大事なポーションですにゃ!」


「わわわわ、わかっていますわ!」


 ローザは小ビンの、一目盛り分だけを飲んだ。

 北の森で乱雑に飲んで失敗したのを、しっかりと反省している。

 フライビー――毒針を持ったハエの大群――が飛んできた。

 雨雲のようにすら見える、10万単位の大群だ。


「サンダーボルト、ですわぁ!!」


 雷撃が放たれる。

 10万の群れは、その一撃で焼け焦げた。

 戦況が、ほんのわずかに落ち着いた。

 クルルが息を、ふうと吐く。


「それにしても、彼は本当に凄まじいな」


 クルルはスライのほうを見ていた。

 今も最前線の真ん中で、魔物と戦い続けている。


「世界の終わりかと思う大巨人を一瞬で葬った。

 その大巨人以上の威圧感を放つ炎の魔人も、一撃で吹き飛ばした。

 これ以上ないほどに、心強い味方だ」

「有事の際には、貴族わたくし以上に貴族わたくしの役割を果たす実力と責任感を持っている。

 そんなスライ様の非才を見抜けなかったのは、一生の落ち度ですわ」 

「仕方ねぇよ。アニキは偉大すぎるんだ。俺たちのような凡人が、簡単に測れると思うほうが間違ってるんだ」


 モヒカンエースも当たり前のように、クルルとローザに賛同した。


「それを差し引いても私たちは、どうして彼をあそこまで毛嫌いしていたのか……」


 クルルは重くうなだれる。


 クルルとローザは知らない。

 アクーアことリスティが、パーティの中で思考誘導をおこなっていたことを。

 本人たちの未熟さもあるが、それ以上にリスティの思考誘導が大きかったことを。


 城壁にいる全員が、前線で戦うスライの強さと高潔さに感じ入る。

 その時だった。


 後方に、異様な魔力の奔流を感じた。

 全員が振り返る。


 バケモノがいた。


 ヘドロのような粘性の体に、無数の触手を生やしたバケモノ。

 体の中央にある巨大な目玉は、生物学的な恐怖と嫌悪感を見た者に与える。

 左上には、小さな人のようなものも見えた。

 それはかつて『ローティ』と呼ばれた、王子であったものの残滓だ。

 しかしクルルやローザが見ても何かわからない程度には、触手が巻きつき原型がない。


「なんだアレは……!」

「はうっ、うっ、ううぅ…………!」


 クルルが驚愕に目を見開くと、敵の魔力を感じる力も高いローザは、ガクガクと震える。

 歯をカチカチと鳴らして内股で震え、股間も軽く濡らしてしまう。


 ビホルーダの触手が動く。

 彼我との距離は、いまだ1キロはある。

 しかしそんな距離を感じさせない異様な速度で、鋭い触手が伸びてきた。


『ぐああっ!』

『うわあぁ!』


 モヒカンエースと、彼の相棒の冒険者が触手に捕まる。


『助けてくれえぇ!!!!!!』


 城壁の端に捕まり、クルルに向かって手を伸ばす。

 クルルは素早く手を伸ばす。

 しかし無慈悲だ。

 救援は間に合わず、ふたりの体は超高速で小さくなった。


 バギリ、べりっ、ゴギッ。

 咀嚼音が響き渡った。食べた分、ほんのわずかに大きくなった。


『うわあぁぁぁぁ!!!』

『いやだっ! あんな死に方はいやだあぁ!!』


 恐慌状態に陥った。

 みながバラバラに逃げ出そうとする。

 中には城の城壁から、外に向かって飛び降りようとする者もいた。

 しかし無慈悲だ。

 ビホルーダは無制限に触手を伸ばす。

 逃げようとした者を捕まえ、飛び降りようとした者は落下の前に捕まえる。

 

「シールドガード!」

「サンダーボルト!」


 クルルとローザは、それぞれの技で触手を弾く。


「はにゃあぁ!!」


 猫耳少女の足首に、触手が絡んだ。

 クルルは素早く右手を動かし、触手を切った。


「私とローザの後ろに入れ!!」

「補給はお任せいたしますわよ!」


「はいですにゃ!」


 猫耳はローラに小ビンを渡した。

 ローラはコクリと飲み込んだ。

 魔法陣を展開し、触手たちに雷撃を浴びせる。

 触手は一瞬ひるんだが、逆に言うとそれだけだ。


「サンダーボルト!!」


 ローザは続けて魔法を放ち、触手たちを牽制する。


「サンダーボルト! サンダーボルト! サンダー――」


 頭痛が走った。

 早くも魔力が枯渇している。


「ボルトォ!!」


 それでも無理やり魔法を放った。

 カハッと血を吐く。


「サンダーボルト!」


 それでも無理やり、魔法を放った。

 触手の動き、予想より速い。

 隙を見せれば一瞬でやられる。

 魔力ポーションを飲み干すヒマすら、命取りになりかねない。


(もとよりここで、果てるつもりのわたくしですもの!!)


 恐怖はあるが押し殺す。

 ここで触手を許してしまえば、スライが挟撃を受ける。

 だからここで食い止める。

 貴族としての務めを果たす。

 その一心で魔法を放つ。


 しかしそんな雷撃の雨を、ひとつの影がすり抜ける。

 紫色の霧のような、魔力の塊。

 それはローザの隣に降りると、人の少女の形を取った。


「あと少し。」


 少女はそれだけローザに告げると、再び跳んだ。


  ◆


 ビホルーダと化したローティが、アクーアを食らった時分。

 当然スライは、街の異変を感知していた。


(この魔力は、群れの中にいるどのモンスターより……)


 強い。


 しかも出現位置が悪い。

 軽く感知したところ、街の端に現れている。

 こちらにくるなら城壁で戦う冒険者たちが食われ、離れるようなら避難民が殺され食われる。


(オレが止めないといけないとこだが――)


 スライは、眼前の敵を見る。


 直径100メートル級の、真っ黒な樹木。

 トレントの最終覚醒体――ダーク・ユグドラシルである。

 真っ黒な樹木に血走ったかのような赤い木の実を、無数に実らせている。

 それには無数の毒がある。

 落ちるたび、地面をじゅわぁっと腐らせる。

 さらに腐った地面から、ポイズンアメーバが現れる。


 これもまた、後ろのみなには任せておけない。

 その時だった。


「スライ。」


 ルールーがやってきた。


(はぁ……、はぁ……、はぁ……)


 息を荒く弾ませながら、端的に言う。


「私が………します。」

「だけど……」

「後ろのほうが、強い………です。」


 短い言葉。

 しかし今この状況において、それ以上の説明は要らない。

 ルールーは続ける。


「わたしは………。

 かっこいいお父さんと、かわいいお母さんの、両方に、なりたい………です。」


 死の淵にあってなお、娘を慈しんだ父親。

 それほどの男が、一途に愛した彼の妻。

 ルールーにとっては、どちらも理想なのである。


「悪いな」


 スライは、その一言だけを告げた。

 素早く城壁に向かう。


 ルールーが立ったのを見て、スキールが獰猛な笑みを浮かべた。


「やらかしてしまった圧倒的な汚名を、返上するチャンスじゃあぁ!!!!」


 サイも闘志をたぎらせる。


「私は元より、あなた様のしもべ!!

 全力で援護させていただきます!!!」


 距離は離れているものの、心は確かに繋がった。

 そして繋がった心が、互いの力を高めあう。

 負ける気がしない。


「参ります………!」


 ルールーは、黒き世界樹に拳を向けた。

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